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体育会の人間の欠落してること

体育会出身者は体育会のことが大好きだ。
ただ、残念ながら体育会の人間は
マジョリティでもなければ通常の人間ではない。


体育会の人間は常識だと思っているが、
その他の人間がみると異常だと思われることがある。
むしろそのほうが多いと思っても良いだろう。


今日は京大アメフトというごりっごりのゴリラの体育会出身で
かつ、28才で上場企業で6人の部下をもっていた自分から、
体育会出身者が陥りがちなことを紹介できればと思ってる。


「もっていた」、、そう何を隠そう、俺は失敗してる
自分のこの話は失敗談だ。俺の屍を超えて高みに行ってほしい。

気合いだのなんだの

まずはみんなわかってるが気合いの部分。
社会人になったら、これを他人に求めちゃいけない。絶対に。


もとから気合いが入ってる人間はいるが、
気合いがない人を20才超えて、気合いの入った人間にするのは不可能。
他のアプローチ方法を考えよう。


大事なのでもう一回いう、
「気合い」を他人に求めるな。


負けることへの恐怖

勝ち負けへの意識。
体育会で負けることは「死」を意味する。


これまでの自分の取り組みが、強いては自分の人生が否定されること。
今日この試合に負けたら死ぬ、こう思って生きてきたと思う。


ただそのような異常者とは違う。
基本的に勝負という感覚で生きてる人間は少ない。


この日のために全力で準備しろ!!っていえば
みんなさすがに頑張るやろって思うと思うんやけど
「やりすごせればいいや」って思う人も多い。


本番だからってみんながみんな勝手に本気で準備してくると思うな。
自分で徹底的に確認しろ。指示するだけじゃなくて確認もする。
指示した瞬間に確認のリマインドタスクをいれろ。


人前で怒られるってことへの慣れ

体育会は怒られることに対して耐性が強すぎる。
他人の痛みがわからないくらいまで麻痺してしまっていると思って良い。

チームの練習でもみんなが見てる前で負けたり
全体練習で大声で怒鳴られたり、
全体ミーティングで自分のミス晒し上げられたりしたことあると思う。


ただ社会だと違う。
人を怒るときはみんなが見てないところで怒れ。
みんなが見てるとこで褒めて、見てないところで怒る
これが社会の常識だ。


人前で怒るとそれだけで、めっちゃ逆恨みされる。気をつけろ。
(でもほんとあの時はごめんと思ってる。俺も経験不足でした)


人前で怒られないように頑張ろうって発想にはならない。
自分の尊厳を侮辱されたことに対する恨みしか残らない。
本当に気をつけて。


体育会って別にえらくないよ?

体育会って学生の時しんどい思いしてて
「俺たちは頑張っててえらい、その他は頑張ってないからクソ!」
って思ってないとやってられないのかもしれない。
少なくとも俺はそうだった。


でもみんなそれぞれの頑張り方がある。みんな認めてあげないとダメだ。
また逆にいうと、認められない人と時間を過ごしちゃダメだ。


視野をもっともっと広げなきゃ。
今日もみんなで勝っておいしいご飯食べられるように。
「周り全部がいい。いいなかまといいとーもだち」


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