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藤堂巡理は迷わない-メグリのイノハナ手記

※こちらは、サバイバル風ブラウザゲーム*フタハナ*に関する記事です。
 内容はすべてフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※この記事には暴力的または猟奇的な記述・表現が含まれています。

2021.9.17開催の第二回イノハナ参加PC、
No.192 藤堂 巡理(とうどう めぐり)の手記です。
本当はプロフィールページに載せたかったけど間に合わなかったんだ。

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堂々巡りの理論理屈。いつも答えは出ないまま。
願ったものは『即断即決』。迷わず決められる勇気を持ちたい。

気付いたときには変な島に来ていた。
デスゲームがどうこうとか、何の冗談だ。
まさかホントに死んだりやしないとは思うけど、もしもがあった時に何も残せないのもなんなので、手記をつけることにした。

藤堂巡理は帰りたい

ここに来た日。夜だった。
同僚の百目鬼くんと出会った。ついでにコスプレ趣味がバレた。
話してる内に寝てしまった。森で寝られた私、我ながら神経太い。
まあ寝込み襲われるようなこともないだろうし。
百目鬼くんと行動することにした。
知った顔だし、情報を集めるのが上手だし、何気に色んな人と会話してて頼れそう。
行った場所・話した人メモ
コナタの湯:疲れも汚れも流せて助かった。いろいろお話もできたしまた行きたいな。
16:緒志舞さん。変な名前同士強く生きようね。
273:可愛いのプロ。チタタプ?リスのつみれ鍋を教えてくれた。
電車:車内で休ませてもらった。
百目鬼くんから自分がバディでいいのかと確認された。
もしかしたらハグとか必要になるかもらしい。
私としては誰とするのも恥ずかしいし、別に常にしろってものじゃないし、普段行動するぶんには百目鬼くんがいいと思ったからバディは続行となった。
それはいい。それはいいんです。

ねえ絶対童貞だと思ってた!女の子慣れとかしてないと思ってた!いったい世の中どうなってんの!
百目鬼郎汰。営業所属だけど、明るくてハキハキして…みたいな感じは全然ない。あとその髪は何なの。
人事の采配を疑ってたけど、あの見た目でいて実は人心掌握スキルとか持ってるのかもしれない。
あの髪型も陰キャと見せかけてバンドマン系なのかもしれない。うわー私バカだなーお互いスキンシップから慣れようとか気遣って握手してみたけど百目鬼くんからしたらなんてことないよねーむしろ私のほうがドキッとしちゃったよねー何あの華奢な手羨ましいんだけどやっぱり楽器とかやってたのかな―その手でいやちょっと何を想像しようとしたのやめようやめようでもどうしよう明日から百目鬼くんの手を何の感情もなしに見られますかメグリ?大丈夫落ち着いてメグリ。あれは手よ。手首によって腕に接続されていて掌から五本の指が伸びているのよ。それ以上でも以下でもないわ。よし寝よう。

DAY0:藤堂巡理は帰れない

平和には生きられなくなってしまった。
川の水で何度顔を洗っても目が覚めない。耳に水を入れても狼の声がする。

昨日のお風呂でずっと過ごせたらよかったのに。電車の中でずっと隠れ続けられたらよかったのに。
何がいけなかったの?普段なら絶対食べない可愛いリスの肉を食べて、お肉になっちゃえばみんな一緒かもしれないなんて言ったのがいけなかったの?
いつもならランチのメニューですら迷って決められない私が、人間空腹には勝てないと迷わず浅ましいことをしたからなの?
でも人の肉なんて、食べたくないよ。
こんな異能で人と一緒になんていられない…と思ったら、同僚の百目鬼くんも人を食べなければ暴走する異能だったらしい。
どこかほっとしてしまった自分がいる。百目鬼くんがまともな異能だったら、私は自分の異能について話せなかったかもしれない。
しかし彼が正気でいられる時間は短い。

夜、私は自分を彼に食べさせた。
どんな顔で、どんな気持ちで私を殺して食べたのか、私は目を瞑っていたから知らない。
生き返らせてくれたとき、彼は目を腫らして泣いていた。もう私を殺さないと言った。
すごく辛そうだった。見なかったのは百目鬼くんのためみたいな言い方したけど、変わってしまう百目鬼くんを見たくなかっただけかもしれない。
私は彼の苦悩を知らない。気にしないでいいとはね除けてしまったかもしれない。

私は自分と彼を鼓舞しつつも、彼の痛みに寄り添えない。百目鬼くんとは別の場所で夜を過ごした。
一人、周囲の声も聞こえない場所でうずくまる。
聞こえるのは同胞の声のみ。
私は人間なんだろうか。

DAY1:藤堂巡理は分かりたい

人ならざる声が聞こえる。それを理解することができる。
だんだんお腹が空いてきて、己の中で浅ましいものが渦巻く。
今目の前にいる人を、襲おうか襲おうかと考えてしまう。

そして、人を殺した。
私達の潜む花畑をたまたま通りかかった子だった。
自分よりもずっと非力な子に爪を立て、牙で噛み千切り、血を啜った。
普段なら目を伏せたくなるような凄惨な光景なのに、食らいつく方を優先していた。
飢えが遠のいた。獣に近づいた。
我に返って、立ち尽くした。
私は、なんの罪もない人を殺した。

殺してしまった子から奪ったのは『記憶』だった。
きっとこの子の大切なものだ。私が持っていていいものじゃない。
返すために口づけをした。
人狼になってしまったけれど、心まで獣に落ちるつもりはない。
罵られても構わない。それだけのことをした。

けれど返ってきたのは、
「私は…あなたにどういう言葉をかければいいんだろうなぁ」
戸惑いの言葉だった。

「…私も、昨日初めて動物を殺したよ。生きるために。食べるために。
それと同じなんだよねぇ。困ったことに、その対象が人なだけで…」
そう言ってくれたけれど、それと同じとは言えないことなんだ。
一人ひとり誰かの大事な人で、大事な記憶を持っている。
それを忘れたら私は、ほんとうにただの獣だ。

彼女は、セイロンさんという名前だった。
慣れてはいけない。忘れてはいけない。
でも、昨日の百目鬼くんの気持ちが分かった気がして、これでもう俺たちは一蓮托生だと言ってくれて、それだけは少し嬉しかった。

百目鬼くんの昔の彼女の話を聞いた。
何でそんな話題を振ったんだろう。どういう子が好きか気になったのかもしれない。
「なし崩し的に付き合った」と聞いてどこかほっとした自分がいた。
その子のこと好きだった?という問いに、答えてもらってないままだ。
私は百目鬼くんをどう思っているんだろう。
人を手にかけて震える私を、死んでしまって生き返らせた私を、百目鬼くんはいつも優しく抱きしめてくれた。
でもそれは、共に戦い抜くための慰めと鼓舞じゃないの?吊り橋効果ではないの?
分からない。人を狩ってでも一緒に帰ろうと決意を固められても、自分のことには結論が出ない。
仲間の声が聞こえる。別れの言葉を残して、それきりだ。
彼方の空を見やる。明日は我が身だ。

