ニートたちにひどい目を(後編)

アルバイトなので、時間はいくらでもある。
僕は、一日休みをもらうことにして、変電所に近い、ドライアイスが置いてあるスーパーマーケットを探してみることにした。(コンビニには、ドライアイスが置いてあるところは見たことがない。)
探してみると、意外とあった。
変電所の周りには、人が住めないのかと思ったが、そんなことはないようだ。
その日は月曜日だったが、決行は木曜日にすることにした。
すぐに行動するのは気が引いたのだが、平日の4:00頃が一番人がいないような気がしたからだ。

問題は、ドライアイスの量である。
冷凍食品を買うと、ドライアイスがもらえるのは知っていたのだが、その量で変電所をつぶせるだけの爆弾ができるのか疑問だったのだ。
「まあ、冷凍食品をたくさん買えば、それなりの量のドライアイスがもらえるだろう。」
僕はそう思ってその日は考えるのをやめた。

次の日、僕はふと気が付いた。
「ラムネのビンってそこらへんに売ってるか?」
考えてみると、ラムネを買うのはお祭りに行った時くらいな気がする。近くのスーパーマーケットなどでは売ってないだろう。
でも、最近は便利である。
「アマゾンで注文すれば買えるか。」
アマゾンで注文すれば、ネット上に載っているものは明日にでも届く。
僕は、アマゾンでラムネを調べてみた。
すると、バラでは売っていなかったが、1ダース1セットのラムネを売っていたので、それを注文することにした。
「よく考えれば、ラムネ爆弾が多い方が、発電所をつぶせる可能性も高まるか。」
僕は、自分がどんどんと悪者になっているような気がしていたが、妙な昂揚感も覚えていた。

翌日、1ダースのラムネが届いた。
僕はそのうちの3つを爆弾に使うことにした。つまり、ラムネ3ビン一気飲みである。
「んぐっ、んぐっ、ぷはあー。」
分けて飲んでもよかったのだが、明日決行する前の気合い入れとしても、一気に飲み干すことにした。
ラムネを飲み終えると、やることがない。
僕はネットで見つけた萌え系のアニメを見ることにした。
そして自嘲した。
「ふっ、僕のやってることなんて、そこらへんのニートと全く変わりないじゃないか・・。まあいいや、明日には電気がストップするんだ。さよなら、電気。」
20:00頃には疲れて、寝ることにした。

ついに木曜日、決行の日である。
僕はすでに、3:00に家を出て、4:00頃に郊外にある変電所の近くに行き、近くのスーパーマーケットでドライアイスをもらう。その後に変電所の近くで爆弾を作成し、4:30頃にはその爆弾を爆破させ、それからあとはさっさと帰ってくるという計画を立てていた。

ドライアイスをどうやって運ぶかだが、クーラーボックスを使うことにした。
世はお花見シーズン。はっきり言ってクーラーボックスを持っているのは不自然だろうが、もうそんなことを言っている余裕もなかった。
クーラーボックスは家にあった。そのクーラーボックスを見て、家族で海に行ったとき、使っていたのを思い出す。
「あの時は、あんなに楽しかったのになあ・・。どうしてこんな風になっちゃったんだろう。」
ちょっと感傷的な気分になりながら、僕は空になったラムネのビン三本をクーラーボックスに入れ、出発することにした。

時刻はちょうど午後三時である。
僕は小平市にある変電所に行こうと決めていた。
結構有名な変電所らしいが、平日に変電所に行こうとするなんて、たかが知れているだろうと思ったからだ。
がたごとと、電車に揺られながら、僕は考える。
「勢いで来ちゃったけど、僕はこれから犯罪者になろうとしてるんだな・・。ごめん、お父さん、お母さん。」
電車を降りると、もう変電所が見えていた。
「あの変電所をつぶすわけか・・。」
まず、スーパーマーケットに寄らなくてはいけない。
スーパーマーケットで、クーラーボックスを肩に下げながら買い物をしている僕は、すごく変に見えたかもしれないが、そんなことはもう、どうでもよかった。
大量のアイスを買って、店員さんに言う。
「ちょっと、遠いところに行かなきゃならないので、ドライアイスをいただけますか?」
そういった用件には店員さんは慣れているようで、はいはいと言いながら、ドライアイスを袋に詰めてくれた。
「お花見ですか?いいですねえ。」
「いや、まあ・・。」
(そうか、意外と怪しく思われないんだな)と僕は思いながら、スーパーを後にした。

