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チーズハチノス

お一人様をこじらせてるので、焼き肉だって一人で行ける。

食べ放題のお店で、ひとり淡々と肉を焼く。休日のファミリーや、野球終わりの少年たちや、卒業式を終えた仲間たちが集まって行くようなお店だ。

最近は、食べ放題のお店もバリエーションが豊富で、肉の部位も、ロースやハラミ、ホルモンまでいろんなものがある。

味付けも、壺漬け、塩ダレ、味噌など、選択できるので楽しい。1品物も豊富だ。もやしナムル、石焼ビビンバ、テールスープ。素敵なものがい〜っぱい!まるでパワーパフガールズのような、強くてかわいい最強のラインナップだ。

そんな中で、特に好きなもの。それが、ハチノスというホルモンと、チーズささかまだ。ハチノスは、外見が蜂の巣のように見える部位で、噛むほどにタレがうまい。

チーズささかまは、少し炙ればチーズがとろけて香ばしい。ぼくは、一度お店に行くと、2回目以降の注文は、ほとんどハチノスとチーズささかまに絞ってしまう。それぐらい、この2品が好きだ。


もしぼくが、あのお店のバイトだったとしたら、きっと自分に「ハチノス」か「ささかま」というあだ名を付けるに違いない。もしくは、「チーズハチノス」でもいい。恐らく人気ランキングではCクラスに沈んでいるだろう、マイナーなこの2品の存続を支えているのは「チーズハチノス」ことぼくに違いない。


突然だが、うちの母親は声がでかい。

あと、焼肉屋に来ているファミリーも声がでかい。みんなが楽しげに、肉が焼ける音に負けないよう大きな声で話をしている。

特に、「ほら、タレが袖につくから!!」とか「ほら!玉ねぎも食べなさい!」と声をあげているのは、いつもお母さんだ。ジュージューというシズル音をかき消すかのように聞こえてくる、よその家の生活感に耳を貸すのは面白い。

夏休みの宿題がどうとか、習いごとの練習がどうとか、焼き肉を食べながら、いつもお母さんは子どもにとって都合の悪いことを議題にあげる。

焼き肉という幸福と、お勉強という面倒が、ぶつかりあってプラスマイナスゼロ。もしくは、幸福が勝つぐらいのちょっとしたバランスが聞いていて楽しい。子どもはお母さんの話を聞いてるようで聞いてなく、お母さんは子どもを怒ってるようで怒っていない。


きっと、焼き肉食べ放題は、家族にとって「ご褒美」なのだ。それを分かった上で、みんながちょっと都合の悪い話題を卓上にあげる、いや、網の上に乗せる。そんなお母さんの心情がすごく好きだ。


でも、たまに声が大きすぎるお母さんもいる。

〇〇さん宅の旅行先がどうとか、時には、友だちの家の悪口になるようなことを話している人がいる。我が家を飛び出して、プライベートにズカズカと入り込む話は聞いていて救いがない。

あと、喋りすぎて喉が渇くのか、ドリンクバーの頻度も多い。何回も、何回も、ドリンクバーへ行く。まぁ、これは偏見だ。


ある日、となりのお母さんがドリンクバーの帰りに言った。

「となりの人、テーブルの上におなじもんばっかり乗ってるで」

ひとつのテーブルで、隣接する席は4つある。自分では無い可能性も充分にあるが、そのときぼくのテーブルの上には、ハチノスとチーズささかまが3人前ずつ乗っていた。確実に、ぼくの話をとなりのお母さんはしている。

厳しい。

バイトがバックヤードで話をしているならまだしも、網の上にぼくの偏った注文を乗せられたら、聞いていてすごく厳しい。


となりの席に来た店員さんが注文を繰り返す。

「ハチノスと、ハラミと、キムチと、チーズささかまを全部1人前ずつですね」

困った。確実に隣の食卓に、ぼくの偏食が影響を与えている。食べ放題だからこそ、冒険できるという好条件が、お隣の家族の好奇心に文字通り火をつけている。たしか、さらば青春の光のコントで、こんな設定があった気がするが、いまはそんなことはどうでもいい。

問題は、となりの家族は声がでかい。そして、他人のプライベートに入り込んでくるということだ。もし、「なにこのホルモン!固いだけじゃないの!」とか、「かまぼこより、やっぱりお肉よね!」とか聞こえてきたらどうしよう。この店で、ぼくが一番信頼している仲間たちが否定されるのは聞いてられない。つらすぎる。

かといって、その現実から目を背けるために、この食べ放題という「ご褒美」の時間を放棄することもできない。頭の中は、となりの品評会でいっぱいだ。


商品が運ばれている。ハチノスはよく焼かないっといけない。チーズささかまは、さっと炙るだけなので、そっちのほうが先に焼けるだろう。

もはや味覚なんてどうでもいい。今はすべてを、聴覚に捧げる。いまだ、家族の話題は、友だちの家がどうとか、今度の週末がどうとか、そんな話ばっかりだ。

それから数分。もう一度、店員がくる。


そして注文を繰り返す。

「ゆずシャーベットを人数分。あと、チーズささかまを1人前ですね」


心の中でガッツポーズをした。大勝利だ。

一切の話題にもならなかったぼくのチーズささかまだが、デザートのタイミングで、最後に追加されるという快挙を成し遂げた。これは、すごいことだ。大勝利だ。焼き肉のフィニッシャーを俺たちのチーズささかまが勝ち取ったのだ。

話題性こそ、ご近所のゴシップには勝てなかったけど。ハチノスは知らんけど。


お会計を終えて、大満足で店を出る。いつもよりも外の風が気持ちいい。


焼き肉は面白い。焼き肉食べ放題はもっと面白い。家族で行くのも面白いし、一人で行くのも面白いのだ。

はやくまたあの味が食べたい。そして、あの騒がしい「ご褒美」の時間が、たくさんの家族に訪れてほしいと思う。



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