DAY2:藤堂巡理は眠りたい

昨晩百目鬼くんの襲撃を手伝っていて、私は死んでしまった。
起こしてくれた百目鬼くんはくたびれていたように見えた。
彼を励ましつつも、私は少し弱気になっていた。
自分の命はあと2回。今晩失敗したら後がない。
その時きっと百目鬼くんは自らを差し出そうとするんだろう。
百目鬼くんはまだ死んでいない。もしそのときには死にかけの私を生かすより、私が糧となる方がいい。
百目鬼くんには元の世界へ戻って、好物のラーメンを食べてほしい。
先に遺書でも書いておこうか。
百目鬼くんから話を聞いた。
私が死んだ時、セイロンさんが誰かに私を起こすようお願いしていてくれたらしい。
私はセイロンさんの生きられる可能性を削っただけなのに…起こしたって、誰かのためになることなんてできないのに。
ぼろぼろ泣いた。この生命は貰った命だ。下を向いてはいられない。

セイロンさんのSNSを見た。
『メグリ[192] 大丈夫。あなたは人間。』
また泣いてしまった。
「ヴィーガンなんてステータス気取った道楽だと思ってたが、嫌になる気持ちは少し分かった」
百目鬼くんがヴィーガンの話をした。言いたいことは分かるけれど、しっくりこなかった。
私達が苦しんでいるのは、人としての倫理を持ったまま人食いの獣に変えられてしまったからだ。
人が食べる動物にも家族や感情がある、というのは人の想像でしかない。
リスは案外薄情かもしれないし、狼は共食いも許されるのかもしれない。
だけど人には思い出があり、大切な誰かがある。そのことを私達は明確に知っている。
それを侵してはいけないという絶対的な決め事をし、それを守るのが真っ当な人間とされている。
それを忘れてしまったら、私は本当に狼になってしまう。
今人を殺さないといけないことに理由を付けることはできるけど、納得して割り切れてはいけない。
二度目の襲撃をした。何かの騒ぎで人々が逃げ惑っている中で殺した。
もっとお腹が空くようになった。人に力を与えられるようになった。
百目鬼くんに、私はまだ人間の姿をしている?と問うと、人間だと答えてくれた。
その言葉で私は人間に戻れる。
襲撃相手はスーツ姿だった。ばりばりに引き裂いてしまったけど。
私と同じOLかと思ったら、小さな企業の社長さんだった。願いは『社員全員の安泰』
人の暮らしと未来を願う立派な願いだ。今の私には眩しい。とても持っていられるものではない。すぐに返した。
社長さんは恵令那さんという名前だった。
自分を殺した相手に、「今度は普通に語らいあえる仲としてお話ししましょう?」と言える器量の持ち主だ。
この人の守る会社は、きっといい場所なのだと思う。
お詫びにもならないが渡した食糧を、あなたのほうが大変だからと返してくれそうになった。
いいんです。私は人の肉を口にしないと生きられない。普通の肉で済む人は、そのほうがいい。
私を死なせたくないからと、百目鬼くんは一人で戦いに行ってしまう。優しさだと分かっていても、何も役に立てていない自分が悔しい。
狂ってしまう百目鬼くんの姿は見たくない。けれど、私は百目鬼くんの戦いを手伝えるほど強くはないから、無理をして戦って倒れてしまうのも見たくない。
そんな我儘しか言えない私に、構わないと言ってくれる。美人のわがままってのは受ける側もそんなに悪い気にはならない、なんて軽口を返す。
どこまでできた人なんだ。私は彼の優しさに救われながらも肩身が狭くなる。

とうとう百目鬼くんが殺されてしまった。相手は暴走してしまった人で、誰も襲いたくなくて僻地に来ていた。悲しい事故だ。
百目鬼くんは暴走を恐れて蘇生を頼まなかった。私が死んだときにはいつだって起こしてくれたのに、私は百目鬼くんを救えない。
狂った百目鬼くんをうまく使えば私の狩りの役に立つかもしれないと言われてむっとした。百目鬼くんは、戦うための兵器じゃない。

百目鬼くんがよりかかる。膝に頭を預けてくれる。
その体に力はなくて、少しずつ冷えていく。
花畑で眠る。二人寄り添って過ごす、心穏やかな時間だった。
この時間がずっと続けばよかった。

DAY3:藤堂巡理は諦めない

血の匂いが取れなかった私は、暴走する狼…数原さんに嗅ぎつけられ殺された。
因果応報としか言いようがない。でも私にはもう後がない。
百目鬼くんと帰りたかったけど、もうここで楽になりたい気持ちになった。
この花畑で、二人共これ以上誰も襲わず静かに眠り続けたかった。

諦めたくない…けど、何でもないところで死ぬくらいなら、ここがいい。
百目鬼くんの隣が心地よくて。もっと早く、気付きたかったな。

花の香りの中で、セイロンさんの言葉が蘇る。
「死んでしまったら、この会話も、抱えてる想いも、奪ったものも繋いだものも、何もかも無くなってしまうから…。
メグリさん。私もちゃんと生きて、あなたのことを覚えておくよ。無事に帰れた人がいるって喜びたいから。
だから、生き延びてね」

いや、ここで死ねない。私は生きて、全部持っていかなければ。
百目鬼くんは百目鬼くんで、いつまでも眠るつもりはなかった。
それなら私も起きなくちゃ。花畑に一人は、落ち着くけど嫌だよ。
…………本当は、私が百目鬼くんを起こしてあげたかった。
私を生き返らせてくれたのは、小夜啼さんという看護師だった。セイロンさんが根回ししてくれたのはこの人だ。
相手がたとえ獣だろうと、まだ立ち上がれる…花の残っている人であれば、必ず救うという志らしい。
どうしてそこまで、人のために頑張れるんだろう。私は自分のことで手一杯なのに。
「なるほど。物静かに見えて、彼は仲間想いなんですね。」
私は嬉しくて頷いた。そうだよ、百目鬼くんは優しいんだ。
私は再び立ち上がる。
もう後はない。
きっと7日間は乗り切れない。それでもやるだけやるんだ。
ここまで生き延びさせてくれた全てを忘れず、持っていくために。
立ち直ったけれど死の恐怖が間近なことには変わりない。
ひとつ、テンさんにメッセージを送った。
テンさんは始めに降り立った森、そこにあった電車にいた人だ。
百目鬼くんと気が合ったのか、ラーメン食べたいといった話をしていた。
そして、先日鬼の衝動を抑えられない百目鬼くんに自らの体を食わせてくれたらしい。
私が死んでしまったとしても、私以外との帰る約束があれば百目鬼くんは頑張れるだろう。
後のことを任せるつもりで、テンさんにテキストメッセージを送った。

