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「独逸経済抗戦力調査」全文

はじめに

「独逸経済抗戦力調査」は、陸軍の秋丸機関がナチスドイツの経済力を調査した報告書であります。原本は静岡大学附属図書館に所蔵されています。(現在貸出禁止)
原本は経年劣化の為、文字の判別が少々難しくなってきております。そこで文字入力作業を行い電子化しました。表は表計算ソフトを使用してまとめ挿入しました。
文字不鮮明な部分がありますが、原本コピーを添付しましたので内容の確認ができます。

「独逸経済抗戦力調査」入力作業に当たって

・基本的に原文に倣ったが、一ヵ所計算間違いの部分があり、そこだけ注意を入れ修正した。(その他原文のまま)
・漢字は原文に基づいて変換できる範囲で対処した。
・送り仮名は原文に準じた。
・読みやすさの為、漢数字はなるべくアラビア数字を用い、通貨はカタカナで表記にした。(アラビア数字の例、1938年、600万、11分の1、8割)
・図の一部は作成できなかったのでそのまま掲載した。
・原文は添付のものを参照


判決

判決1

独ソ開戦前の国際情勢を前提する限り、独逸の経済抗戦力は本年(1914年)一杯を最高点とし、42年より次第に低下せざるを得ず。

右判決理由
(1),ナチス政権確立(33年)から今次大戦勃発(39年9月)迄の期間
 ナチス政権の確立された33年は世界恐慌後の慢性的不況下にあり、従って膨大な遊休生産力存す。即ち失業者は480万人に上り、各種企業の操業率は平均50%見当であり。又豊富な在庫品が存した。右の遊休生産力をナチス統制経済の高度の組織力を以て利用す。その結果33年から38年の間独逸の生産力拡充は驚異的発展をとぐ、例えば

 この膨大な生産力を消費財生産に振り向けることは最小限にとどめ、生産力拡充の基礎を為す資本財の生産並びに軍需品の生産にこれを集中す。
資本財と消費財の前年に較べての生産増加率を対比すれば、

 これにより開戦前迄に900億マルクの巨額の軍需品を支出し得、その内少くとも4、500億マルクの軍需品ストックを蓄へ得た。然し37,8年頃完全雇用状態に達し、最早動員す可きさしたる遊休生産力なき為、39年以後独逸の生産力はさして増強されず。

(2),戦争勃発から現在(41年6月22日独ソ開戦)迄の期間
 独逸はポーランド、ノルウェー、デンマーク、オランダ、ベルギー、フランスを占領し、バルカンを制圧し、ソ連との友好関係を維持することにより、その不足する重要物資の補給を確保し、少くとも開戦前の生産力水準を維持す。然し現在の生産力のみを以てしては到底近代機械化戦の高度消費を補ひ得ず。その不足分は過去の生産力による膨大な軍需品ストックによって補ふ。そのストック(4、500億マルク)は戦争第一年度の戦費(440億マルク)にほぼ相当す。仮りに戦争消費を現在の生産力と過去の生産力とで折半で補ふとすれば、少くともニヶ年間は同一程度の消耗に耐えられる。且つ独逸が現在の勢力圏から補給不可能な原料は戦前ほぼニヶ年間の消費分をストックしていた。この点からみるも、独逸現在の生産力は開戦後二ヶ年間はさして低下するものに非ず。然し現状のままでは、開戦満二ヶ年後、即ち来年からしては現在の生産力も低下し始めるし、過去の生産力による軍需品ストックも次第に枯渇して来るから、全体として独逸の経済抗戦力は本年度を最高点とし、来年から低下せざるを得ず。

判決2

独逸は今後対英米長期戦に堪え得る為にはソ連の生産力を利用することが絶対に必要である。従って独軍部が予定する如く、対ソ戦が二ヶ月間位の短期戦で終了し、直ちにソ連の生産力利用が可能になるか、それとも長期戦となり、その利用が短期間(ニ,三ヶ月後から)になし得ざるか否かによって、今次大戦の運命も決定さる。

右判決理由
 先づ生産力素材の第一の構成要素たる労働力に就いて云えば、独逸の最適動員兵力は600万であり、而かも現在(独ソ開戦当初)の動員兵力も約600万である以上、若し今後対ソ戦に続き近東、アフリカの方面に戦争が拡大し、而かも長期戦となるや、労働力の不足が現はる。斯かる場合膨大なソ連銃後労働力の利用が絶対に必要となる。第二の生産力素材の構成要素、即ち自然力に就いて云へば、現在独逸が最も深刻に悩んでいるのは食料資源である。勿論独逸自身は戦前より食料の計画的なストックと、バルカン確保により、油脂を除きほぼ自給可能となる。然し占領地に於ける食糧不足(例、フランスは自給率僅か6割)は深刻の度を加へつつあり、斯くしては欧州内部に政治的不安が生ず。それ故欧州内部に政治的安定を保たせる上に於て、ウクライナ農産物の利用を絶対に必要とす。現に独ソ開戦直前に於ける独の対ソ要求中には、ウクライナ農業開発の共同管理と小麦年500万トン供給が挙げられている。(注)
(注) 小麦500万トンはウクライナ生産額の1/4、又戦前欧州(英を除く)は南米より小麦を年1,200万トン輸入。

