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論考「パフォーマンスとしてのももいろクローバーZ」

第1部「ダンスとしてのももクロ」(1)

ももいろクローバーZももクロ、以下ももクロと省略)は5人の女性によるアイドルグループである(これは記事執筆当時。現在は4人)。柴咲コウ(当時)、北川景子ら有名女優・俳優を多数かかえる大手俳優事務所スターダストプロモーションに所属するタレントの卵たち*1の育成訓練の一環としてこのプロジェクトは始まった。
グループ名の「ももいろクローバー」は「ピュアな女の子が、幸せを運びたい」という意味を込め、メンバーの一人である百田夏菜子の母親が考えたという。なんとも牧歌的なエピソードだが、当時週末に何度か代々木公園のけやき並木通りでやられていた路上パフォーマンスの光景は動画配信サイトなどにも登録されてその様子を今でも見ることができる。それが決して「大手事務所が社運を賭けてスタートさせたアイドル育成プロジェクト」などではなかったことは当時の路上ライブの内容を見ればすぐにうかがい知ることができる。

インディーズでのCDデビュー、休日のETC1,000円を利用し川上アキラマネジャー自らが運転するワゴン車に乗っての全国のヤマダ電機を回るツアーを通じてグループは次第に成長していく。2010年にはユニバーサルと契約して「行くぜっ!怪盗少女」でメジャーデビューを果たす。その後、キングレコードへの移籍や早見あかりの脱退、それにともなう「ももいろクローバーZ」への改名をへて、11年半ば以降、急速にそのファン層を拡大させていった。結成当初からの目標だった紅白歌合戦にも2年連続で出場。ライブ会場も横浜アリーナさいたまスーパーアリーナから西武ドーム日産スタジアムと拡大の一途をたどり、ついには14年3月女性アイドルグループとして初めて2日間11万人以上を動員した国立競技場でのライブも成功させた。その後には14年7月26・27日の2日間で14万人を動員した2度目の日産スタジアムライブも続き、その快進撃はとどまるところを知らない。
路上でどちらかというと平凡に見えるパフォーマンスを演じていた少女たちが、スタジアムを超満員の観客で埋め尽くす人気グループへと急成長できたのはなぜだろう。成功への道のりはどこかできすぎた物語のようでもある。数多く存在するアイドルグループの中でなぜ彼女たちが成功を収めることができたのか。それは大きな謎ともいえる。偶然の出来事の積み重ねのようだが、その道程を詳細に眺めると、そこには偶然だけではかたづけられない摂理のようなものが感じられる瞬間もある。果たして、ももクロとは何であるのか。そのパフォーマンスの魅力の源泉は何なのか。論考ではそのことについて考えていきたい。

「全力パフォーマンス」とは何か?

ももクロのライブパフォーマンスはその特徴を称し「全力パフォーマンス」と呼ばれることが多い。それは間違いではないが、一方で他のアイドルのファンたちからは「全力というならAKB48モーニング娘。もアイドルは皆全力だ。全力はなにもももクロだけの専売特許ではない」との反論も返ってくる。私はAKBなど他のアイドルの事情に詳しいわけではないが、パフォーマンスに入れ込んで過呼吸を起こして倒れる前田敦子大島優子らの姿をドキュメンタリー映像で見れば、AKBファンの言う「全力はももクロだけではない」との指摘にも一理はあるように思われてくる。モノノフの多くも、なにかもどかしい思いを心中に抱きながらもそうした主張に対し反論しづらく感じてきたのではないだろうか。「アイドルは皆一生懸命(=全力だ)」論にそれなりの説得力はあるということだろう。それでは同じ「全力」なら、それぞれのパフォーマンスには質的な違いはないのだろうか。
ここではまず最初にももクロのパフォーマンスは他のアイドルのパフォーマンスと同じではなくももクロだけが持っている「全力」の内実があるのだということをを明らかにしていきたい。そして次にそれがほかの多くのグループのパフォーマンスとももクロのそれに大きな差異を生み出していることを示していく。さらにももクロの「全力パフォーマンス」がアイドルの世界を超えて、2010年代(ポストゼロ年代)以降に主として舞台芸術の領域に現れたパフォーマンスと多くの共通項を持つこと。それこそが震災後の閉塞した世間の雰囲気の中で待望されていたもので、そこにももクロ登場の大きな意味があった。それを以下の論考で順次明らかにしていきたいと思う。
これまで「演劇舞踊評論家」の肩書きで雑誌やネット媒体などを中心に主としてパフォーミングアートについての批評を執筆してきた。それゆえ、あらかじめ断っておくが、アイドルに関しては全くの門外漢だ。年が分かってしまうが、若いころには山口百恵をはじめ、薬師丸ひろ子らへのファン歴はあり、特に斉藤由貴は映画、テレビにとどまらず、ライブに出かけた経験もある。ここ最近はすっかり遠ざかり、せいぜいメディアアートへの接近を見せるPerfumeや各分野の批評家が相次ぎそのシステムについて論じているAKB48についても少しだけ興味を持ち、先ほど挙げたドキュメンタリーをはじめいくつかの映像を見てみたがその程度だった。