『百目鬼くんを助けてくれてありがとう。元の世界に帰れたときには、一緒にラーメン食べてあげてください。
テンさんもどうかお気をつけて、生き延びてください』

ぽつぽつとした拙いメッセージが返ってきた。口下手だけど、なんだかあったかい。
この人がいるなら、百目鬼くんも大丈夫だ。
小夜啼さんが、なるべく花の多い相手を狙ってほしいと言ってたらしい。
今まで意識はしていたけれど、リストを見るともう結構な人が花を減らしている。
後がない人の辛さは、私もよく知っているつもりだ。だけど後がない私は、窮すれば相手を選ぶことができないかもしれない。
恵令那さんの戦闘記録を見た。強力な異能を持っていた。
奇襲できたのは運が良かっただけだ。こんな襲い方をし続ければ、遅かれ早かれ返り討ちにあってしまう。
本当は、同意を得て殺すのが一番いい。それができないなら死を甘んじて受け入れるべきだ。
そうして散った同胞だっていた。
私はそれでも、人を食らって生きていくのか。
私一人で、廃墟を進む。
初めて来た。連日騒ぎが起きていてとても怖いところだと思っていた。
今日はコンサートをしていて、皆楽しそうに声を上げたり手を叩いたりしていた。その後もずっと和やかな時間が続いていた。
昨日までとまったく別の場所に来た気分だった。
私はここへ何をしに来た?…役に立ちそうな道具と、殺す相手を探しに来た。
物をあさり、通りかかる人を値踏みするように見ていた。
こちらに害をなす人間がいないかと怯えながら観察していた。
自分がひどく非文化的に感じた。私は人里へ降りてきた狼だ。害獣だ。
餓狼の視界は広い。ここは人が多くて目眩がする。
以前から話に聞いていた拠点へ向かった。同胞が作ってくれたものだ。
創設者の拠点狼さん…バッタさんは既にいない。奇襲を良しとせず、最後は飢えて死んだらしい。
彼は皆から愛されていて。今でも拠点を支えるため、語らうために人が出入りしている。他の同胞や人間が門番をしている。

私が入った時に、廃墟で見かけた子が先客にいた。
明るく挨拶をし、拠点に物を提供していた。
メグリさんにも会えてよかったと、笑ってくれた。
テララニャ。可愛い名前だね。私も会えてよかった。

私は廃墟でその子を狙っていた。
飢えに余裕があるからやめたけど、次に見かけたら殺そうと思っていた。

背筋がゾッとした。

人の多いところへ降り、人と言葉を交わし続ければ、私は狩る相手をなくしていくだろう。
花畑にこもり続け、腹が減ったときだけ人を探しに行ったほうが、どれほど気楽だろう。
私はもう、人間じゃないかもしれない。
百目鬼くんは誰も来ない花畑で眠っている。
私は拠点で…眠れなくて、すぐそばのとても小さなクリスマスローズの花畑に身を潜めた。
こうして百目鬼くんが人のいないところで潜んでいて、私が探索を続けられれば、なんとかなる気がしてきた。
…少し、寂しいけれど。これでいいんだ。
イソトマの花畑が恋しい。
私達は人間として、あそこに戻れるんだろうか。

DAY4:藤堂巡理は考える

目が覚める。飢える感覚は眠る前と変わらないようになった。
これなら、殺す人数が少し少なくて済む。
今日の夕方までに一人。明日の夜までに一人。明後日の夜までに一人。最終日は、うまくいけば仲間を増やす力で凌げるかもしれない。
折角同胞たちが集積した情報を同胞以外にも流した狼がいた。私はそれを内心よく思っていなかった。自身の情報は生きるための武器であり防具だというのに。
全体通信に耳を傾けていたら、クアマさんという人が襲わせてくれる人を募っていた。名乗り出る人もいた。1名を除いて、彼はそうして合意の上で人を殺していたらしい。
私は普段通信を聞かないけど、クアマさんは多くの人と交流している印象がある。
人間の中で生き、正直に情報を話して、折り合いをつけて生き永らえている。
あの人は、人里で暮らす人間だ。
※補記:当時シノさんとクアマさんを混同している
小夜啼さんから、私が誰かを殺害をしていれば起こすので教えてほしいと言われた。
私は蘇生を自分でするつもりでいたし、そうしてきた。願いも返したいし。
それを伝えたら驚かれた。
「起こした相手に殺される可能性もあるのに、よく起こしにいくものですね……」
……考えもしなかった。でもありえなくもないことだ。
参加者には全員ナイフが配られているのを思い出した。他にも自害や他殺のためのものと思われる道具はあった。
あれを使えば、バディを殺せる。
もし一服盛られたら。刺されたら。恨み悲しい気持ちはもつけれど、因果応報だ。
私はこれからも、殺した相手に声をかける。
同胞の声で知ったことがある。
『真狼』という存在のこと。飢えて死んだ狼が奇跡の力により復活すると進化するらしい。もう飢えを感じない、人を襲わずに済む狼になれるらしい。
小夜啼さんに奇跡の話を尋ねた。人を蘇生させる奇跡の異能はわからないが、命を投げ捨て願う奇跡には力が宿るらしい。
人の犠牲の上に成り立つ奇跡なら、その力は使えない。
私が真狼になれればよかったけど、既に人を殺めた私に奇跡の恩恵を受ける資格はない。
百目鬼くんに真狼の話はしないことにした。
※補記:『真狼』と『軌跡で蘇ってもう空腹を感じない狼』を混同している
私を殺した狼…数原さんと連絡が取れた。
恨む気持ちがないわけではないけど、あれは事故だし仕方ない。
狼の苦しみは私が知っている。暴走の辛さは百目鬼くんを通して知っている。
せめて私の願いを返してくれと頼んだら、快諾してくれた。

バディを組む時、一瞬手が震えた。朝、小夜啼さんからあんなことを言われたから。
私のバックパックの中には、廃墟で拾った黒い毒薬が入っている。数原さんはまだナイフを持ってるかもしれない。

…『即断即決』が返された。挨拶をして別れた。
薬を使おうなんて気は全く無かったけど。
一瞬でも人を疑い、人の道から外れる行為を想像してしまった自分を恥じた。

「同じ狼には優しくしませんとね!」
狼達は、皆優しい。どうしてこんな悲しい力を与えられてしまったんだろう。あまりに酷い。
カレンダーと時計を見て、己の中の脈動を感じて、何度も確認する。
今日一人。明日一人。明後日は一人。
最終日は仲間を増やす力で凌ぎ切る。
…私は一体、何を考えているんだろう。

