見た映画を小学生並みの感想で記録する5/コンセントについて

この記事は2019/9/15にAmebaブログに投稿したブログ内容を転記して作成しています。

我です。夢月ロアさんの新衣装があまりに可愛くて30分ほど生死を彷徨っていました。
ここ数日アクション映画より人間の内面を描いた作品を観たいという衝動に駆られてしまい、ネットの海を漂った結果「コンセント」という2002年の映画に辿り着きました。今回も今回とて箇条書きで色々書き残していきます。以下アマゾンのページから引用したあらすじです。

アパートの一室で餓死した兄。兄はなぜ生きることを止めたのか? 無機質なその部屋にはコンセントに繋がれたままの掃除機があった。何かのメッセージであるかのように。田ロランディのベストセラーを映画化。

原作は田口ランディ氏による長編小説であり、彼女のデビュー作だそうです。処女作でこのストーリー書けるの普通にエグい。凄い。
てことで感想書いていきます。多分そこそこネタバレを含みます。知らんけど。

まずは良かったところ、面白かったところについて

・開幕のインパクトが中々強い
→これは人によって個人差が大きく出るところだと思いますが、最初のシーンが一見すると「豪華な寝室で肌着姿でパソコンを眺めている女性」なのですが、カットを重ねるとそこが「ラブホテルで事後に株価をチェックしている女性」であることが分かります。いや最初から情報量多過ぎんかこれ。スタートから事後という色香漂うオープニングとなっております。ここからあらすじにある彼女の兄の訃報が彼女の元に電話で知らされて物語が始まります。

・兄の死亡現場のリアルさに軽く恐怖を覚えた
→兄の訃報を母親から聞いた主人公ユキは地元に帰るのですが、迎えにきた父親はずっと母を怒鳴り続け、母親はただ謝り続ける。普通にメンタル削られた。それから葬儀の打ち合わせや火葬を終え、兄の死亡現場であるアパートの一室をユキと父が訪ねます。
そこは腐敗した臭いに満ちており、部屋にはポテトチップスの袋やCDが散乱。死亡後腐敗が進んでいた兄の倒れていた場所には血溜まりができており、蛆が這っていました。個人的な感想として、「孤独な最期とは何の変哲もなくただ日常に死が足されただけの光景なのか」と感じました。明日は我が身・・・・・・・・泣きそう。
その後特殊清掃が入るのですが、部屋には一度も使われたことのない掃除機が「コンセントが刺さった状態」で残されていました。ここでタイトルにある「コンセント」が初めて物語に登場します。

・兄、貴之役木下ほうか氏の演技がすごくいい(小並感)
→餓死した兄の死亡現場の確認や葬儀を終えたユキの夢や回想で度々兄「貴之」が物語に出てきます。兄は元々精神的に不安定で、良く父と殺し合い寸前の喧嘩を起こしたりする回想が映像に出てきています。そこでの狂った笑みを見せながら父親をガラス片で攻撃しようとする兄の演技に圧倒されました。普通では現れることのない表情と言動、それを併せ持つ演技を見せた木下ほうか氏、やっぱり凄い。近年某バラエティ番組のイヤミな課長役で世間に名前が知られた方ですが、改めて演技の幅の広さを見た気がします。すごい。

・徐々に精神が蝕まれていく様を綺麗に映像で表現している
→葬式を終えたユキは精神的に不安定になり、彼女は元々在籍していた大学のゼミの教授の元を訪ねます(彼とユキはかつて肉体関係にあることが明かされる)。彼のカウンセリングを受ける生活を送る中で、最初は夢の中にだけ現れていた兄が現実世界にも現れる様になります。最初は「昔の回想シーンかな」と思わせる様な描写でしたが、あるタイミングで回想シーンではなく、この瞬間にユキに見えている現実(妄想)であることが分かるシーンが描かれます。そこでユキが精神的に危険な状況であることを知ることになります。ここちょっと鳥肌たった。

・直喩としての「コンセント」と隠喩としての「コンセント」
→精神的に悪化を辿るユキは偶然再会した同級生律子に同じ同級生で精神科医の山岸を紹介されます(その晩ユキと山岸は寝ました)。彼が受け持っている患者の中で自分がトリップ状態に入ることを「コンセントが入る」と表現する患者がいることを教えられます。また、ユキが兄と一緒に観た「世界残虐物語」の1シーンに「コンセントを差している時だけ活動できる少年」(このシーンは実は存在していなかった)が描かれている様に、作中では「コンセント」という言葉は「(様々な)スイッチを入れるもの」という意味合いで使われています。実際にこの様な表現をする患者がいるかどうかは定かではありませんが...

そして隠喩的な意味として「コンセント」は「女性」を表している様で、実際に作中で主人公ユキは様々な男性と肉体関係を結びます。同僚のカメラマン、前述にある精神科医山岸、そしてカウンセリングを依頼したかつての恩師。表面的にはただの尻軽に見えますが、この作品におけるセックスの成す意味がただの快楽を求める行為として描かれず、前述のように「スイッチを入れるもの(ここでは男性の過去の記憶など)」として描かれています。またこの濡れ場の演技も非常に秀逸だった印象です。(こういった作品をあまり見ることが無かったので比較対象が実は無い・・・)

続いて少し批評的な感想をば

・ヒューマンストーリーを観ていると思ったらいつの間にかスピリチュアル作品を観ていた
→上に記した通りなのですが、前半は兄の死をきっかけに徐々におかしくなってゆくユキとユキの抱えている闇について描かれるのですが、後半に進むにつれて「ユキがシャーマンとして目覚めてゆく映画」に変貌を遂げます。あまりに自然なため最初は気づきませんでした。ある意味面白い点ではあるのですが、果たして最終的にシャーマンというやや非科学的な存在を出して良かったのかどうかというのは何とも言えないところ。

・少し濡れ場に比重を置きすぎている印象があった
→元々こういったいわゆる濡れ場が存在する作品では濡れ場を楽しみにしている方のために割合として多くしているのかもしれませんが、物語の転換のたびにキャラクターがセックスしているという印象を受けました。約20分に1回は濡れ場があったような気がします。役者さんの体当たりな演技が見えましたが、見せすぎるのもいかがなものかという感じです。

・教授の少し謎な設定、必要あったか・・・?
→前述でユキと教授が肉体関係にあった描写があるということを記しましたが、この2人は元々「最後までしていない」間柄でした。教授は「私と君は先生と生徒の間だから最後までしてあげない」といった内容のセリフを口にしています。本当の理由が「教授がユキを母に見立て寵愛していたから」なのですが、正直前述の彼が言っていた理由(言い訳)で最後まで通せた気がします。最後の教授が「ママ・・・」と呟きながらユキの胸に口を当てるシーンは普通にゾワっとしました。意図的な演出とシナリオだったのかもしれませんが、あまり好きでは無い終盤のワンシーンでした。

さて、ここまで色々書いてきましたが、この作品は兄の自殺をきっかけに精神的に狂い始める主人公視点で見ることのできる作品であり、また彼女の元々持っていた「誘惑者」という素質と精神異常が合致して産まれる彼女の潜在能力の一端を見ることができる作品です。この作品を観て得られる知見は恐らく人によって様々だと思います。僕の場合は前述の「誘惑者」と作中で言われた能力がただひたすらに恐ろしかったです。仕事の同僚と何度寝ても翌日にはケロッとしているユキを見て「人間って怖いなあ」と改めて思いました。こんな人が実在するかどうかは知る由もありませんが・・・・・・

余談ですが「ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝」を観てきました。近いうちに感想書きます。書きながらおしまいになってしまうであろうから書かないかもしれない。

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