≪ラ・ボエーム≫解説① 〜ライトモチーフの匠・プッチーニ〜

8/18(日)に行われる東大歌劇団≪ボエーム≫公演。本ノートでは公開用のパンフレットには掲載するには難しい内容を、譜例を活用しながら説明していくことにする。

今回は<ライトモチーフ>について。R.ワーグナーが確立した示導動機は、特にオペラにおいて動機を使うことにより音楽だけでドラマを示すことができるという便利な道具なのである。

譜例A 第1幕冒頭(p.1)

調はド-ミ-ソのC-durなのだが、冒頭1小節はaufTaktになっていてアクセント・強勢があるのはFの音なのだ。「交響的奇想曲」の動機を転用したものだが、この不協和音(ファ-ソ-シ-レ)の解決が遅らされているのは、ボヘミアンたちの不安定ながら楽しい青春を思わせる。Ⅴの第3転回形→Iの基本形なので純粋なD(ドミナント)→T(トニック)である。

譜例B 第3幕終結部より(p.221)

この「ボエームの動機」が異なる形で登場するのは譜例Bだ。ロドルフォとミミの甘い青春にピリオドが打たれようとしている時、1幕の頃を思い出すかのようにオーボエがこの動機を奏する(フルートでもクラリネットでもない!作曲家は胸を打ちつけるような音が欲しいんだろう)。それもスタッカートで途切れ途切れのような印象を与え、嗚咽など言葉の出ない状況を連想させる。

譜例C 第1幕より「ショナールの動機」

本作品でも印象深いのがこの譜例Cの動機だ。6/8拍子の3拍目や6拍目に強勢が多く、D-durの最も生気に満ち溢れる部分となっている。ホルンの強奏は、音楽家のショナールがこの動機を吹いているイメージがあるのだろう。

譜例D 第4幕より(p.260)

譜例Dはショナールが去る場面のもので、譜例CがG-durに移調されて奏られる。ここでは同じキャラクターながらもショナールの心の籠った気遣いができる大人な人間としての側面が映し出されている。また、譜例Cの動機自体ショナールだけのものではなく、ボヘミアン生活の象徴の1つともいえるが、Calmoと指示があるようにそれすら落ち着いてしまった。

譜例E 第4幕より(p.261)


G-durの譜例Dは、C-durの譜例Eのアナクルーシス(aufTaktに近い)なのではないか。
このC-durのD(ドミナント)→T(トニック)進行は譜例Aでも見られたではないか。このシーンは譜面を分析すると明らかに1幕のリフレインであり、この構造自体が1つの動機になっている。

譜例F 第1幕「ミミの動機」(p.55)

D-durはDio(神)の頭文字ということもあり「光」と関連付けられる調であるし、そうした包容力や明るさを含むことが多い。ミミの本名はルチアだが、luce(月)由来だとすると、そこには光のイメージがあるのではないか。この動機やミミのアリアがD-durなのも納得できる。
この動機は解決を見ないことが特徴である。最下音AはD-durの属音だが、これが持続しておりドミナントからトニックに戻ることは出来ない。1幕で連綿と続いていくミミとロドルフォの愛の成立に期待を残している。

譜例G 第3幕より(p.206)

D-durが半音下がるとDes-durになる。病気でやつれたミミは生気を削がれており、かつての光はそこにはない。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第16番の3楽章やマーラーの交響曲第9番第4楽章のように、Des-durは「彼岸の調」と言っても差し支えない。ここではLento moltoの指示があり、譜例FのLentoよりもエネルギーはより少ない。

プッチーニは動機を使うにしても調はもちろんオーケストレーションや内声や和声付けさえその度に変えている。次回は別の観点に着目しながら説明していきたい。

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