計算が合っているか自信がなくて、同胞に呼びかける。もう慣れたものだ。私の耳は全体通信ではなく常に遠吠えを聞いている。
恐らく私の体にはもう変化はない。だから計算は合っている。
仲間を増やすという力は、デメリットを告げず不特定多数に触れ込めば、いくらでも刻限を延ばすことだってできただろうと思う。ここの皆はたぶん、誰もそれをしていない。獣になれど性根まで腐った奴は、一人もいない。

どうするのが正しいのか分からなくなったと、流れで弱音を吐いてしまった。皆優しく答えてくれた。ウチら狼なんだから難しいこと考えずに狩ればいいと言ってくれたり。考え続けることができるならあなたはまだ人だと言ってくれたり。
狼の苦しみは共通で、でも考え方はそれぞれだ。どれが正しいというのは決められるものじゃない。
だから私は、考えることを止めない。
白い薬の話も聞いた。自分の異能を消せるらしい。
同胞…シノさんは、もしどうしても欲しい人が居るなら考えると言ってくれた。喉から手が出るほど欲しいけど断った。もっと必要としている人はたくさんいる。
もし自分で手に入ったら、百目鬼くんに使いたい。どこにもいけず誰かを襲い続ける彼を助けたい。
…考え事をしていたら、その間に百目鬼くんが死んでしまっていた。
暴走範囲に二人組が通りがかったらしい。
履歴を見て顔を覆った。昨日拠点で会った、テララニャちゃんとお連れさんだ。
昨日廃墟で殺しておけばこんな事にはならなかったかもしれない!!…そうじゃない!!そうじゃない!!!
そんな事を考えた自分が嫌になる。
運命の悪戯だというなら、なんて趣味が悪いんだ。

迷惑かけてばかりだ、と嘆く百目鬼くん。
「どうせなら誰かさっさと食い殺せるほど強けりゃ良かったんだけど」と自嘲する。人を殺せる強さなんて、本当はいらないんだよ。
なんとかしなければ。私の時間も無限じゃない。白い薬も、見つけたい。
拠点を出て、探索に向かう。
…踏み出したら、緑の花を見つけた。この絶望的な状況で咲いた、希望の花だ。

黙々と探索をする。森は慣れた空気で、砂漠や毒沼や雪山はぜんぜん人がいなくて心が落ち着いた。たくさんの話し声が聞こえる廃墟は私には辛かった。
百目鬼くんから貰った道具で歩けばたくさん進めた。赤い花も見つけた。これで最終的にブーケを作ってもいいし、最後の日まで乗り切るための交渉材料にもできる。
あの日、花畑ですべてを諦めて眠らなくてよかった。立ち上がって歩き続ければ、何かを起こせた。
それでも私の体は飢えていく。人を喰らうことは止められない。
3人目を殺した。探索中に見かけた男性だ。
…血肉の味がしなかった。甘い優しいクッキーの香り。牙を立てればさくさくとくだけていく。自分が何をしているのか忘れそうになった。
その体はお菓子でできていた。

謝って、奪った願いと花を返したいと連絡を入れた。
「いや、人狼なんだろ?仕方ねぇだろ、俺はな人狼には甘いんだ、こうなるもんで、あんたも生きたい、それだけだろ?気にするな・・・」
その人は、人狼の知り合いがいたみたいだった。

臣人さんの願いは『愉しい時間』
手にした時に思い出したのは何でも無い、家でのティータイム。
ティーバッグの紅茶、貰ったクッキー。テレビ見ながらちょっとずつ食べるんだ。
そんな日常が頭をよぎって、胸がギュッと締め付けられた。
全体通信で、聞きたくないものを聞いてしまった。
白い注射器の使用実験は成功して、暴走していた人は全ての力を失ったらしい。とても喜ばしいことだ、誰も傷つけなくていいならそれが一番いい。百目鬼くんにも使えたらいい。
…直後に数原さんが、暴走異能をなくした人を襲ったらしい。
どうして、なんで、必要のない襲撃をしたの。あなたは優しい狼じゃなかったの。暴走で不用意に人を傷つけないために、草を噛み、石をかじり、耐えながら僻地に潜んでいたんじゃなかったの。

朝『即断即決』を返してもらった時に、毒薬を飲ませておけばよかったんだろうか。
…そうじゃない!そうじゃないだろう!!

襲った理由が知りたくてずっと全体通信に耳を傾けていた。でも通信はゴタゴタしていて非常にわかりにくい。トイレの話なんてどうでもいいんだよ。
辛うじて聞こえたのはシノさんの「もう襲わないか」という問いかけと「もう襲いません」という言葉だった。それだけでも少しほっとした。
それは悪人が反省したから、ではない。私は断罪をしたいわけじゃない。うまく言い表せないけど。
廃墟の探索を続ける。この喧騒にも多少は慣れてきた。
人が多くて、ここしばらくは平和な光景が繰り広げられている。百目鬼くんは、人を襲わないために島の端っこでじっとしているというのに。
時折参加者のリストを眺めることがある。花の痣の数を見ては、まだ6つある人は少し命を分けてくれないだろうかなどと考えて、そんな都合のいい話はないと溜息をつくのだった。

…ふとカリフォルさんが頭をよぎる。
カリフォルさんは先日、廃墟を歩いている時に取引を持ちかけた相手だ。
なんでも体が機械化してしまったらしく、廃墟に落ちている精密部品を食べないと腹が満たされないらしい。
探索の間に溜まったそれを、肉と交換してもらった。
本当は人肉がいいのだけど、取引でそんな要求飲んでくれる人はそうそういないだろうななんて思っていた。

…今日、精密部品を手にしながら、改めて話をした。
「人肉が不足しているのであれば、 僕でよろしければ、喜んで差し上げます。
 困った際はお互い様です。部品の方は気にする必要はありません。」
あまりにもあっさりと。聞き間違いかと思ったぐらいだ。
躊躇いもなく、まだ二度しか話していない相手のために身を捧げてくれる。
信じられないがありがたいし、今はそれに縋りたい状況にある。私達は人からの優しさに生かされ続けている。
同僚がそれを必要とした時にまた話をさせてほしいと伝えて別れた。
同胞の拠点を守ってくれている狼…語尾にゃんさんが、今晩門番を交代してほしいという。食いつないで眠り、飢えの刻限を延ばすためだ。
私は立候補した。あの拠点には何度もお世話になったから、できることがあればもちろんやりたい。
ずっと守り続けている千鶴子さんにやっと挨拶できた。はじめましてでないはじめましてはちょっとおかしな感覚だ。
遠吠えで聞いていた可愛らしい印象と相違ないおばあさまだった。
門番を交代し、夜通し警戒をする。狼や人が守ってきたものを引き継げたような気がして、誇らしい気持ちになった。
…意識が飛んでるけど寝てない。寝てないとも。

