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あ・い・う・えっせい

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#日本語

背骨

 骨折の多い生涯を送って来ました。  今まで三度骨折している。どれも腕の骨折であり、小三のときに右手・左手を一度ずつ、中二のときにはふたたび右手を折った(というか剝がれた)。原因はそれぞれ、スケートボードでの転倒、体育での走り高跳びベリーロールでの着地失敗、部活動での疲労蓄積である。最後のは未だに後遺症が残っている(下記参照)。  小三というのは私にとって伝説といって差し支えのない年で、一年に二度も骨折するなど狙っていてもなかなかできる芸当ではない。家族や学校の先生は開い

手のひらを太陽に透かしてみれよ

 一度、血液の濃さが足らず献血を断られたことがある。血液の濃さとは、要するに赤血球中のヘモグロビンの量であり、真っ赤に流れる僕の血潮の正体である。そのヘモグロビンには鉄分が必要であるということも、知識としては頭にあった。だいたい毎日赤兎馬(志賀家の鉄瓶のこと)で沸かした白湯を飲んで鉄分を摂取しているし、すでに献血を何十回と経験してきているのに、ヘモグロビン濃度が低いと言われるとは、なんと屈辱的なイベントだろう。顔で笑って心で泣いた。  「どうやったらヘモグロビンが増えますか

トマトトマト、上から読んでも下から読んでも、トマトミニトマト

 トマトが逆から読んでもトマトとなるのは、子音と母音をセットで扱っているからだ。厳密に回文にするなら、オタモット(otamot)という未知の単語が出来上がることになる。  「たぶんぶた」という回文をはじめて聞いたとき、「ん」が一つ足らないのではないかと思った。「たぶんんぶた」としないと対称にはならない。「ん」というのが、真ん中というか兼任というか、中心にあるというのがすぐに理解できなかった。「トマト」はすぐ納得できたのに、「たぶんぶた」だけは腑に落ちなかったのである。これは

煮る子は育つ

 毎朝起きたら湯を赤兎馬で沸かしている。赤兎馬とは、マイ・ホームで使っている鉄瓶のことである。その白湯を豆乳と一対一で割り、それで粉末ホエイプロテインを溶かして毎日飲む。年寄りの冷や水ならぬ、若者(?)の白湯である。白湯は「さゆ」だが、中国語では「パイタン」である。「湯」はスープなのだ。中国語母語話者が銭湯だか温泉だかで「男湯」や「女湯」というのを目にすると、ちょっとギョッとするかもしれない。  そもそも「湯」という単純語が存在することが、それが日本人にいかに馴染みがあるか

猫の手も借りたいにゃー、っておめえ猫じゃろうが

 けっこうお笑い好きである。ラジオでお笑いに親しんできたため、動きや顔芸よりも、話術で笑わせてくれるものが好みである。  漫才やコントなんかも、言語学的に分析しようと思えば(無粋ではあるが)できないこともない。もっとも簡単な言い方を用いれば、「話が通じない」というのがお笑いの基本の一つである。それはナンセンスで不条理な会話から、ちょっとした誤解にいたるまで、程度はさまざまである。  私が最も敬愛する漫才師はいとしこいしさんである。お二方の有名な漫才に、鍋が好物だというくだ

ハクション大魔王セブン

 「くしゃみ」っていかにもオノマトペって感じがする。「ハクション」が「くしゃみ」になったというのはけっこう想像しやすい。しかし事実は異なり、くしゃみは「くさめ」、さらには「くそはめ」に遡り、要は「クソくらえ」という罵り言葉が語源である(「食む」は「馬が草を食む」に見られる)。昔はくしゃみをすると早死にすると考えられていて、一種のおまじないだったようだ。  このように、馴染み深い単語に思いがけない由来があることはぱぱある、もといままある。九月は英語でセプテンバーだが、このセプ

不思議不可思議、首領パッチ

 ことばって不思議である。私が初めてことばの魅力に気づかされたのは、中学の国語の授業で、「日本語の動詞はウ段で終わる」ということを習ったときであった。食べる、飲む、打つ、書く……。確かにその通りである。そのとき、三重奏の衝撃が私に襲いかかってきた。  第一の衝撃は、動詞はウ段で終わるという美しい法則が日本語に存在しているという事実であった。少なくとも現代日本語において、そこに例外はない。それはピタゴラスの定理を知った衝撃に似ていた。しかし、その法則が普段何気なく使っている母

マラカス、マスカラ、頑張りますから

 いろは歌というのがある。仮名四十七字をすべて過不足なく用い、かつ意味のあるまとまりとなっている。  ある日、自分でも作ってみようという気になって、一つこしらえてみた。そのとき設けた条件が三つある。一つは、当然いろは歌なので、仮名をかぶることなくすべて用いて意味のあるまとまりにする。二つ目は歴史的仮名遣いでかつ文語で書く。三つ目は漢語や外来語を使わず、和語(大和言葉)のみで作る。以上三つの制約の中で作成したいろは歌が下のものである。  一つ注意されたいことがある。「踊る」

むかしむかしおじいさんとおばあさんが桃を割りました

 マイ・ホームタウン岡山は、桃太郎ゆかりの地である。マスコットキャラクターはもちろん、空港からお祭りにいたるまで、あらゆるものが桃太郎に肖っている。岡山駅前では桃太郎の像が出迎えてくれるし、J2のサッカークラブはファジアーノ岡山という。ファジアーノとは、イタリア語でキジのことだ。  桃太郎、そのあらすじを知らぬ者はいないだろう。さて、晴れて桃太郎が生まれるシーンであるが、「桃が割れて、中から男の子が」となっていることも多い気がする。この場合、じいさんばあさんが手を下して「割