 次に自然力の内動力資源、特に石油の確保は独逸にとって決定的重要性を持つものである。独逸の石油戦時需要量を年1,800万トンとすると、独の人造石油年400万トン。ルーマニアからの補給年300万トンとして、なお1,000万トン前後の不足が生ず。従って長期戦となる場合当然その補給をソ連のバクー油田(年産2,300万トン)に求めなければならず、今次独ソ開戦前に於ける独の対ソ要求の一つとして、年1,200万トンの石油供給を求めている。
 更に自然力の内鉱物資源に就いて云へば、その不足するマンガン、石綿、燐鉱はソ連からの補給により、可成り良好となる。
 生産力素材の第三の要素たる資本財、特に機械に就いて云へば、ソ連の生産技術は独に遥かに劣っている。然しその豊富な労働力と自然力と更に独逸の技術とが結合することにより、増産が可能である。
斯かる理由からして、独逸は来年以降低下せんとするその経済抗戦力を補ふ為にソ連の生産力利用が絶対に必要となるのである。ただソ連から物資輸送力に一抹の不安あり(それ故戦争直前の独の対ソ要求中には鉄道技術員の派遣なる項目あり)
 然し、ソ連生産力を利用せんとして開始された対ソ戦が、万一長期化し、徒らに独逸の経済抗戦力消耗を来たすならば、既に来年度以降低下せんとする傾向あるその抗戦力は一層加速度的に低下し、対英米長期戦遂行が全く不可能となり、世界新秩序建設の希望は失はれる。

判決3

ソ連生産力の利用に成功するも、未だ自給体制が完成するものに非ず。南阿への進出と東亜貿易の再開、維持を必要とす。

右判決理由
 マンガン、石綿、燐鉱等はソ連よりの補給により、その需給状態は可成り良好となるも、なほ戦時需要量を満し得ず。これを南阿に求めざるを得ず。又南阿は独逸の不足する銅、クローム鉱を豊富に産出す。それ故ソ連に次いで南阿進出を独逸は策す。
 一方東亜は独逸の不足するタングステン、錫、護謨を供給すると共に、独逸食料資源の最弱点たる植物油(豆油、コプラ油、椰子油)を供給す。従って独逸が非常に長期に亘る対英米戦を遂行する場合には、南阿への進出と、東亜貿易の恢復、維持を必要とす。若し長期に亘りシベリア鉄道不通となる場合、欧州と東亜との貿易恢復は、独逸がスエズ運河を確保し、又我国がシンガポールを占領し、相互の協力により印度洋連絡を再開するを要す。
 一方我国は独ソ開戦の結果、やがてソ連と英米の連携が強化されるにつれ、完全の包囲体制に陥る。この包囲体制の突破路を吾人は先づ南に求む可きである。その理由とするところは
 1,我国の経済抗戦力の現状からして北と南の二正面作戦は避く可し。
 2,北に於ける消耗戦争は避け、南に於て生産戦争、資源戦争を遂行す可し。
 3,南に於ける資源戦により短期建設を行ひ、経済抗戦力の実力を涵養し、これによって高度国防国家建設の経済的基礎を確保す可し。
 4,実力が涵養されれば自づと北の問題も解決し得る。
 5,更に南方に於ける世界資源の確保は、単に反枢軸国家に対してのみならず、枢軸国家に対しても、我が世界政策の遂行を容易ならしむ。

斯く独逸はソ連生産力の利用(その場合独逸の技術により生産力の拡充必要、然らざる限りソ連人口の扶養困難)、南亜進出、東亜貿易の維持が可能な場合、独逸の経済抗戦力は対英米長期戦に堪え得るのである。若し斯かる条件が備はるに至るならば、数年後には欧州占領地内の生産力も恢復し、これ又独逸の経済抗戦力として利用し得るに至るのである。
以上の判決を図示すれば


独逸経済抗戦力の動態

目次

1,判決
2,序論 経済抗戦力の測定方法
3,本論 独逸経済抗戦力の測定
 第一編 現在の生産力
  第一章 生産力素材―経済的戦争潜在力
   第一節 労働力―人的資源
   第二節 自然力―物的資源
    第一項 農業資源
          A 食糧資源
          B 食料以外の農業資源
    第二項 動力資源
          A 電力
          B 石炭
          C 石油
    第三項 鉱物資源
          A 鉄鋼
          B 非鉄金属
  第三節 資本財―物的資源
    第一項 機械工業
    第二項 化学工業
  第二章 組織力
  第一節 私経済的組織力
  第二節 国民経済的組織力
    第一項 貨幣を介しての間接的組織力―金融及び財政
    第二項 国家統制による直接的組織力
    第三項 輸送力
  第三章 輸入力
第二編 過去の生産力
  第一章 商品及び軍需品ストックの動員
  第二章 生産設備の転用乃至濫用
  第三章 外貨準備(金、外国為替)外国投資の動員
第三編 将来の生産力
  第一章 外国信用
  第二章 占領地工作
  第三章 欧州広域経済圏の建設

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