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20240228_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【7】解放の朝<完結篇>

 やっとこさの争奪戦の開始にほっと安堵し、格子から隙を見計らって飛び降りる。
 しかし、僕が下に降りた時には、本堂での争奪戦はすでに終盤に差しかかっていた。
「こっちだ! こっちだ!」という、黄色い手拭いを被った世話人のオッサンたちの導きによって、裸の押しくらまんじゅうの一団は、押し出されるように石段を降りていく。

 しかし、蘇民袋ってやつはいったい今誰が持っているのか。このむくつけき裸のカタマリの真ん中あたりにあるんだろうけど……状況がまったく把握できない。

 仕方なく、最後列のあたりのもみ合いへし合いに紛れてみるが、このポジショニングがまた最悪だった。
 押しくらまんじゅうの真ん中辺りがバランスを崩すたびに、その後列が、どどっと将棋倒し寸前のパニックを起こす。
 そうすると、無数の男たちの重いカカトが、明け方5時の冷気でふたたび冷えに冷えきった僕の足指とスネに、機関銃のようにグサグサグサーッと突き刺さる!

「×△◎▼□※☆◆~~~~~!!???」

 もんどり打った足元に、尖った小石がダメを押す。
 その都度、我慢できるレベルではない激痛が、足全体に襲いかかる。

 それにしても体型からして、争奪戦の後列の人たちは、どうもマトモに蘇民袋を取り合う気のない、別目的の層が多いように見える。
 そんな中に一人ポツンといるのもかなり不安なのだが(DEEDEE'S班の仲間たちとは、この時点で完全にはぐれている)形だけでも争奪戦に参加しないと癪に触るという心境と、明け方5時の、これまた我慢できないレベルの極寒で、もはや真性ホモでもどうでもいいから、とにかく人肌に近づいてあったまりたいという心境が相まって、後列でムギュムギュと押し合いをしている群れに
飛び込もうと何度もトライする。
 しかしそのたびに、つま先とスネを、肥えたカカトのマシンガンで蜂の巣にされる苦痛!

 そういえば、争奪戦の群れが黒石寺の境内を抜けようとしているさ中、僕の顔の真横30センチぐらいの位置にカメラをびったり寄せ、1分以上Vを回し続けている若い男がいたけれど…… 。

 あれ、TVの取材だったのかなあ? それとも別の……?

 まあ、その時は寒さと足の痛みで何もかもが限界で、
「あー、なんか顔の横にカメラがあるなー」
程度にしか意識できなかったんだけども。

 そして争奪戦の群れは、境内を抜け、国道の上の狂想曲に雪崩れ込む。
 凍りかけのアスファルトがこれまた、足裏により一層の痛みを与える。
 そして際限なく僕のつま先とスネに突き刺さる、無数の足、足、足!

「アーーーーーーーーーー!!!」

 僕は限度を超えた痛みと寒さにとうとうキレて、腹の底から咆吼してしまう。するとすぐさま、

「なんだあ! そんぐれえで痛ェなんて言うんでねえ!!」

と、工事用のホース(?)をロープ代わりに、争奪戦の男衆が反対車線に飛び出さないよう見張っている世話人のオヤジに怒鳴られてしまう。

 そうは言ってもさ、アンタだって若い頃、この痛み味わっただろ!?  我慢できる痛さじゃないだろ!

 ……とオヤジにもキレてやりたかったが、小心者なのでできなかった。

 それにしてもゴールはいつなんだ。5分、10分がマジに1時間以上に感じる。
「男の産みの苦しみは、蘇民祭の苦しみ…」
と、本堂の格子に掴まっていた時と同じことを思い始める。

「ホレ頑張れ、もうちょっとでゴールだからよ」

 僕の苦痛の形相を見るに見かねたか、さっきの世話人のオヤジがちょっと優しく話しかけてきた。
 オッサン、本当なのか? 俺はもう限界すら超えてツラいぞ!!

「ここだあ~~~~~!!」

 世話人のオッサンたちが、嬉々とした様子で
ゴールとして設定された場所を指さす。
 緩やかなカーブの左側に、雪で覆われた斜面が広がる。
 というか、ここに落ちろっていうのか!?

「そ~れ、行けえ~~~~~っ!!!」

 オッサンたちに強引に背中を押されたか、争奪戦の群れに巻き込まれたのかはさっぱり覚えていないが、雪の斜面にもんどり打って、のたうつように転げ落ちる。
 雪と、その下に隠れる硬い枯れ草や茎が、全身の皮膚を引っ掻き痛い。
 蘇民袋争奪戦、終幕の瞬間だ。

 争奪戦も決着し、ついに一切が終了。時刻にして、朝6時頃か。
 空はご覧の通り明るさを増し、綺麗な群青色に輝いている。

 しかし、激しい争奪戦を終えた途端、肌の寒さと足裏の痛みが最後のダメ押しとばかりに押し寄せてきて、境内へ戻るまでの国道をテクテク歩く帰り道も、また苦痛に次ぐ苦痛。
 歯の根がまったく合わず、全身が激しく痙攣しだす。
 裸でいる限りは、争奪戦が終われども苦しみからは解放されないのだ。
 結局境内から国道沿いのゴール地点まではほんの数百メートルだという話だが、その数百メートルが、何キロもの行程に感じられる。

