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【5車連携でも決まらない理由】競輪の数学Vol.4

数学的に失敗が読めた大宮記念の関東5車連携

2024年の記念がここまで3節開催されましたが、決勝では大宮で5車、和歌山で4車、川崎で5車による地元地区連携という極端な構成になっていました。

しかし、大宮では平原の2着までで失敗、和歌山は近畿4車が4着まで完全上位独占で大成功、川崎では番手郡司が勝利し成功も2,3着は他地区という結果になりました。特に大宮記念での完敗はXの競輪TLが大荒れに荒れておりましたねえ。

ですが、大宮記念でC競をご覧になってくださっていた読者の皆様は、少なくとも関東勢を本命にすることはなかったんじゃないかと思います。

数字的に関東5車連携が成功しない可能性が高いことを示していたC競メモ

それは関東の先頭を走っていた太田龍希の脚力が、ライン5車の長さをもってしても、6番手濃厚だった清水の捲りを防げるだけのスピードを持ち合わせていなかったからです。

ライン1車分で半周1車身=0.1秒の価値

競輪の数学Vol1で解説したように、1ラップで0.1秒の差は半周で1車身の差がつくことと同等です。ですので、大宮記念決勝の例を見てみると、関東5車に対して6番手濃厚な清水に対し、1ラップで5車身分=0.5秒分までスピードが遅くても捲られないということになります。厳密には400バンクの場合0.1秒で1車身なので、500バンクの場合はちょっと話が変わるのですが、25%程度の誤差なので単純に考えます。

さっそく、太田龍希の節間自力成績を見てみましょう。

太田龍希の3日目までの自力ラップ区間最短時計

1L区間の最速が14.2ですが、14.2を出したレースでの2L目は33.9と絶望的な失速をしています。つまり1周駆ける前提ならば、参考になるのは初日の1L14.4、2L28.9です。これ、ラップ的に記載すると14.4-14.5という内容でした。つまり、ジャンから太田龍希が先行した場合、2L目には14.4~14.5のラップになることが予想できます。

対して、別線が北都留翼だったため、6番手が濃厚であった清水裕友の節間自力成績を見てみましょう。

清水裕友の3日目までの自力ラップ区間最短時計

半周以上自力で駆けたレースは2日目のバック捲りのみでしたが、1L13.9という時計をマークしています。

さて、計算してみましょう。先行時1L14.4の太田龍希には5車身=半周0.5秒の貯金があります。ですが、清水は13.9で捲ってきます。

14.4-0.5=13.9

というわけで、清水は半周で太田龍希に並ぶことができる計算になってしまいます。さらに、清水は250m以上スピードを維持できる航続距離があることは過去の活躍から推測できますので、半周+αで関東勢を呑み込むことが可能であることが想像できます。

さて、ここでもう1点、番手の宿口陽一が番手捲りを打っていましたが、ここがXで宿口選手が叩かれる要因でした。では宿口選手の節間自力成績を見てみましょう……ありません。宿口選手は自力選手ではありません。ですが、実際の決勝では懸命な番手捲りを1Cで打ちました。

では、実際の大宮記念でのラップです。

太田龍希J先行
16.4-14.8-17.2
宿口1C番手捲り
14.3-15.2
清水H6番手捲返し
13.8-14.5
レースラップ
16.6-14.4-14.6

いかがでしょうか? 太田龍希のHBは14.8。正直、節間で出していた先行時の14.4~14.5という時計よりも0.3秒遅く、期待を下回るスピードであったことがわかります。そんなスピードの乗っていない太田の番手から、宿口はHBで14.3という「加速」をして、なんとか抵抗していたのです。

これ、番手が平原、山田義彦、中田健太のほうがマシだったんじゃないかとか一部で言われてますけど、私は宿口が一番抵抗できたほうであると思ってます。

結果的に関東勢のHB間は、レースラップのHBを見ればわかるとおり、14.4という時計でした。清水は6番手から13.8でしたので
14.4-0.5=13.9>13.8
ということで、清水はB直後に関東勢を捲り切ってしまったわけです。

この節、平原は期待が高いものの、近年の衰えもあって全盛期ほどの距離もスピードもありませんでした。決勝の関東勢で一番戦えたのは、繰り返しますが宿口です。宿口が14.3で抵抗してくれたから、平原が2着に食い込めたのです。捲られた第一の原因は、宿口ではなく、そもそもスピードに乗れなかった太田龍希なのです。

そもそも宿口に半周の自力で14.0前後を期待するのは難しいです。それでも、宿口番手捲りのほうがマシだったくらい、後続の関東勢にそれ以上の自力を出せる選手がいなかったのです。ですので、関東の並びはこれが最善であり、それでも清水の脚力より劣っていたというほかないのです。そして、それを予想できなかったのは、予想する側の責任です。

和歌山記念の近畿4車が圧倒的だった理由

逆に考えれば和歌山記念が近畿4車で上位独占できたのは、当然先頭の寺崎が強かったのもあります。

山田英明一旦切ってH前叩れ(HB時計は中団入って引っ張られ)
17.0-14.0-(11.2)-11.3
寺崎J発進H先頭
12.1-11.0-11.8
坂井洋8番手捲
10.9

寺崎は節間で10.8-11.5という時計を出しており、波はあるものの絶対逃げるとして走れば1L10.8を持っているので、巻返しでも山田英明の節間1L11.5を上回るスピードを出せることは明白でした。

寺崎浩平の3日目までの自力ラップ区間最短時計

あとは坂井洋ですが、2車の他地区連携で先行しなければ8番手濃厚。
前を走る寺崎がHB11.0、さらに番手にはいざとなれば半周番手捲りで11.0が打てる古性がいることを考えると、7車後ろからでは
11.0-0.7=10.3
という捲りを出さなければ勝てない計算
になります。
日本の400バンク全体でのバンクレコードは10.3です。

そんな時計で坂井が走れるならばよいのですが、そうでないならば近畿勢が圧倒的有利であることがわかると思います。

これを打破するためには山田が切ったあとに坂井が逃げるしかなかったのです。ですが、遠征の記念で、しかも他地区が後ろ、なおかつG1前に坂井がそんなことをするメリットは限りなく低いです。坂井からすれば、山田が好位に飛びついてくれと思ってたでしょうし、山田からすれば坂井に逃げてもらった3番手から捲りたかったでしょう。思惑は一致しなかったのです。

結局、古性は前を残しつつ、後ろが和歌山勢なので、古性-東口-寺崎-藤田と入線しました。もはや、古性がどこから踏み出すかで2~4着の着順を選べる状況にまで誰も抵抗できなかったのです。

なので、C競メモはこうなっていました。

しゃーない

さて、ここまできたら川崎記念の決着も事前に予想できる部分があったか、数字から考えられるようになると思います。

↑当時のC競↑を見ながら、郡司のアタマからヒモ選びを改めて数字から考えてみて下さい。ドリルですね。

情報として、川崎記念決勝の時計も書いておきます。

レースラップ
11.8-11.7-11.4-11.8
深谷先行ラップ
11.6-11.7-11.4-12.0

まとめ

4車や5車連携というと、とてつもなく有利なことに見えます。実際、大きな有利であることは事実ですが、その有利とは数字的にどれくらいの有利なのか、というのを今回説明しました。

1車身=半周で0.1秒

です。もちろんラインの長さは外から被せられる戦術面や、相手を外々に追いやる距離ロスを産めるなど、時計以外の有利な面もあります

ですが、まず時計的にラインの長さによる貯金が活かせるだけの脚力差なのか、という部分が整理できるだけでも、今後の長いラインや二段駆けへの指標になるのではないでしょうか。

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