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バカにはバカの幸せがある

ママチャリで滋賀から兵庫の実家まで乗って帰ったことがある。本当は宅配便か何かで送りたかったのだが、ママチャリぐらいなら送り賃で新品が買えてしまうと知って、じゃあ乗って帰るか、となったのだった。

どうしてそう思ったのか、今でも不思議だけど、一日がんばって自転車をこいだら、帰り着くと思っていた。おバカというしかない。隣町に行くんじゃないんだから。

出発の朝くらいは朝早く起きて、早朝に家を立つ、というのが多分セオリーだけど、ちょっと実家まで帰る、というノリだから、しっかり朝寝して、確か家を出たのは昼前くらいだった。

当時まだグーグルマップなんてものはなかったから、高校の時の地理の授業で使った地図帳を頼りに出発した。教科書とか資料集とかは全部捨ててしまったけど、地図帳は大好きだったからずっと持っていたのだった。おかげで国道などのデカい道ばかりを通って帰る羽目になった。(地図帳には主要な幹線道路しか載ってなかった)

そんな遅くに出発したのに、そうだついでに宇治の平等院鳳凰堂でも行こうと思った。まるでちょっとコンビニに寄って、くらいのノリだった。
当時一眼レフでの撮影にハマっていたから、平等院を撮りたいと、なぜか思ったのだった。国道二号線を帰る予定だったのだけど、路肩で地図帳を広げて行き先を変更して、なんだか山間の道の方へ入って行ったように記憶している。
ママチャリにまたがり、えっちらおっちら滋賀から平等院のある宇治についたときにはもう日は傾きかけていた。

あれ?思ったほど進んでいないぞ。宇治について愕然としたのを覚えている。これじゃあとても兵庫まで今日中に無理だ。当たり前である。

平等院を外から撮影して、(もう中に入る余裕などなかった)。どうしようか、、、と地図帳を広げて、滋賀から京都までの距離のざっくり三倍はあるのを再確認して、一瞬途方に暮れた。元来ノーテンキなので、あくまで一瞬である。とりあえず今日は京都で一泊すべきだという結論に至った。


さすがに一日、いや、正確には半日ずっと自転車を、それもママチャリをこいでいると疲れてくる。もともとほとんど運動もしなければ、自転車も乗ってせいぜい十五分とかそれくらいしか乗るの事などなかったから、へとへとだった。
そして京都駅近くのゲストハウスに転がり込んだ。

翌朝は全身筋肉痛だったが、さて行くか、と朝はやる気満々だった。なぜあんなにやる気満々だったのか不思議でしょうがない。

しかしながら、さすがに二日目の朝は早くに出発したかというと、全くそんな事はなく、またまた朝はゆっくり寝て、確かチェックアウトの時間ぎりぎりまで宿にいたと思う。さすがにあと一日あれば楽勝で帰れると思っていた。
しかしそんなはずはなかった。

国道二号線を延々とこいでいった。
途中立ち寄った食堂の大将とそのおかみさんに、なぜか自転車で帰っていることを激ほめされた。とてもほめられたものではないと思っていたので、逆に居心地が悪かった。しかしながら色々ごちそうしてもらったので、居心地の悪さは我慢した。

結局その日は神戸で一泊した。神戸に住む友人に電話をして、泊めてもらった。こんなバカな事をしていると、人の優しさにたくさん出会う。いや、、、こんなバカな事をしなくとも、人の優しさには出会うが、、、。

翌朝ももちろん、ゆっくり朝寝をして出発した。さすがにもう楽勝だと思っていたけど、結局実家に帰り着いたのは夜の十一時前だった。もう疲れてヘロヘロで、さすがにだいぶペースが落ちていたのだった。
結局三日かかったことになる。

もう家まであと十分くらいのところで、通り過ぎる車にクラクションを鳴らされた。親父だった。スピードを落とし、こっちを見て笑っていた。仕事帰りだったようだ。

「バカだなこいつ。」

という声が今にも聞こえてきそうな、いい笑顔をしていた。

あの笑顔とクラクションは多分、一生忘れないな。


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