2021年演劇ベストアクト (年間回
年末恒例の2021年演劇ベストアクトを掲載することにする。さて、皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。
コロナ感染による日常生活への影響が出始めてから2年が経過。演劇への影響ではほとんどの公演ができない状況に追い込まれた前年とは違い特に年後半からは客席数を減らすなど十分な感染対策を実施したうえでの上演が増え、公演自体は徐々に可能になったが、演劇の中身を考えるとコロナ禍は現代演劇の流れに大きな影を落としたことは間違いなさそうだ。
生と死のあわひを描く
直接的にコロナ禍を描いた作品はまだ少ないが、特に若い世代の演劇に日常と非日常、生と死のあわひを描くような内容のものが増えていることはいままでそこまで突き詰めて考えることのなかった死を意識することが増えたことと無関係ではないかもしれない。
KAATプロデュース(岡田利規×内橋和久)「未練の幽霊と怪物『挫波』『敦賀』」は岡田利規が「NO THEATER」(つまり現代能)と呼ぶ新たな形式の作品だ。音楽監督として維新派を支えていた内橋和久と組み、ほぼ共同制作といってよい形で、死者が現世に示現する複式夢幻能をモデルにこれまでにないスタイルの音楽劇を作り上げた。
三島由紀夫による近代能、燐光群の坂手洋二の現代能など能楽のテキストを現代劇に翻案した作品はこれまでもあったが、岡田のそれは内橋らの演奏を全編に配し、さらにコンテンポラリーダンスも取り入れて、能楽の音楽劇としての構造をそのまま現代に移行したことにある。そして、共同制作の相手として内橋和久は最適解であった。ダキソフォンを奏でる内橋らのトリオ(内橋和久、筒井響子、吉本裕美子)による演奏、能楽による謡を彷彿とさせるような七尾旅人の朗唱ととにかく、全編を彩る音楽が素晴らしかった。
内橋和久はダンスのアーティストをはじめ、これまでもさまざまな相手に音楽を提供してきたが、その中で圧倒的に優れており代表作といえるのが維新派の音楽だ。維新派の代表は演出家の松本雄吉であったが、ある時期以降の維新派は音楽監督の内橋と松本が二人三脚で作り上げてきたもので、あの特異なスタイルは二人の出会いがなければ存在しなかった。松本が亡くなり、内橋の維新派での役目も終了したが、「現代能」における岡田利規との出会いは内橋にとっても、岡田にとっても特別な出来事に今後なっていく可能性があるかもしれないと舞台を見て思ったのである。
今年は太田省吾の作品が太田が学部長を務めた京都造形芸術大学(現京都芸術大学)時代のかつての教え子である演出家、杉原邦生、ダンサー・振付家きたまりらの手で相次ぎ上演され、太田省吾再評価の年ともなった。なかでも印象的だったのが彩の国さいたま芸術劇場のさいたまゴールド・シアター最終公演として杉原邦生演出により上演された「水の駅」である。
さいたまゴールド・シアターはさいたま芸術劇場の芸術監督を務めていた蜷川幸雄の肝いりにより設立された高齢者をメンバーとするシニア劇団。蜷川が亡くなった後も活動を続けてきたが、55歳以上ということで募集したメンバーが今回は出演者平均年齢が80歳を超えてきたこと、来年度から近藤良平が新芸術監督に就任することなどから今回の公演を最終公演とすることになった。
上演されたのがさいたま芸術劇場であることや演目が言葉を使わない沈黙劇だったということもあって、舞台を見ながらまず連想したのが、「コンタクトホフ」などこの劇場でこれまで何度も見たピナ・バウシュの作品群である。若い世代である杉原がどこまで意識的だったかは分からないが、この「水の駅」からは太田省吾、蜷川幸雄、ピナ・バウシュといういずれも物故者となった先人から受け継いでいるものを提示している舞台のようにも感じられた。
能楽的な音楽劇の相次ぐ登場
若い世代にも日常と非日常のあわひを描く演劇が台頭している。文字通りに集団名を劇団あはひとして、古典作品を題材に作劇において能楽的な構造を援用しているのが劇団あはひである。早稲田大学の学生劇団として活動してきているが、すでに本多劇場にも進出。エドガー・アラン・ポーの短編小説「盗まれた手紙」を下敷きにした「Letters」(大塚健太郎作演出)ではKAATで死者が演劇的に立ち現れる能楽的な構造を生かしながら、生と死のあいまいな境界線を浮かび上がらせた。
これまでキャパ100人に満たない空間を主体に活動してきたしあわせ学級崩壊も「終息点」(脚本・演出・音楽・演奏 僻みひなた)で吉祥寺シアターに進出し、郊外の一軒家における亡霊との邂逅を描きだした。「終息点」の印象をひとことで言うと不安を掻き立てるような鋭い音や見えそうで見えない様な照明効果などからも黒沢清のホラー映画などを連想させるのだが、黒沢の映画のように怪異がはっきりと起こるというよりは観客の現実認識に揺さぶりをかけることで、感情のさざ波のようなものを引き起こすというのが狙いであるのかもしれない。演劇の構造として似ているものを探せば別役実などが想起されるが、通常の別役芝居とは上演の形式がまったく違うため、いままであまり見たことのない何かを見せられているという印象を受けた。
