【歌詞】首縊ヶ町四畳半幻想

「首縊ヶ町四畳半幻想」
(くくりがまちよじょうはんげんそう)

どうやつて此処まで来たのか
どうやつて忘れてきたのか
海峡に沈んだ父のことも
獄中で笑ふ母のことも

ゐつまでも壁の染みを見つめた
ゐつまでも畳の目を数えた
出来るものなら分解してみろ
ユングやフロイト 私のこゝろ

さかしまな指が絡まる
よこしまな首が落ちる

先生
嗚呼、先生がまだ居てくれて良かつた
"首の皮一枚繋がつた"とはよく言つたもので

カルモチンを出して貰へませんか
薬屋の婆さんが首になつてしまつたので

私はこの病院坂を上がつて
駐在所の角を曲がつた
貸本屋の上に下宿してゐるのですが
毎夜毎晩、両手が右手の男が
薄くて長ひ舌をべらりと出しながら
下宿の錠前を開けに来るのです
がちや、がちや、と

男の名前は犬が咥へて逃げてしまつたようで
もう誰にもわからないのですが
もしかしたら今頃その野良犬が
男の顔をして過ごしてゐるのかもしれません

下宿に大きな姿見がありましてね
身嗜みといふやつですかね
カフヱの女給とねんごろになりたくてね
もう首になつてしまひましたが

そんなに大きな鏡があれば
両手が右手の男が
来てしまふのも無理はないのです
ただ下宿の錠前は
左手でしか開けられませんから
中に入つてくる心配もないのです

とはゐえ毎夜毎晩
がちや、がちや、と眠れやしません
だから先生
カルモチンを出して貰へませんか

そうしないと
私も薬屋の婆さんよろしく
私もカフヱの女給よろしく
私も先生のやうに

首を吊らねばなりません。


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