見た映画を小学生並みの感想で記録する15/悪の教典について

この記事は2019/10/9にAmebaブログに投稿したブログ内容を転記して作成しています。

最近時間が割とリアルに無くて何も書けなかった・・・・・・
しばらくぶりに映画の感想を書きます。今回は貴志祐介原作、三池崇史監督作品である「悪の教典」について感想を徒然なるままに()記していこうと思います。以前も書きましたが映画化作品の小説だけを読むという特殊ムーブをしていた時期があり、悪の教典もこの時期に映画化の報道があったので原作だけ履修していました。今考えてみると本当に拗れていることをしていましたね・・・ということで原作小説を読了したことが前提で諸々書いていきますのでなにとぞ。以下アマゾンのページから引用したあらすじ

「2010年ミステリーベスト10」、「このミステリーがすごい!2011」でともに第1位を獲得した貴志祐介原作『悪の教典』を、鬼才・三池崇史監督が映画化。高校教師・蓮実聖司は、自らの目的のためには、たとえ殺人でも厭わない。そして、いつしか周囲の人間を自由に操り、学校中を支配しつつあった。全てが順調に進んでいた矢先、小さな綻びから自らの失敗が露呈してしまう。それを隠滅するために考えた解決策は、クラスの生徒全員を惨殺することだった…。 『海猿』で人命救助の海上保安官を演じた伊藤英明が、他人への共感能力を全く持ち合わせていないサイコパスの人格を持つ高校教師・蓮実聖司を演じる。生徒役には『ヒミズ』で、ヴェネチア国際映画祭で日本人初となる新人俳優賞をW受賞した二階堂ふみと染谷将太。 (C)2012 「悪の教典」製作委員会

ということで色々書いていきます

この作品の面白かった点について

・伊藤英明氏のサイコパス演技に魅了される
→サイコパスな高校教師蓮見聖司を伊藤英明氏が演じています。「海猿」やシャンプーのCMなど普段は誠実性や正義感の強いイメージが彼にありますが、この作品内ではその誠実性が狂気として現れているのが非常に興味深かったです。平然とした爽やかな笑顔で人を次々に殺していくその姿は正に狂人そのもの。一般的な快楽殺人鬼の狂乱した笑い声より怖かったです。
序盤の生徒に慕われる良い先生というイメージは作中で徐々に瓦解を始め、最終的に全てが崩れ去ってしまう展開は流石といったところでしょうか。それも視聴者のみが知り得ることで、作中の殺された人物のほとんどは死の直前まで蓮見が「良い先生」であることを疑わず、銃口を突きつけられた瞬間に全てを悟るという点も恐ろしく、また悲しい印象でした。

・三池崇史作品ならではのバイオレンス性の強い演出
→この作品の監督である三池崇史氏といえば「逆転裁判」や「忍たま乱太郎」などポップな作品の監督も勤めていますが、僕の三池崇史作品の印象といえば「バイオレンス」です。なぜこの印象がついたかは定かではありません。ほんと何故なんだろう。調べたら「着信アリ」の監督を勤めていたからという気がしてきました。見てないのに。
自分語りはさておき、この作品で(恐らく)最も取り沙汰されるであろう終盤の生徒を惨殺していくシーンについて少し書きます。無抵抗の生徒たちが次々と猟銃で撃たれていくシーンですが、無力な生徒たちがただ殺されるしかないという絶望的な状態を綺麗に映像で描けていると思いました。特に屋上に入れずに踊り場にすし詰め状態になった生徒たちを1人ずつ殺していくシーンは原作にも(確か)ありましたが、映像で改めて見るとこの上ないくらいの絶望と恐怖を感じました。まだ逃げ惑っている方が生きた心地がしそう。

続いて少し批判的な意見をば

・もう少し学校の爛れた部分を蓮見が利用する場面について描いて欲しかった
→この作品において僕が1番残念に感じたのが登場人物の削減並びにヒューマンストーリーの削減です。これは映画作品においてごくごく当たり前に行われる事項です。しかし原作を読んだ身としてはどうしてもこの物語のカットが原因で全体の厚みが薄くなってしまうのは非常に残念なことです。
原作では映画以上に学校内にある様々な問題を蓮見が利用して当事者たちを蓮見自身の駒としていく場面が多く描かれています。このシーンがあることで蓮見が学校を自らの国としようとするという動きが更に如実に現れてくるものと自分は考えていました。どうしても尺が足りないという問題があるので致し方ないとはいえど・・・・・・

・最後のシーンの必要は果たしてあったのだろうか
→前述の生徒惨殺を行ったのちに蓮見は警察に逮捕されます。連行される際に生き残った生徒に自分の素性が暴かれた際に「Magnificent!(直訳で素晴らしい)」と狂人じみた表情で発言します。・・・・・・これ必要だったか・・・?
逮捕後の事を既に想定している蓮見がここで周りに見える形で素性を晒す必要はあったのでしょうか。クライマックスとしてインパクトを残したいという意図が何となく見えましたが必要性があるかどうかは判断に迷いますね。一方で、この言葉は生徒に発言したと同時に視聴者への発言だったのかなというようにも受け取れました。知らんけど。

という感じです。まるで伊藤英明氏の為に作られたかのような主人公の設定、三池崇史氏の演出、生徒たちのひたすらに恐怖する様、これらが混じり合った事で最後のおぞましい事件の演出が生まれたように感じました。ただ、それまでの過程が全てクライマックスのためのウォームアップのようになってしまっていることが悲しいかなという印象です。原作は映画以上に人間関係が複雑に入り混じっているので、未履修の方は読む事を推奨する作品だと思います。ただのバイオレンス作品ではないという印象になるのではと。

オシマーイ。

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