ギャラクシー”ジェネシス・コード”ー未然の希望と蓋然的観測ー

それでも図面に書かれた以上の物に仕上げるのがあなたたちの役目でしょう?
…凍り付いたこの場の空気がひび割れる音が響いたように感じた。
人の尊厳を踏みにじる音はおそらくこのような感じなのだろう…しかし誰も不満の意を示すことは無い。
そして彼女のカリスマを象徴するかの如く黒真珠に似た石が彼女の耳で不穏な輝きを放つ。
それだけでこの場の意思は彼女の思うがままだ。
誰もが彼女の思うがままの理想を具現化するために自我と尊厳を投げ出していく。
ひとり、またひとりと自らの緋色の眼を輝かせて魅入られたように熱狂的視線が彼女に捧げられる。
その隣で満足げに佇む魔道士が一人…目の前の狂気の宴に目を細める姿は悪魔との契約を果たした者の愉悦を体現しているかのようだ。
あとは現世の結界運用ノウハウで崩れかけた中枢部を補完すれば望みは叶う。
そして彼は思うのだろう。
自分の失ったもの、奪われたものの対価の重さを人々が思い知る絶望の時。
この人工神域が唯一無二の現実として完成する時。
…その時こそ自分が「救世主」として求められる運命が成就する時なのだと。


「それでアリステイル氏から指定された場所が件の”キャピタル・コート”だと。まるで信じられない提案ね?」
栞は目の前で言伝られた内容を拾う気は無いことを示した。
この現世の摂理が通じない人工神域の中でもより「都合のいい」場所での”会談”など到底受け入れられるはずは無い。物心がおぼつかない幼子でも判断ができるような話を聞かせられて気分は最悪だ。
いかにもな不快感をまき散らす栞に対して相手方の使者は困り果てた様子を隠しもせずに閉口している。
そもそも件の場所は「人から原罪を切り離すことで神域級の異能を発現させる」という超越者量産研究の行きついた場所である。
そこで公平な話し合いが成立するはずもないし人権や意思の尊重などというセーフティネットは存在できまい。
誰でも5秒考えれば行きつくだろうその想定をしないだろうと考えられたのか?まさかね…
栞は取り合えずお引き取りいただこうとお付きの巫女へ目くばせをした。
しかし目の前の巫女は微動だにせず栞へアイコンタクトを返している。
鹿島様…周辺の霊気や鬼気が異常です。明らかに強大な霊的存在が近づいていますっ…
栞がその”異常”を検知した刹那、目の前の使者が音もなく立ち上がり伏せていた視線を上げた。
明らかに人の領域を逸脱した気迫が周りに吹き荒れ、彼の容貌が人の形を崩した。
その異形の中でも特に異質な緋色の瞳。
その相貌を視認して栞はこの案件を甘く見ていたことを心底悔いる事となった。

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