このところ、こまばアゴラ劇場を中心に活動する青年団演出部周辺の作家が若い世代の現代演劇の新たな流れを作りつつあるが、それとはまったく異なる流れで現れたのが先述の劇団あはひとこのしあわせ学級崩壊である。最初に挙げた岡田作品も加え、いずれも能を踏まえたような音楽劇となっているのも興味深い。
日常と非日常のあわひを描くという意味ではこれもそうだが、宮崎玲奈(宮崎企画、ムニ、青年団演出部)は現代口語演劇の形でそれを行うという意味では現在の若手演劇のメインストリームに現れた俊才といっていいだろう。宮崎企画「東京の一日」は現代の東京の若者たちを描いた群像会話劇だが、ともすればスケッチのようにも見えるそれは下敷きとした古井由吉「東京物語考」をはじめ様々なジャンルの作品の引用の網目として構築されている。そして、戯曲の最後に記された引用文献の中には入っていないが、これが平田オリザ「東京ノート」を意識した作品であることは明白で、さらに同じく東京を描いた岡田利規「三月の5日間」も視野に入れたうえで、東京を描く新時代の演劇を意図的に目指したと思われる。まだ二十代の若さである。青年団のアンファンテリブル(恐るべき子供たち)は健在だった。
ポストゼロ年代作家 演劇の中核に
すでに取り上げた杉原邦生もそうだが、ポストゼロ年代を若手としてけん引した三浦直之(ロロ)、上田誠(ヨーロッパ企画)、山崎彬(悪い芝居)らはいまや自分の劇団の公演にとどまらず商業演劇系のプロデュース公演や公立劇場での舞台でも優れた舞台成果を残し、現代演劇の中核的な存在となりつつある。
中でもアニメにもなった森見登美彦の長編小説を舞台化した「夜は短し歩けよ乙女」(上田誠演出)はヨーロッパ企画の上田が得意とするロードムービー的な趣向。漫画・アニメ・ゲーム的なキャラ作りが存分に生かされた作品となっていて面白かった。先輩役を務めた歌舞伎俳優の中村壱太郎、黒髪の乙女役の久保史緒里(乃木坂46)、そしてパンツ総番長役の玉置玲央(柿喰う客)と様々な分野から集めたキャストだが、寄せ集め感はなく当たり役が多かった。特に久保史緒里は演技を初めて見たが、この舞台には合っていて、作品を魅力的に感じたことは彼女の力によるところが大きかったのではないかと思う。
ロロの三浦直之が東京芸術祭で上演した「Every Body feat.フランケンシュタイン」も秀作であった。「フランケンシュタイン」を表題しているもののこれは三浦のオリジナルと受け取った方がいい。そう考えて、「フランケンシュタイン」の存在を頭から追い払うことができさえすれば挿入されたエピソードのひとつひとつは詩的な美しさにも満ちていて、ロロらしい、三浦直之らしいと言えると思う。三浦は2021年には長年手掛けてきた連作演劇「いつ高シリーズ」の完結、KERA CROSS「SLAPSTICKS」の演出、ロロの初期作品「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校」のひさびさの再演、映画「サマーフィルムにのって」への脚本提供などコロナ禍をいっさい感じさせないような精力的な活動ぶりが際立っていた。個別の作品ではなく、演劇分野での「今年の人」と言っていいかもしれない。
このベストアクトを選んだ後に改めて気が付いたことではあるが悪い芝居「今日も死んでる愛してる」(山崎彬作演出)は未来において謎の感染症により人が死んでも蘇る世界を描き出し、生と死について考えさせる舞台であった。さらに木ノ下歌舞伎「義経千本桜 渡海屋大物浦」にも平知盛の亡霊が登場する。映像を多用するなど小田尚稔が新境地に挑戦した小田尚稔の演劇「レクイヱム」も死を主題にして、墓地や亡霊が登場する。
このベストアクトではあえて選ばなかったが2021年の演劇の収穫で多くの人が選ぶだろうと思っているNODAMAP「フェイクスピア」も恐山のイタコを登場させて「死者からの声」をモチーフとしていた。
それがコロナ禍の空気感とどれほど呼応していたのかは判然としないが、今年の演劇界で「日常と非日常のあわひ」「生と死のあわひ」を描く作品が例年以上に目立っていたのは間違いないと思う。
2020年演劇ベストアクト
1,KAATプロデュース(岡田利規×内橋和久)「未練の幽霊と怪物『挫波』『敦賀』@KAAT
https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/06/14/115617
2,さいたまゴールド・シアター最終公演「水の駅」(太田省吾作・杉原邦生演出)@彩の国さいたま芸術劇場https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/12/20/103541
3,宮崎企画「東京の一日」(宮崎玲奈作演出)@アトリエ春風舎https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/10/13/135906
4,劇団あはひ「Letters」(大塚健太郎作演出)@KAAT
https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/11/08/012006