DAY5:藤堂巡理は共にいたい

百目鬼くんに成果を報告していた。
花が見つかったこと、カリフォルさんを頼れそうなこと。
百目鬼くんは驚いて、褒めてくれた。
「総務なのに外回りも営業も出来るなんて。本当に仕事出来る人は、環境を選ばないって話は結構ホントだな」
でも私の取引はカリフォルさんがはじめてだ。百目鬼くんのほうがたぶんずっと取引をしている。
百目鬼くんは百目鬼くんでテンさんと話をしたらしい。なんでも花を提供してくれるかもしれないとのこと。
なんだか希望が湧いてきた。やっぱりあの時花畑で眠り続けなくてよかった。
カリフォルさんに協力してもらえば、百目鬼くんはやっと動ける。
花の提供を受けられるなら、私の手持ちと合わせて百目鬼くんは帰れる。

加えて、同胞から朗報があった。
寝られるようになってから即寝ることで最大限飢えを遅らせれば、もう人を殺さなくても済むかもしれない。
それは花集めなど全てのことを放棄して終了時間まで眠り続けるということだ。でも、誰かを傷つけずに済むならそれでいい。

百目鬼くんはブーケで帰る。
私は百目鬼くんに血を分け与えて刻限を延ばして、あとは眠り続ける。
これでいい。一緒に帰れるのが一番だけど、二人とも確実に生きる方法があるならそれがいい。

それを言ったら、百目鬼くんは押し黙って。

「…いや。メグリさんの脱出を確認できないと無理だ。
生きた心地がしない」
「それにな、我儘を言うが」
「俺はここで死体になったまま誰かに全部面倒見てもらいたくはない。
色んな人に迷惑をかけた……襲撃したり、殺したり、殺させてしまったり。
俺達のような異能を持たされた連中はさっさと帰るのが一番の恩返しだと言われたら、返す言葉は無い」

「だけどな」
「俺はまだ、何もしてないんだよ……」

最後の言葉に、胸をぎゅっと掴まれた。
私達は初めて会った誰かからずっと優しさを貰い続けてる。
命のやりとりすらしてるのに、苦しい時はお互い様だって、無事生きて帰ろうねって笑顔で返せるような人たちばっかりだ。
その場でお返しできることはやってるつもりだけど、とても足りない。
私には、百目鬼くんの気持ちが痛いほど分かるんだ。
百目鬼くんは、こういうことを言える人だから、良いんだ。

百目鬼くんを起こすと決めた。
そして狂気から解放し、私の血を受け取ってもらって。一緒に帰ろう。

全て終わったらゆっくり話をしたい。離れている間何があったか。
そもそも私達、お互いのことをまだ知らない。私はもっと百目鬼くんのことを知りたいよ。

最南の花畑。
眠り続ける百目鬼くんに口付けをした。
殺伐としたこのデスゲームで、妙にロマンティックな奇跡を仕込んでくれるなと思う。
続けて唇に噛みつき、人狼の血を注ぎ込む。

百目鬼くんは人狼になった。
私の遠吠えが聞こえるようになった。彼は嬉しいと言ってくれた。私も嬉しい。
「鬼とか、他の苦しい異能者も。こういうのできれば良かったのにな」
…百目鬼くんは、鬼としてはひとりぼっちだったのかもしれない。その苦しみを、もっと私の方で背負えればよかったのに。

早速ひとつ、ふたつ吠えてみてくれた。鬼って語尾は安直…らしさあるよ百目鬼くん。
久しぶりに二人で、イソトマの花畑で寝られそうだ。
…と思った夜中。カリフォルさんから連絡が入る。
百目鬼くんにカリフォルさんを襲わせてもらう作戦を、決行した。
百目鬼くんはこれで、狂気から解放される…はずだった。

彼の頭の中の声は消えなかった。そんな馬鹿な。
鬼は一度狂気に目覚めたらもう人には戻れないというのか。
カリフォルさんの命を奪ってしまったというのに、何も成せないというのか。

今夜は安全のために、結局私は彼と別れて森の中で眠る。
どうしたらいいんだ。どうしてなんだ。なんで百目鬼くんが苦しみ続けなきゃならないんだ。
クリスマスローズの花をめちゃくちゃに掘り起こして眠りについた。

DAY6:藤堂巡理は人となる

やはり白い注射器を探して手に入れるしかない。そのためには寝てばかりではいられない。だから飢えの刻限をもう少し延ばさなければならない。
私は焦っていた。

狼の仲間を増やせば半日は飢えが遠ざかる。
このデスゲームとやらも佳境なので、増やした仲間はゲーム終了まで誰も殺さずとも過ごせる。
だからといって軽率に、誰でも仲間にしたいわけじゃなかった。
臣人さんに声をかけたのは、彼に人狼の友がいたからだ。
血を得ればかつての遠吠えも聴くことができる。その中に彼の友人の声もあればいいと思ったからだ。
ただ、この目論見はうまくいかなかった。臣人さんは既に吸血鬼の眷属になっていた。
吸血鬼と人狼の力は同居しないらしいと聞いていた。
吸血鬼はいいよね。命を奪うことはないから気軽に仲間を増やせて。全体通信で堂々と仲間を募っていることすらあって、生きている世界が違うと感じた。

臣人さんは吸血を要していた。血を吸うだけなら…死なないよね?死ぬこと以外なら喜んで協力したいんだけど。
自分には後がないから、みっともなく慌ててしまった。皆快く誰かに協力できる人たちだというのに、私は私が情けなくてしかたない。
私は散々ばたばたした後、無事に血を渡せた。臣人さんははじめの印象と少し違って、結構イケイケのノリの人だと分かった。
あとよくよく確認したら歳下じゃないか。やるなぁ近頃の大学生は…。
ともあれ、少しでも力になれたらよかったと思う。でもエロいことでは頼りにしないでください。もっと経験豊かなお姉様を頼ってください!
全体通信でまともに発言したのは初めてかもしれない。
先刻の、吸血鬼は人狼に出来るかどうかということを確認したかったのだ。
声が震えた。この雑多な喧騒の中ではかき消されてしまうかもしれない。
それならそれで仕方ないと諦める。私には狼の遠吠えのほうが合うということだ。

緒志舞さんが返事をしてくれた。コナタの湯以来だけど覚えててくれた。名前不憫枠強く生きような同盟、励ましてくれた。困ったら連絡してねと言ってくれた。
ウナクロさんという人も話を聞いてくれていた。丁寧に答えようとしてくれた。
恵令那さんが、白の注射器の話を持ってきてくれた。
真柊さんという人が、人狼にして欲しいと名乗り出てくれた。