ぎりぎり状態のももクロメンバーの身体が醸しだす「切実さ」 


そんな私がももクロにはついには長編論考を書いてしまうほどのめり込んでしまったのは観客のコールと一体になった一体感のあるライブの映像(2011年に開催された「男祭り」「女祭り」のDVDだった)を見たことがきっかけだった。演劇やダンスに関する批評活動を続けているのは若い時にいくつかの劇団による本当に奇跡としか思えないような瞬間を劇場で経験したことがあったからだ。映像を通してのものながらも、その時にももクロから感じた衝撃はかつて演劇やダンスで味わった奇跡の瞬間と比較してもなんら遜色のないものだった。そしてそれ以降にどんどんそのパフォーマンスに魅せられていったのは単にパフォーマンスが素晴らしいというだけにとどまらずポスト3・11の世間の閉塞感を吹き飛ばすかのように「この時・ここ」にあたかも救いの神のように待望していたものが現れたと感じられたからでもあった。
ファンの間で「伝説」と言われている「Zepp Tokyo 第3部」(2011年7月4日)の映像をぜひネットの動画などで見て確認してみてほしい。Zeppツアーのファイナルとして2時間がっつりライブ×3回つまり計6時間歌い続けたももクロのパフォーマンスには身体が極限に追い込まれたなかで技術による制御を超えた「切実さ」がたち現れてきている。
私が最初にその映像を見てその虜になったのは有安杏果が体調不良に襲われた「女祭り2011」の映像だった。ここではぎりぎりの状態に置かれたももクロのメンバーの身体が醸しだす「切実さ」がライブ会場の観客に伝わり、極限を超えた頑張りが会場内の熱狂を煽り、そこに他では見られないような祝祭空間を生み出していく様子を今でも映像を通して目にすることができる。
ももクロのデビュー初期に多数の楽曲を提供しその方向性を決めた前山田健一ヒャダイン)はギリギリ出るかどうか限界に近い、あるいは限界を超えた音域であえて歌わせていた。これはアイドルが魅力的であるためにはうまく歌うことよりも限界ぎりぎりでのせめぎあいから出てくるような「切実さ」の方が重要だと考えていたからだ。振付家の石川ゆみも歌うためにはきついような振付であえて踊らせることなど「負荷をかける」方法論の効能については随所で語っており、そこから出てくる「切実さ」にももクロの魅力の源泉がある。 
まず確認しておきたいのはももクロに限らずアイドルの舞台(ライブ)というのは楽曲(歌)だけにとどまらずにダンス、衣装、特に最近は映像、場合によっては演劇の要素も取り入れた総合芸術であることだ。総合「芸術」という言葉が引っ掛かるのであれば総合エンターテインメントと言い替えてもいい。だからももクロのライブも当然、総合エンターテインメントだ。総合エンターテインメントには様々なジャンルがあり、演劇の一部もそうである。そして、総合エンターテインメントの典型例としてブロードウエーミュージカルに代表されるアメリカのショービジネスの舞台がある。「しょせんアイドル」などと舞台関係者がアイドルを下に見る風潮はまだ強いのだが、土俵が違うだけで、私は日本特有のアイドルというジャンルには決して侮ることのできない水準の高さがあると考えている。
ももクロのダンスは「下手」なのか?
ももクロを例にとり具体的に検証していきたい。ネット上などの言説ではももクロのダンスや歌は「下手である」というのが定説となっている。実はそうではないということをこれから実証していく。ダンスにおいて「うまい」とは何を意味するのだろう? 西洋での伝統的なダンスの考えからすれば「うまい」とは「完璧な技術による完璧な身体のコントロール」であるということが一応できる。その基準に当てはめればももクロのダンスは下手に見える。
 世界で最高の水準とは言い難いのは例えばバレエダンサー、シルヴィ・ギエム*3のダンスと比べてみれば一目瞭然だ。ギエムのダンスは「完璧な技術による完璧な身体のコントロール」の実例である。興味を持った人はその映像のいくつかを動画登録サイトで見ることができるので、ぜひ検索して確かめてみてほしい。
そんなことは当たり前じゃないかという人は当然いるだろう。アイドルグループで比較してくれという人が思い浮かべやすい「うまい」とされているダンスには例えばEXILEや少女時代のグループダンスがある。そうしたグループのダンスは一糸乱れずという感じでユニゾンがきちんとそろっていて、素人目にも高い技術を感じさせる。そのため「ももクロは同じアイドルグループの××と比べてダンスも歌も下手だ。全然そろってないし」などと言われることも多いのだが実はそこには大きな錯誤がある。
ももクロのダンスは5人だから、同じような振りで動けば一見ユニゾンのようにも見える。だがそれは決してバレエのコールドバレエやミュージカルの群舞のようなものではない。バレエに例えるならばそのダンスは5人のソリストが同時にアンサンブルを踊るような風になっている。その動きはソロダンスに近く、ひとりひとりの個性がはっきり出ている。ももクロではデビューに近い時から振付を担当するのが石川ゆみ(ゆみ先生)に固定されていて、あたかも振付家とその振付家と同志的な関係にあるダンサーにより構成されたダンスカンパニーみたいに強い絆がメンバーと彼女の間には結ばれている。振付を担当する石川も長年のメンバーとの付き合いからメンバーごとの個性に合わせた振付を振りつけていることが多い。