 境内の入口あたりで、DEEDEE'Sの仲間とやっとこさ合流で記念撮影。
 寒さは相変わらずだが、やっと心がほころんでくる。
 我々に紛れているマッチョな殿方は、なんとも
横浜から単身で16年連続(!)で蘇民祭に通い続ける格闘家さんだとか(しかし気合いの入った人もいるもんだ……) 。
 僕も雪の斜面に転がり落ちる際にヒザをすりむいたが、藤村さんの全身の擦り傷には一同びっくり。

 何はともあれ、これで蘇民祭の苦行全行程終了だ。
 泥だらけで凍りかけの足袋を脱ぎ捨て、重ね脱ぎ状態にしていた衣服をもう一度すっぽり被った瞬間、何ともいえない安堵感に全身が包まれる。
 うどんの残りの精進スープ(昆布だし)で暖をとる。
 一同、心からの笑顔が漏れる。

蘇民祭完走のご褒美、味噌とごま塩のおにぎり。
ただのおにぎりではない、このおにぎりは特別なのだ。
美味。

 空はすっかり明るくなり、片付けの作業も急ピッチで進む。
 蘇民祭の戦場が、元の静謐な山寺に戻っていく。

 朝陽に美しく照らされた黒石寺をあとに、我々一行を乗せた車は、とあるいわくつきの温泉へ。
 実はDEEDEE'Sのマスターが、
「蘇民祭が終わったら、ハッテン場の温泉にあったまりに行こう」
という、実にトチ狂った提案をしていたのだった(笑)。

岩手県随一のハッテン場と名高い、その名も「女神の湯」。う~ん怪しい。
中に入ったらなぜか白熊の剥製というシュールな展開。
ますます怪しい!

 その他にも、冷水と熱湯しか出ず使い物にならないシャワー、 本当にいた(!)サウナでくつろぐガチムチカップルなど、自分たちはハッテンせずに済んだものの、噂に違わぬネタ豊富ぶりに満足。

 最後は『すき家』で「精進落とし」の軽い打ち上げ。

 ちゃんと精進していた周りの皆は、牛丼や豚丼など、精進明けにふさわしいメニューをがっつりと食していたが、
 元々精進してない上に、いろいろ食ってあまり空腹じゃなかった僕は、シャケ朝食セットで済ませてしまった。

 つくづくちゃんと精進しなかったのが心残りである。
 寒さとか熱さとか煙さとか痛みとかに耐えるだけでなく、精進の苦しみに耐え、それを乗り越えての精進明けに酔いしれるのが蘇民祭の醍醐味だというのに!

 よし、来年はばっちり精進して臨むぞ。
 DEEDEE'Sの皆も、また出る気満々で、早くも来年の対策会議が始まってるというし(笑)。

 それでは一度通して体験した僕から、蘇民祭対策のポイントを何点か。

1.本番一週間前の精進は必ず実行すること。精進明けの喜びこそが、蘇民祭の醍醐味だと感じたので。
2.氷点下の山寺で一晩過ごすため、完全防備で臨むこと。DEEDEE'Sの皆は、ユニクロのヒートテックを重宝してたよう。使い捨てカイロも、かなり貴重な戦力になりそう。
3.完全防寒かつ、泥で汚れてもいい服装で臨むこと。焚き火で雪が溶け、休憩所の地面は水田のような泥一面になる。履き物は絶対に長靴。普通のスニーカーで行くと、靴が泥にまみれるのがストレスになる。
4.下帯、地下足袋姿になった時、一番ツラいのは裸の肌ではなくて、地面の冷たさをダイレクトに被る足元。地下足袋の中に靴下を履くのが望ましい。
5.当日売店でも買えるけど、地下足袋は極力事前に2足購入が望ましい。なぜ2足かというと、1足目は水垢離で濡れて冷えるため。
6.水垢離、柴燈木登りはひたすら気合いのみ。いくらやろうが「慣れる」レベルのもんではない、アレは。
7.蘇民袋争奪戦で、最初格子に登るどうかは、カメラに映されて目立ってオイしいという以外は、とにかく全身の筋肉の苦痛が凄まじく、僕からはあまりお勧めしない。
8.争奪戦に参加する際は、極力最後列にはならないように。運悪く最後列になってしまうと、無駄に足を踏まれ続けるだけで、とにかくエンドレスで苦痛が続くだけの損な苦行になってしまう。

 ……と、いろいろと書き立ててみたけれど、これで蘇民祭行きたくなった方、いらっしゃるだろうか??

 聞くところによるとどうも来年は土日開催だとか。
 それに「動」と「静」が一年おきに交代するポスターのコンセプトも、来年はまたまた「動」の出番。
 それに『ミヤネ屋』の宮根さんも参戦するとかで、来年の蘇民祭は、今年よりもぐっと賑やかになりそう。
 目立つなら、来年がチャンス!(笑)。
 皆さん、いかがだろう?

【完】

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