私は混乱した。私はあたふたしながら声を発した。ちゃんと人の声をしていただろうか。
こんな温かさを、私は受け取っても良いんだろうか。
恵令那さん。私が二番目に殺してしまった人。
《NoR》というグループに所属していて、そこではなんと白の注射器を複製しているという。
簡単に量産できるわけではないその貴重な一本を、私に渡したいと言ってくれる。
信じられない奇跡だった。
…辞退すべきだと思ったけど、遠慮はできなかった。
他にも必要としている人はいるかもしれないけれど、私は誰よりも百目鬼くんに使ってほしい。
私はただ襲いかかっただけなのに。その優しさにも器の大きさにも縁にも助けられてしまった。私の命も、同僚の思いも。
感謝してもしきれない。

「そうやって安堵したメグリさんのかわいい顔を見れたもの。それだけで⦅NoR⦆にいてよかったって思うわ」
そう言った彼女の笑顔こそ、美しかった。
百目鬼くんに注射を持っていく。
これで。これで。やっと百目鬼くんは解放されるんだ。
走る足元に橙色の花が揺れた。祝福の花だ。摘んで胸に挿して、また走った。

注射を打つ。

「ラーメン………」
「食いたい…………普通、の」

ただの人間のやや非力な細い腕で、私の腕を握って言った、最初の言葉だった。狂鬼はもうそこにはない。もう誰を襲うことも、狂気に苛まれることもないんだ。
目頭がじんと熱くなった。涙で視界が歪んだ。

「…………誰も彼もが恩人だ」
「俺も今から動く。役に立てるかは分からんが、使えそうなものを片っ端から集める」

受けた優しさを返すために。笑って一緒に帰るために。
今度こそ、一緒に歩きだそう。やれることをやろう。

百目鬼くんは早速駆け出していった。力が有り余っていると言わんばかりに。
人を殺せる力なんて必要ない。私達に必要なのは、ただの人間の力だ。
狼の力もなくなってしまったのは、ちょっとだけ惜しいけどね。
行く直前に頭を撫でられた。嬉しい。
私は真柊さんのもとへ向かった。
ガウさん…シノさんの友人だった真柊さんを人狼の仲間に迎えるのは私としても是非、といったところだった。
周囲の人から慕われていたという、真柊さんとは気の置けない仲だったというシノさん。
遠吠えで聞いたガウさんと像が重なる。
とても親切だった、「非力な一般人でいたかった」と呟いた彼の声を、真柊さんにも知ってほしい。

炎の異能持ちの彼の腕は、狼の私にとって少し怖かった。体温調節してくれたとはいえど炎がちらついていた。
人より温かい腕に噛み付いて、人狼の血を受け渡す。

真柊さんはピアノを弾く人だ。森で演奏をしていたらしい。
全て終わったら聴きに来ると伝えたが、もう恐らく長居しないと言っていた。
…帰る算段がついたのもあって最後に助けてくれたのかもしれない。
一番はじめ「力がほしいから協力して欲しい」と言ったのは、こちらを気遣ってのことだと気付いた。
優しい言葉を持つ彼の音色は、きっと多くの人の心を癒やしたことだろう。
ここで聴くことは叶わなかったけど、生きて帰ればきっとどこかで聴けるよね。
あと、真柊さんを人狼にしてしまったこと、一緒にシノさんに謝りにいかないとね。

後で試しに吠えてみてくれた。語尾ふぐは可愛いな。ふぐ、好きなのかな。
落ち着いたところで、恵令那さんと《NoR》代表ギルバートさんに連絡を入れた。
感謝の言葉を。そして何か協力できることがあればと名前を伝えた。
私だって何かの役に立てるはずだ。
探索中ふいに届いたメッセージ。姿は知らないけれど優しい人だと知っているその名前はバッタさん。
狼たちの拠点を立ててくれた人であり、妙ちきりんな語尾でいて狼たちの遠吠えをまとめてくれた狼であり、そしてだれも傷つけないまま逝ってしまった。
その後にやっと拠点を訪れて、物資を運び、門番をしていた私の姿を、彼はどこかから見ていてくれたんだ。
ありがとう。あなたが作った大切な場所を、守ることができたよ。見ていてください。最後まで生きて、笑顔で帰ります。完
『夜から何かが起こる』という不穏な知らせを受けていた私達は、探索を早々に切り上げて花畑に集合した。
帰りがけに黄色い花を見つけた。私分のブーケはこれで作れる。百目鬼くんのぶんを探さなければ。

…全体通信から聞こえるのは争う声。戦いの音。誰かが倒れた。悲鳴が上がる。中央の廃墟あたりで、強い吸血鬼が無差別に人を襲っているようだ。

「今まで気楽に過ごせてた連中が暇を持て余してんだろ……こっちは延々延々クソみてえな幻聴聞かされながら誰も襲いたくねえってじっと縮こまってたのによ………馬鹿が……………」

百目鬼くんの、今まで聞いたことないような低い声を聞いた。
中央で何があったか私達は知りようがない。外野の私達には、ただ意味のない殺戮が繰り広げられているようにしか見えなかった。
私だって、毎日毎日死の刻限に追われながら人を襲って、その度に潰れそうになってたのに。こんな気楽に人襲うわけ?気分が悪い。

頼まれたので、狼ではなくなった百目鬼くんの代打で吠えておいた。
『やっぱ吸血鬼連中は気楽そうでいいっすね鬼』
ちょっとスカッとした。
百目鬼くんが以前やり取りをしたという異能者…ケイコさんと連絡がついた。
異能は鏡世界へ行き来する力。信じられないがこの島には反転した別世界があるらしい。
廃墟で拾ったウォールミラーの中に吸い込まれた。ついさっきまでと同じイソトマの花畑に立っているのに、右は左で左は右。
全体通信に切り替えても騒がしい声は入らず、聞こえる声は鏡の世界の住人のみ。
彼女らは優しく私達を迎えてくれた。穏やかそうな人たちばかりだった。
俗世と関わりを絶った妖精郷を訪れたような気分だ。ここ数日の焦燥感を忘れられそうだった。
記念の遠吠えをひとつ。「ここは私達の花畑だ」…この声は誰にも届かない。