5,ロロ「Every Body feat.フランケンシュタイン」@東京芸術劇場https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/10/11/141713
6,悪い芝居「今日も死んでる愛してる」(山崎彬作演出)@下北沢・本多劇場https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/02/16/000000
7,「夜は短し歩けよ乙女」(上田誠演出)@新国立劇場https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/06/08/223520
8,しあわせ学級崩壊「終息点」@吉祥寺シアターhttps://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/07/14/120721
9,木ノ下歌舞伎「義経千本桜 渡海屋大物浦」(多田淳之介演出)@シアタートラムhttps://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/02/26/112222
10,小田尚稔の演劇「レクイヱム」@三鷹SCOOL
https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2021/12/21/185803
((<span class="deco" style="font-weight:bold;">2019年演劇ベストアクト</span>https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2019/12/31/000000)) ((<span class="deco" style="font-weight:bold;">2018年演劇ベストアクト</span>http://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2018/12/30/145529)) ((<span class="deco" style="font-weight:bold;">2017年演劇ベストアクト</span>http://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2017/12/30/010000))((2016年演劇ベストアクトhttp://simokitazawa.hatenablog.com/entry/20161231/p1))((2015年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20151231)) ((2014年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20141231)) ((2013年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20131231)) ((2012年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20121231)) ((2011年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20111231)) ((2010年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20101231)) ((2009年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20091231)) ((2008年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20081231)) ((2003年演劇ベストアクトhttp://www.pan-kyoto.com/data/review/49-04.html)) ((2004年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/200412)) ((2005年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20060123)) ((2006年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20061231)) ((2007年演劇ベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20071231))
[https://simokitazawa.hatenablog.com/entry/2020/12/31/043255:embed:cite]
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