見出し画像

最終日『百姓魂』

今日みかんとたわむれ終えた。

昼食時間まで1時間ほど残して選果作業を終えた。半ばホッとして寮に帰る心もちだったが、おじいちゃんの”袋掛けでもするか?”という号令をきっかけに持て余した時間を使って甘平(かんぺい)という種類のみかんに袋を掛ける作業をすることになった。その袋の効能は暴風・防寒を兼ねており、食べ頃を迎える来年2月まで甘平がスクスク育つような仕掛けの一つなんだそう。もっと他にもあるんだろうが、詳しい事は聞きそびれた。

そんな袋掛けの作業を初体験する私たちに向かっておじいちゃんはこんなことを言っていた。

”これが百姓の仕事やけん”

百姓(ひゃくしょう)。私は歴史に関する知識がそうあるわけではないが、その時代は農業に従事していた人をそう呼称していたんだ。当時は身分制度が整備されていたからそう呼ばれていたんだろうけど、いま人のことを百姓だなんて呼んだら差別用語になるんじゃないかな。

が、おじいちゃんは自らのことを”百姓”と言ってその仕事を全うしていた。先祖代々受け継いできた仕事だからこそ、”百姓”という自分の使命を受け入れて全うしているのかもしれない。そんなおじいちゃんはみかん農家での仕事に誇りを持っているようでいつも休憩時間には”みかんでも食えや”と自慢のみかんを勧めてくれた。

きっとこの百姓魂が少し世の中を知った気になっていた東京出身の私とすれ違ったのかもと思ったりした。

そんなおじいちゃんの言葉を聞いて私自身は一体何に誇りを持って生きればいいのだろうかと思った。おじいちゃんは百姓として。。。

ならば、私は私として。いや、おれはおれとして?

>>>

そんなおじいちゃんは今日も

”急ぐことないけん、ぼちぼちやったらええわ”

と言ってそそくさと袋掛けを始めた。

最終日の今日は農家さんちで晩ご飯をいただきます。

励みになります。