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20240227_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【6】女には出産の苦しみ、男には蘇民祭の苦しみ

 午前3時半。
 ずっと眠りこけていたせいで、目覚めた時には「出陣まであと30分」となっていた。
 ……なんか全然ゆっくり休んだ気分になれてないよ! 仮眠取れたお陰で、眠気はだいぶ和らいだけど。

 それにしても、長時間休憩を取った身体を、もう一度戦闘モードに戻すのは、なかなか億劫な作業である。
 衣服を脱ぎ去り、ふたたび下帯一枚に。
 その際に突き刺す寒さは……最初の水垢離の時と一緒だ。このレベルの寒さは、何度経験しても「慣れる」ということは決してあり得ない。

 まばゆいばかりにライトアップされた本堂。
 その中はもう既に、争奪戦の開始を今か今かと待ちわびる裸の男衆で満杯だ。
 そして何人かの男たちが、尻をこちらに突き出して早くも格子にしがみつき、ジャッソーの叫びを挙げ拳を握りしめている。

【蘇民袋争奪戦】
鬼子が本堂に戻ると、袋出しと呼ばれる男たち五、六人が蘇民袋を抱きかかえるようにして外陣に出、争奪戦が始まる。
蘇民袋の中には、小間木と呼ばれる、疫病の護符は将軍木(かつのき)を削って六方形とし、「蘇民将来子孫門戸☆」の九文字が書かれ、寸角に切ったものが入れられている。蘇民袋も祈願者が一日で紡いだものである。
やがて、小刀で袋が裂かれ、中の小間木がこぼれ落ちる。
集った善男、善女はその小間木を拾ってお守りとするが、裸の男たちはさらに空になった袋の争奪戦をくり広げ、境内の外になだれ出、明け方まで2時間余りも激しい取り合いを続ける。
最終的には袋の首の部分を握っていたものが取主(とりぬし)となって争奪戦は終了する。
境内を出た集団が東に向かうか、西に向かうか、どちらの集団が凱歌を上げるかによって、その年どちらの土地が豊作になるかが決まるという占いの要素も持っている。
(黒石寺HPより)

 様子をもっと見たいと、軽い気持ちで本堂の奥に進んだ僕たち。
 すると、殺気立った形相の世話人が格子を指さしながら、こう怒鳴る。

「上がれ! 上がれ!」

 ……………え!?
 初めての蘇民祭なのに、こんな所に登っていいの!?

 とはいえいきり立った世話人のオヤジの様子を見る限り、断れる雰囲気では到底ないので、恐る恐る「よっこいせ」とばかりに格子に登るDEEDEE'Sチーム。
 眼下には、去年の冬にニュース映像、ニュース画像で何度も見た、裸の男たちが密集し、湯気が立ちのぼるあの景色が!

 しかし水垢離の時の参加者は皆、均整の取れた真摯な現地人といった風情だったけど、争奪戦で押しくらまんじゅうしている層ときたら、急に体脂肪率が上昇してきたような気がするんだけど……。
 ガチムチというか、短髪・ヒゲ・小太りの三冠王の方々もちらほら。

 しかし、そんな悠長(?)なことを気にしていられる時は、またしてもほんの一瞬で終わってしまう。

 格子に掴まり、足場も格子の隙間のみという環境。
 両隣の人たちと肩がぶつかり合うほどの極めて狭いスペース。
 まったく身動きが取れない。
 5分、10分と時が過ぎていったあたりから、ヘンな体勢のせいで負担のかかっている腰から、電流のような鈍痛が走る。

 痛みは狭い足場で組み替えすらできない脚全体に伝わり、腰からつま先まで鈍痛が走り続ける。 下半身全体の痛みは、腰を越えて背中にまで伝わり、脳天を突き抜ける。
 あまりの苦痛に、格子に掴まって身体をよじらせたまま、ぼうっと意識がやや遠のいていく。
 もはや口だけが辛うじて動いている状態の「ジャッソー、ジャッソー」。

気合いを入れている表情に見えるかもしれないが、ただ単に腰を襲う苦痛で顔面が歪んでいるだけなのである……。

 もちろん高い場所に登っている分、風も直撃するわけで、腰の痛みプラス寒さで、全身ががたがたと震えだす。
 格好悪いのはわかっているが、ガチガチと歯の根が合わなくなるのを止めることがどうしてもできない。

 腰から全身を突き抜ける鈍痛。
 真っ直ぐに裸の肌に突き刺さる、夜明け前の冷たい冷たい奥州の風。

「女には出産の苦しみがあるけど、男の場合、一晩の間に味わう蘇民祭の苦しみがそれに匹敵するな…」
と、薄れかけている意識の中で、ぼんやりと思う。

 気絶寸前のWパンチにさいなまれ続けること、約30分ほどか。
 いよいよ争奪戦開始の瞬間が近づいてきた。
 僕としても、この体勢は限界なので、一分一秒でも早く始まってもらいたいのだ。

 お堂の中央に、小刀をくわえた世話人のオヤジが、裸で登場する。
 世話人が現れた途端、昨年のニュース映像で見た、あの怒号があちこちで轟く。

「電気消せ~! 電気消せ~!!」

 一瞬で真っ暗闇と化す本堂。
 全裸が禁じられた現行の蘇民祭ではあるが、「蘇民袋」を切り裂く重要な役割を背負う世話人だけは、今も全裸が慣わしなのだ。
 ただし、彼の登場の瞬間だけは、全裸が見えないよう、辺り一面を暗闇にしなくてはならない。

 ……しかし、全裸の世話人が動くたび、シャッターチャンス(?)を逃すまいと、無数のフラッシュが点滅し、本堂の中で目もくらむ勢いで反射される。
 そのせいで、世話人の動きが、コンマ単位の光の点滅の中で、同じくコンマ単位のダンスを踊っているように見えてしまう。

 光の渦の中で空中を舞う、黄色い手拭いをほっかむった全裸のオヤジ……。

 蘇民祭で最も神聖にして最も荘厳な瞬間でありながら、フラッシュの雨のせいでどこか間抜けに見え、一瞬だけ疲れを忘れて笑ってしまう。

 そして蘇民袋の中の小間木が四方八方に弾け、ようやっと待ち望んだ争奪戦の開戦。

 本堂を敷き詰める裸の渦が、右に、左に、波のように揺れる。
 足元に隙間ができたチャンスを見計らって、格子から飛び降りる。やっと不安定の極みのような体勢から解放された。

しかし安堵も束の間、次はいよいよ大詰めの争奪戦に参加する番である。

【つづく】

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