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不意に来て急にいなくなった

 昨夜は蒸す様に暑かった。今日ももう街は、コートを着ている人の方が珍しい。冬物のダブルジャケットは、歩き出すとじき鬱陶しい暖気が溜まり、前ボタンを外さなくてはならなくなった。長めのすそが、風になびく。季節の変わり目はいつも、不意に来て急にいなくなる。
先日、表に通じる軒の窓を開け、ぼんやりと外を眺めていると、一羽のモンシロチョウが家に入った。見ていると、そのまま部屋をふわふわと飛び回り、そしていつのまにかいなくなっていた。不意に来て、急にいなくなるのだ。そういうものは考えてみると随分多い。

 この春やりたいことはなんだろう、やるべきこととは。転職して、定時も上がりも早くなったから、時間は随分と増えた。ただ、不意に増えた時間も、急にいなくなる。夕食を作って食べていると、いつの間にか9時になる。そして眠気が不意に来る。朝も。思えば前職の頃は、そのサイクルがもっと早かった。食事など作る暇もなく、朝、仕事、夜、朝、仕事、夜を繰り返す。それを思えば、やっぱり今が良いのだろう。

 時折、別れた恋人の事を考える。よりを戻したいとか、さみしいとか、未練があるという話ではなく、もっとあの人に、優しくしてあげるべきだったなあ、という後悔の様な気持ちだ。出先で些細なきっかけに怒りが抑え切れず置いて帰ったり、夜食で一人分のラーメンしか作らず恨めしそうなあの人を笑ったりした。なぜあの時、あんなに陰湿で陰険になっただろう。今、私抜きで幸せにやっていて欲しい。
人は、優しくて優しくて、そして強くなくてはならない。あの頃強くも優しくもなかった私は、久しぶりに一人きりで、春を迎える。

 この春、何をしたいだろう。せっかく一人になれたのだから、人に優しくなろう。不意に来て、急にいなくなるものに囚われず、ずっと手元に置きたいものや、大切に出来るものを探そう。不意に来て急にいなくならないのは、私にとって私だけなのだから、精一杯自分を愛そう。強くて、優しく優しくなって。


#この春やりたいこと

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