クーラーボックスには、ラムネのビンが三本と、ドライアイスの大きめのが5かけら入っていた。
ドライアイスはこのままではビンに入らないだろうが、そこは計算済みで、かなづちを一つ持ってきていた。
変電所に向かう。

思った通り、変電所の周りには誰もいなかった。しかし、これから誰か来るかもしれない。
迅速に作業を始めることにした。
まず、さっきのスーパーでもらっておいたビニール袋に、ドライアイスを5個入れる。
その袋を地面に置き、かなづちでたたく。
思ったほどの力は必要なく、ドライアイスは粉々になった。

次に、粉末になったドライアイスを少しずつ、ラムネのビンに流し込んでいく。
三つのビンに均等にドライアイスを流し込んだら、すばやく三つのビンに、ビー玉でふたをする。
そしてそのラムネビンを、変電所の入り口に置いた。
変電所の中に入りたかったのだが、ドアにはかぎが掛かっていた。ちょっと誤算だったが、僕はラムネ爆弾の威力にかけた。
そして、素早くその場を後にする。
ほとんど小走りのような状態で、駅のほうに向かった。駅に向かう途中で、後ろのほうから音がした。
バーン、バン、バン。
三つの爆弾が爆発する音だろう。
1つのラムネ爆弾が爆発すると、そこの近くにある、二つのラムネ爆弾もダメージを受けるはずなので、おそらく、三つの爆弾が爆発したのはほぼ同時だろう。

「なんだ、なんだ。」
やじ馬たちが爆発したほうへ向かう。
「テロでも起きたのかな。」
「変電所の方だよね、行ってみよう。」

犯罪者は現場に戻ってくるという言葉がある。今行ったら平常心でいられる自信がないので、僕は変電所には向かわず、まっすぐ駅に向かった。
電車が止まってしまうかもしれないという予感があったのだが、タクシーを使うだけのお金はなかったので、駅で電車を待つことにした。

行ってみると、電車は動いていなかった。
アナウンスが流れる。
「近くで爆発音がしました。しばらく運転を見合わせます。大変申し訳ありませんが、皆さま、落ち着いた対応をお願いします。」
「落ち着いた対応ってなんだよ。」という声がそこらで聞こえたが、みんなそれほど騒がず、駅で待っていたようだった。

さすがに日本の電車である。1時間もしないうちに電車は動き出した。
僕は、帰る間、ずっと(大変なことをしてしまった。電車を1時間も遅延させてしまってみんなに迷惑をかけてしまった。)
と思っていた。

家に帰ると、普通に家の電気はついていた。
母親が、「遅かったじゃない。どうやら小平の方で爆発があったみたいよ。なんかラムネの破片が落ちてるって。」

僕は、(それやったの、俺なんだよ・・。)と思いながら、ふと気づく。
(なんで、この家は停電してないんだ?ここら辺の電気は小平の変電所からきてるんじゃなかったのか。)
母親がさらにいう。
「なんか変電所の近くで爆発したらしくて、変電所のドアにはガラスの破片がたくさん刺さってたみたいよ。」
僕は、(なんだと?)と思った。

頭を整理すると、こういうことらしい。
ラムネ爆弾は確かに爆発した。それで電車が止まったのも確かである。でもそれは、変電所がダメージを負ったことによってではなく、ただ大事をとって電車が動くのを遅らせただけだったのだ。
変電所はダメージを受けていないので、もちろん停電は起こっていない。つまり多摩にいるニートたちにひどい目を合わせるという僕の目的は達成されなかったわけだ。
(なんだよ、そういうことだったのか・・。)
僕は、ちょっと残念な気持ちと、ちょっとほっとしたような気持ちがないまぜになっていた。

後日のことだが、うちには警察官がちゃんと来た。
やっぱり、クーラーボックスを持っている男がスーパーマーケットの中をうろうろしている姿が監視カメラに写っていたらしく、今回の爆発が僕によってもたらされたということはすぐに調べがついたらしい。

僕は、刑務所に入れられることはなかったものの、両親は多額の賠償金を払わされた。その額は、僕がアルバイトで五年くらい働かないと稼げない額だ。僕はその借金を親に返すために、今も働き続けている。

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