「ちょっとウキウキしないか?こういうの」
百目鬼くんとバディを組み直す。ここなら襲撃の心配はなく、安心して歩ける。
さあ行こうか。有用なものを拾えれば恩返しが叶う。黄色い花を見つけられれば、私達は帰れる。
……歩く。歩く。人間の足で歩き続ける。
疲れた。お腹が空いた。物を探しては拾って口に入れる。肉切れ。魚。お菓子。加工品。食べても食べても足りない。すぐにまたお腹が減ってうずくまる。肉以外の色々な味に舌がびっくりして胃が気持ち悪くなる。
狼として人を狩り花畑に潜んでいた時には、人肉で一日以上はもつほど腹が満たされた。少々自由に走り回っても体力が尽きることはなかった。
だから気づかなかった。
人間は物を食べないと動けないし、そんなにたくさん食べれるわけじゃない。歩きまわればすぐに消費してしまう。
私はもう人肉を口にしていない。仲間を増やして獣としての飢えは遠ざかったが、今度は人としての空腹に悩まされるようになった。

二人しかいない夜の砂漠を歩く。だだっ広い上に、反転しているお陰でどこを歩いたか分からなくなる。
本当に静かで、狼達の遠吠えが聞こえないのが寂しい。
いつまで歩いても探しものは見つからない。

やっと人間に戻れた気がしたのに、とても無力で。
お世話になった人に何か返したいと思っていたのに、「何か協力できることがあればさせてください」などと胸を張ったのに、
このままでは何もできそうになくて、自分の存在の小ささを噛みしめる。
また誰かを襲えば腹は満たされる。…もちろんそんなことはするはずもない。
体力を削って、成し遂げたいことのために歩き続けているのは、きっと誰も彼も同じだ。

DAY7:藤堂巡理は忘れない

手元の緑の花をひとつ、恵令那さんに渡すことにした。もう珍しいものでもないけど、今やれることはこれくらいだ。
恵令那さんは手が離せないようだった。それだけではなくあまり元気がなさそうだったから心配だけど、話をして少しでも気が晴れたならよかった。

ギルバートさんに連絡をする。団体の代表だ、忙しいだろうにすぐ返信をくれた。この人はこうしてあちこち連絡をとって駆け回っているんだろうか。
花を渡す。
「他にも何か、役に立てることがあれば相談したまえ。できる限りは力になろう」
即座にそう言える、貫禄と懐の深さを感じた。
必要なのはあと一輪。だけど流石にこれ以上は甘えられない。
通信をしたがてら端末で情報を見ていた。
セイロンさんが、死んでいた。
ここで知り合った人達には誰も死んでほしくない。
だけどとりわけセイロンさんは、あなたは絶対に生きてなくちゃいけないんだ。
あなたは私になんて言葉を残したんだ。それがあったから私は命に後がなくなっても生きることを諦めなかったんだよ。忘れたとは言わせない。

百目鬼くんに荷物を預ける。彼と自分にイソトマの花を挿す。たとえしくじってどこかで死んでも、私達の花畑はここにある。
ケイコさんに頼んで鏡の世界を出た。
私は何も成せなかったとしても、これだけはやらないといけない。
セイロンさんを起こしに行く。何度だって。

端末で呼びかける。何度も名前を繰り返す。
呼びかけても呼びかけても応答はない。映像に切り替えれば、そこには花畑が映っていた。
この島にはときどき、人を癒やす不思議な花畑がある。それを彷彿とさせる、美しい光景。
百目鬼くんは言った。
「本当に死んだら……花に、なるのかね」

『死んでしまったら、この会話も、抱えてる想いも、奪ったものも繋いだものも、何もかも無くなってしまうから…。
メグリさん。私もちゃんと生きて、あなたのことを覚えておくよ。無事に帰れた人がいるって喜びたいから。
だから、生き延びてね』


セイロンさん。
あなたがいたという記憶も、交わした言葉も、生かしてもらったこの命も、全部忘れないよ。持って帰るよ。
[メモは濡れて乾いたような跡があり、しわくちゃになっている]

「………覚えていよう。嫌なことや、キツいことばかりだったが」
「皆のことを…覚えていなきゃな」
百目鬼くんは察して、私を静かに見守ってくれた。
最後の日の夜は不穏な事件が起こることもなく更けていった。
廃墟の中央では、炎の異能者達により火が灯されていた。
闇を照らし夜空を焦がす炎。失くした命に弔いを捧げ、生き残った喜びを分かち合う。
とても綺麗だった。緒志舞さんたち、素敵なおしまいを見せてくれたね。ありがとう。
限界機甲営業カリフォル。どうしてああなった。

藤堂巡理は迷わない

悪夢のような7日間は終わった。
結局私は人の優しさに助けられっぱなしで、何かを返せたという実感はない。
受けた恩も交わした言葉も持って帰るために、せめて去ってしまう前に、声をかけれるだけかけてまわった。
百目鬼くんとは、この花畑でまた集合だ。
花畑のそばで、楽しそうに追いかけっこをする数原さんと女の子が見えた。
「バディのためにも、もう暴れるのは極力控えるでヤンスよ~。結婚して丸くなる人ってこういう感じでヤンスか…」
白い注射器を使った人を襲った後、バディとともに隠れ住んでいた数原さんの可愛い言葉を思い出した。あの子がバディなんだろう。

私には、あの時襲った彼女の気持ちと理由は分からない。
自らが暴走で苦しむ中で「絶望しない」と呟いて耐えていた彼女。もうこの力を「自らの権利だと思っている」と言って、たとえ注射器が手に入っても消すつもりはなかった彼女。
彼女なりの思いと覚悟を持って生きている中で、全体通信での喜びの声は異質に聞こえたのかもしれない。全ては想像でしかないし、結果殺したことは褒められた話じゃない。
だけどそれはそれとして、この光景を素直に良かったと思えた。安堵した。
全てが終わった今、彼女を苦しめる狂気はもうない。人を傷つけてしまうからと恐れることはもうない。好きなところへ出かけ、人の輪の中に戻っていって欲しい。
臣人さんに最後の挨拶をする。
…散々からかわれた。あなたのその軽口のノリは吸血衝動のせいじゃなくて元からでしょう。
やれやれと思いつつも、この島で生きるためにたくさんの言葉を交わした中で、冗談みたいな気さくな会話をして笑っていたのはここだけだったかもしれない。
私は今回の出来事でちょっと仲良くなりたいなと思う人ができましたんで、私へのセクハラはそこそこにしてほしいんだけど。
彼にも良いお相手が見つかったらしい。自称ドラゴン娘だとか。そっちも頑張ってね、私も頑張るよ。
小夜啼さんに改めてお礼のメッセージを送る。最後の日様子が心配だったことなどと合わせて。
気の迷いとのことだったが、何だった…いや終わったことなのだから、もういいんだろう。
ここから戻られても無理はしないでくださいと伝えたら、少し笑って気をつけますよと返された。
…無理、しそうだな。全てを救いたいといった看護婦の願いはこの島の奇跡程度では叶わなくて、いつまでも追い求め続けるんだろう。
カリフォルさんにメッセージを…昨日の感想も含め。
百目鬼くんがカリフォルさんを殺してしまったことにより、まさか巨大ロボットに形態変化できるようになってしまうとは思わなかったよね。
巨大カリフォルさんは最後にこのデスゲーム運営を爆破…しているように見えた。
百目鬼くん、あなたはとんでもない営業(ロボ)を育成してしまったようだよ…。
恵令那さんと話をする。
彼女は元気そうだった。この苦しい戦いの中で、共に歩んでいける素敵な人を見つけられたみたいだ。
前に小企業の社長だと聞いていたので何の会社なのか気になって聞いてみた。