これを象徴するのが他のメンバーの倍以上の激しさを見せると言われた高城れにの動きである。振付を担当する石川ゆみがラジオ番組「ソラトニワ 銀座 BODYSLAM BOYS」(2013年4月20日)出演の際に高城のダンスに対して「最初はそれをほかのメンバーとそろえようとして結構直していたのだけれど直らなかった。でも直らないのも面白いなと思った。そのままやっていたら、そのダンスを見ている観客に笑いが起こったりして、それは幸せな空間だなと思った。川上さんもこれはうちの色だからなるべく生かしていこうということになった」と証言している。
実はこの時に高城れにのダンスを他のメンバーのダンスに合わせて直さなかったことがももクロのダンスを他のグループと差別化する大きな分岐点になったのではないかと考えている。高城だけではなく、その他のメンバーも例えば有安杏果EXILEのダンス学校、EXPG(EXILE PROFESSIONAL GYM)で培ったヒップホップ系の技術を生かしたキレのある動き、佐々木彩夏=バレエ経験を生かしたダイナミックでありながら柔らかな動き、百田夏菜子=新体操の経験を生かしたえび反りジャンプに代表されるアクロバティックな動き、玉井詩織=器械体操で培った柔軟性と強靭な筋力などそれぞれが持つ個性を生かして踊り方に違いがある。これが同じ振付を踊ってもそれぞれに異なる動きを生じさせる。それが次第に激しい動きが繰り返される振付のなかで、鍛えられていった結果、5人の動きがアンサンブルでありながら、それぞれに自由奔放なももクロ特有のスタイルが生まれていった。
 こういうことはダンスの振付を個々のパフォーマーの動きよりもメンバーの配置(フォーメーション)で考えるような多人数のグループではほぼない。個性に合わせて振りを変えるといってもまず前提として個性を支える技術は必要だ。私の知る限り比較できそうなのはPerfumeのメンバーと振付家MIKIKOとの関係ぐらいであろうか。
先に挙げたEXILEや少女時代、あるいは多くのジャニーズ系のグループがそうであるように通常はアイドルやそれに類するダンス&ボーカルユニットの振付はジャズダンス系かヒップホップ・ストリートダンス系を基礎とした振付が主流なのだが、ももクロの場合はそれにいろいろな他の分野の動きの要素が挿入されていわば渾然一体となって構成されている。その原型と言っていいのがビートたけしのギャグ「コマネチ」のポーズで知られるももクロ初期のカバー曲「最強パレパレード」への振付かもしれない。「コマネチ」は実は石川ゆみが振り付けたものではない。もともとはここにはもっと可愛いアイドル風の振りが入る予定だったのをももクロのメンバーが休憩時間に遊んでいてノリで入れていたのを面白いからと採用することになったものだ。さらに他のメンバーは面白いからと賛成したのに対し、アイドル志向の強かった佐々木彩夏(あーりん)だけは「やりたくない」と駄々をこねたこともファンの間にはよく知られるエピソードだが、ここで重要なのはももクロの振付ではおそらくそれ以降アイドルの振付だからこうしないといけないというような固定概念が崩れて、面白ければ何でもありの世界になっていったと思われることだ。なかでも極端なのはChai Maxxでここではプロレスラー武藤敬司*4の決めポーズからビリーズブートキャンプ*5からドリフターズのひげダンスの引用まで1曲のダンスの動きのなかにこれでもか、これでもかといろんな要素の動きが盛り込まれている。

*1:彼女たちは事務所の名前スターダストプロモーションにちなんで、自らのことをダスト組と自称している
*2:の子(Vo, G)、mono(Key)、ちばぎん(B)、みさこ(Dr)の千葉県在住メンバーからなるロックバンド。の子による2ちゃんねるバンド板での宣伝書き込み活動を経て、自宅でのトークや路上ゲリラライブなどの生中継、自作ビデオクリップの公開といったインターネットでの動画配信で注目を集める
*3:フランス・パリ生まれのバレエダンサー。 100年に1人の逸材とまで称される現代バレエの女王
*4:『日本マット界の至宝』と言われる。プロレスに必要なパワー、スピード、テクニック、センスを極めて高い次元で併せ持った選手として活動を続け、その素質故に「天才」「GENIUS」「平成のミスタープロレス」「Legend」「天才を超えた魔術師」などの賞賛をほしいままにして来た。アメリカでの実績から現在活躍している外国人レスラーの中にもファンは多く、彼らからは敬意を込めて「マスター」などとも呼ばれている。このことから、近年は「プロレスリング・マスター」という愛称が定着しつつある
*5:K−1のオーフレイム選手の膝蹴りからとの説もあり

第二部


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