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20240226_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【4】五穀豊穣、蘇民将来<2>(2009.2.1〜2)

「ジャッソー! ジャッソー! うおぉー!!」

 一発目の水垢離を決行し岸に上がり、テンションが高まりきった状態で思い思いの絶叫を挙げ、石段を駆け登る下帯一枚の男たち。
 その周囲を完全武装の防寒着に身を包んだギャラリーが、小旗を振りながらマラソンランナーを見送るかのごとく、カメラのフラッシュでエールを送る。

 しかしその高揚感が身体を包んでいられるのも、水から離れたほんの30秒ほどの間のみ。
 その後は濡れた身体に寒風が容赦なく突き刺さり、全身の芯から震えが湧きあがる。
 体力と体温が著しく低下していく様が、手に取るようにわかる。
 震えるというよりも、筋肉が痙攣しているような感じ。その痙攣が、どうしても止められないのだ。

 そして何よりも苦痛なのは、痛感覚だけは異様に敏感な、地下足袋一枚の足裏。
 山内川の水と、シャーベット状に凍りかけた地面の泥をたっぷり吸い込んだ地下足袋の冷気が、足全体に襲いかかる。
 五本の指が足袋の内側にへばり付き、ピクリとも動かない。
 そんな状態ながら、指に、足裏に、尖った石ころにぶつかった際の痛感覚だけは、異様なほどヴィヴィッドに刺激を与える。

 とにかくジャッソーを叫び続けて、身体をあっためる気分にでもならないと最後までもたない。
 今回はDEEDEE'Sの皆さんとジャッソーを叫び合い、互いに励まし合いながら山を登っていたからギリギリ耐えられたものの、単独参加・単独行動だったら、水垢離のあとの山登りの最中で、間違いなく心が折れてリタイヤしていた。

 本堂が近づくにつれ、わさわさとジグザグの行列を作って行進する、ヒモのような下帯のみを装着した肌色の群れの密集度が高まってくる。

本堂

 ここまでくると、「蘇民祭=ホモ臭い」とか、そういうパブリックイメージなど、やっている人間には大した問題ではなくなってくるので、皆が皆、人肌の温もりを求めてお堂の中央に密集しだす。
 この瞬間だけ、周りの空気に暖かさを感じる。
 自然とほころぶ男たちの顔、顔、顔。

「五穀豊穣、蘇民将来!」

 本堂での礼拝を終え、さらなる高みに建つ「妙見堂」へ向かう。

妙見堂

 が、この途中でこの日一番の突風が我々を襲う!
「ぎゃー!」という叫びが、我々DEEDEE'S班だけでなく、あちこちの男衆から湧き起こる。

 小さな構えながらも、荘厳な雰囲気の妙見堂での礼拝を終え、二度目の水垢離に向かって下山する。
 ……が、ここでもまた、新たな苦痛と恐怖が。
 雪と泥にまみれた下りの石段が、異様に滑って怖いのだ。
 それに妙見堂周辺までくると、ギャラリーもカメラマンもほぼ皆無のため、足場が真っ暗で、下を向いて目を凝らさないと、滑る石段を下りることができない。
「精進しない奴はケガするぞ……」という古くからの教えを思い出し、寒さとも相まって、ますます背筋がゾーと凍りつく。

 やっとの思いで、ギャラリーの待つ麓まで辿り着いたが、この苦行をあと二周も繰り返すのかと思うと、気が遠くなり、余計に身体の震えが止まらなくなる。
 一発目の水垢離だけは、気合いと勢いで乗り切れたのだが……

 二回目、三回目の水垢離の際も、外気に晒されるよりも、水の中にいる方が楽だと感じた。
 水温の方が気温よりも高いこともあるし、きっとこれだけの極限状態ならば、水の中の方が安全なのかもしれない。

 そして三度の水垢離を完遂。
 恐怖の未体験ゾーン第一弾をまずは乗り越えた我々DEEDEE'S班一同、皆上気しきった表情。
 これでやっと、肌に突き刺す寒さと足のかじかみから解放される。
 スキップとも欽ちゃん走りともつかぬ奇妙なステップで皆、我先にと休憩所目指し、ぬかるみの中をバチャバチャと急ぐ。
 薪から発する暖気に、全身の筋肉が弛緩し、溶けるような感触を覚える。
 何かに取り憑かれたように一心不乱に凍りかけた足袋を脱ぎ捨て、バスタオルで身体を拭き、下帯の上からもう一度服を着る。至福。
 僕のスニーカーは半分泥に埋まり、かなり悲惨な汚れ方をしているけれど、もはやそんな瑣末なことはどうでもいい。

【つづく】

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