恵令那さんの会社はシステム開発をしていて、今は顧客がパンデミックの煽りを受けているようだが。
それを乗り越えて更に発展させようと息巻いていた。
元々は普通の企業から敬遠される…恐らく少しハンデのある人を助ける目的もあって起業したらしい。
『力は、いつでも苦しんでいる者や弱き者のために使われるべきだ』
注射器を譲ってくれたとき、恵令那さんはそう言った。
彼女の原動力はお父さんから受け継いだその価値観で、ここに来る前からずっと貫き続けているんだ。
会社では社会的に弱い人たちの活躍の場所を作り、島では異能で苦しむ者に手を差し伸べ。これからもそうしていくんだろう。
心の底から、かっこいい女性だと思う。人が彼女に惹かれる理由がわかる。私もその一人だ。

社員募集とかしてません?とダメ元で聞いてみてしまった。
…百目鬼くんと話をしていて、1週間無断欠勤した新人ふたりははたして職場に戻れるのかという不安が頭によぎっていたのだ。
恵令那さんは真剣に案を考えてくれた。
名刺を貰った。住所を教えてもらった。…本当にダメだったときには、恵令那社長にお世話になってしまっていいのでは。いやどれだけ好意に甘えるつもりなんだ。
どうであれ挨拶に行くつもりだ。ここから戻っても、普通に語らい合えたらいいなと思うから。恵令那さんの素敵な人の話も聞きたいし。
恵令那さんはコナタの湯で百目鬼くんと会ったらしい。
「優しそうな人ね、メグリさんが入れ込むのも判る気がする。……幸せになってね。応援してる」
他の人から、百目鬼くんのことを聞くとむしょうに嬉しくなる。…まだ、そういう関係ではないのだけど!頑張りたいと、思っている。
廃墟を歩いていて、ふとあたたかくて優しい、見知った気配がした。
そこは花畑だった。夕日を受けて紅紫色の花が輝いていた
そのまま通り過ぎることはできなくて、しばし眺めていた。

…ここでの記憶とともに、持って帰ろう。一輪手折り、鞄にしまう。
代わりに鞄の中の緑の花を手にとった。
一度死んで諦めかけて、それでも起き上がった…絶望的な状況で咲いているのを見つけた、希望の花だ。
あれから私の旅路とともにあった。私にはこのメモがあるから大丈夫。この花はここへ置いていこう。
狼達の拠点へ寄り損ねてしまったことだけ、心残りになってしまった。
北の森へ向けて、深く礼をした。
お世話になりました。あそこは私の第二の居場所でした。
イソトマの花畑へと帰る。百目鬼くんは帰ってきていた。彼も無事挨拶が済んだようだ。
テンさんとラーメンへ行く約束と、ケイコさんたちとどこか遊びに行く約束をしたらしい。私も一緒に行っていいみたいで、楽しみだ。
つい今まで死ぬこと生きることを必死で考えてたのが、こうして元の生活のこと考えているのは変な感じだ。
元の…帰ったら、私達はどうなるんだろうか。

元々はただの同僚で、特に話す機会もなくて。
この島では一蓮托生で生きてきたけど、生き延びたから、終わりなんだろうか。
それは嫌だと私が言っている。
彼の過去を少し知って。多くの優しさを知って。苦しみを共に背負って。生きて帰る喜びを分かち合って。
この七日間を一緒に過ごして、百目鬼くんを好きになったから。

恋はいつも、なぜ好きなのか、本当にそうなのかと自問自答しているうちに過ぎ去って、後悔することを繰り返していた。

彼を好きだという気持ちに素直になりたい。
理由を考え理屈をこねるのはやめだ。堂々巡りはもう終わりだ。

「俺も、ずっと。好きなんだ」
「最初の頃に、言っただろ」
「俺達は一蓮托生だ。この島から出ても、ずっと」

…迷わず気持ちを伝えてよかったな。
最後の二人にならずとも、願いは叶えられる。
これからも、郎汰くんと一緒に歩きたい。
最後にひと吠え。これでもう仲間の声を聞くこともない。
だけど彼らも帰って、きっと何処かで元気にしているだろう。
私は人として、この人と生きていく。
好きになったイソトマの花畑に見送られ。
互いの指に花の指輪を光らせ、この島を後にした。
人の命と心を弄ぶ、最低な催しだった。
だけど皮肉なことに、人として生きようと考え続けた末に、人としてできることをと体が動いていた。
願いは叶えられたのかもしれない。

自分が生きるために人を殺したことを。
大切なものを失うかもしれない恐怖を。
どう生きるべきなのかという葛藤を。分け合いたかった苦しみを。
差し伸べられた救いの手を。いくつもの優しい言葉を。
もう一度立ち上がるための力を。誇らしい気持ちを。
失われた命を。無事に帰れた人を。かけがえのない共有者を得たことを。
ちゃんと生きて覚えておくよ。何もかも、忘れないよ。

雑多だけど手記を書き溜めていてよかった。
大事にしまっておこう。花畑で手折った花と、超合金カリフォルと一緒にね。


「…………」

島で書きなぐったメモ。
後から読み返すと、自分が思っていたよりもあっさりしているように感じる。日々を必死に生きる中で、あれこれ思い悩んで考えてきたはずだったのに。
ずっと百目鬼くんが話を聞いてくれてたから、メモを書く頃には落ち着いてたのかな。

あれから。
朝起きて「刻限まであと何時間」と呟いていた。
眠る瞼の裏に、凄惨な光景が広がった。

肉売り場にも行けてない。
加工して焼いた肉ならなんとか食べるって感じだ。
感覚を、思い出したら怖いから。

忘れたいわけじゃないし、忘れられない。
爪に伝わる肉の感触。喉を潤す血の味。
赤く染まる人の体。死に近づく僅かな呼吸。
だけど日常に持ち込むには、一人では重すぎる。

イソトマの花は毒の花だと知った。
島での記憶はかけがえの無いものだけど、日常を送るには毒だ。
だけど私は、この花を手放さないと決めたんだ。

同僚でバディで恋人で、共有者で共犯者。
あなたがいるお陰で全部、ずっと忘れずに背負っていける。

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