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【素直のまま♡】

最近、年を重ねていくに程、「素直さ」がとても大切だなぁとつくづく思う。年を取ると身体の筋肉や関節が硬くなり、若い頃に比べるて可動域が狭くなってしまうのと一緒に、頭や思考が硬くなっていくように感じている。

赤ちゃんの時は、誰もがあんなに柔らかくて、頭蓋骨も身体も全部ふにゃふにゃだったのに、年を重ねて老人になると、老化で身体は硬くなり、動ける範囲が狭まる。そして、最期は、死を迎え、死後硬直で全く動けなくなる。だから、徐々に心身が硬くなっていくのは、死に近づいていることなのだなぁと、認識するようになった。

赤ちゃんや子どもの頃は、毎日が新しいことの連続で、冒険の日々だった。柔らかな感性で、毎日新しいことに感動して、泣いたり、笑ったりしながら、どんどん吸収していく。目の前に無限の可能性が広がっていて、自分は何者にでもなれると思っていた時期だ。

それが、いつしか、身体と頭と心のしなやかさは失われ、柔らかなスポンジが軽石みたいに固まっていく。新しいことに挑戦することより、「人生ってこんなものだよね。」と守りに入っていく方が楽になる。

もちろん、これまで積み上げて来た経験は、私たちを強く、賢く、豊かにしてくれる一面はあるが、その経験がかえって邪魔になることもある。

ある時、友人の小さな娘さんと一緒に遊んでいた時のこと。彼女はまだ4歳位だっかなぁ、とても活発なおてんばさんで、部屋にあるソファやイスの上を登ったり、降りたりして遊んでいた。私は「すごいね!」と声をかけながら、手を繋いだり、添えたりして彼女がソファの上でクルンと回転するのを手伝っていた。と一瞬、目を離した隙に、彼女は、椅子の背もたれの細い棒の上に這い上がったかと思うと、握っていた手を離して曲芸のように歩いてバランスを取っていた。バランスを崩して落ちたら怪我をしてしまう。見ているこちらは氣が氣ではない。でも、次の瞬間「あっ、大丈夫だ。落ちないな。」と思い直した。なぜなら、彼女の中に「落ちるかもしれない」という認識が全く無いことが伝わって来たからだ。それ位、彼女の表情には、落ちる恐怖感は微塵も無く、楽しくて仕方ないといった感じだった。
「落ちた」経験がある私と、経験の無い彼女の差は大きいなぁと思った。

だから、大人になっていろんな経験をたくさん積むと、それだけ慎重になって、「守り」に入るのは寧ろ自然なことなのかもしれない。だだ、この「守り」があまりに強くなり過ぎると、人間、素直になれない。例えば、人から何か言われると、特に耳触りの良く無いことだと素直に聞き入れることが難しくなる。変なプライドもあって、頑なにもっともらしい口答えをして保身に走ったりする。あぁ〜、これでは成長は無くなり、固まって「死後硬直」に一歩近づいてしまうではないか。

先生や師範と言われる方々から何かを学ぼうとする時によく言われる言葉は、

「素直さが一番大事だよ。」
「素直な人が一番成長できます。」

これまで何十回も聴いてきたし、私自身、氣を付けてきたつもりだった。だが、最近、職場で頑な人に悩まされることが多く、どう対処したものかと色々考えていたのだ。もしかしたら、彼らは私の鏡になってくれているのかもしれない。今一度、「素直のまま」にいることを意識しようと思った。

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