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君のこたえをきかせて 2話

●十年前(高校三年生) ○音楽室、昼 冬木「私、卒業まで誰とも付き合うつもりはないんだ……」 初春「どうして……? それは僕だから、だめなわけではなくて……?」 冬木「そうね……例えば海外のスーパースターに告白されたとしても、私は断ると思うよ」 冬木、優しく笑ってみせる。
初春「ふふ、なにそれ……変なの、じゃあ僕じゃあ絶対ダメってこと?」
冬木「ふふ、いやもし選べるとしたら私は海外のスーパースターより初春くんの方がいいかな?」
初春「僕、スーパースターより上なんだ?」
冬木「うん」
初春「そっか、それは嬉しいかも……まあ、振られてんだけどさ」
冬木「ふふ、降っちゃったもんね……。私ね、卒業したら海外に留学することが決まってるんだ……向こうに行ったら多分しばらくは……いや、もしかしたらもうずっとこっちには帰ってこないかもしれない……だからこっちでは心残りがないようにしておきたいんだ」
初春「冬木一人で行くの……?」
冬木「ううん、お父さんの転勤についていくの。家族全員で。でも……向こうに行けば、ピアノをもっと勉強できる学校があるから……そこに行かせてもらう約束になってる。
まあ、お父さんの転勤の話がなくても、私ピアノの勉強するためにいつかは海外に行ってたと思うから……だからそのときがちょっとはやくなっただけだって思ってる」
初春「そっか、やりたかったピアノの勉強できるようになるんだ……?」
冬木「うん、そう。プロになるための勉強、もっと勉強をちゃんとしておきたいんだ。ずっとピアノと生きていきたいから……だから夢、叶えるの」
初春「そっか、かっこいいね、冬木は」
冬木「そんなこと……ないよ。私は……初春くんだって毎日楽しそうで、素敵だなって思ってた。きらきらしてて、みんなの真ん中にいてさ」
初春「僕? 全然。冬木が思うほど、そんな素敵な人間じゃないよ」
冬木「そうかな? 初春くんは自分が思っているより、とても素敵な人だと思うよ?」 二人、しばらく無言になる。
冬木、ピアノの前に座りピアノを弾いている。
初春、ピアノにもたれかかりながら冬木のピアノを聞いている。 ピアノの音だけが音楽室に静かに響き渡っている。 窓から入ってくる風が二人の頰を撫でる。冬木の髪がふわりと風でなびく。
初春「この曲、聞いたことあるけど知らないや」
冬木「サティのジムノペディだよ」
初春「そっか、いい曲だね」
冬木「そう? サティは、いい曲が多くてね……私も大好きで……あー、ごめん、ちょっと話しすぎて初春くんのこと置いていってしまいそうだからこれくらいにしておくね……」
冬木、急に盛り上がって話そうとするが初春の存在に気づき、いつものクールを装う。
初春「ふふ、そんな冬木はじめてみたかも……」
冬木「みられちゃったね……」
初春「そんな冬木もこれからもっとみていけたらいいのにな……」
冬木「え?」
初春「ねえ、冬木——僕たち、やっぱり付き合おうよ」
冬木「え……?」 冬木、弾いていたピアノをピタリと止める。 初春、冬木の方に向き直りピアノの上に手を置いている。
初春「卒業までの……短い時間でも、期間限定でも……なんでもいいから……僕は冬木と付き合いたい……だって、僕はやっぱり冬木のことが好きだから。こうやってピアノ弾いている楽しそうなところとか、本読んでる横顔とか……さっきみたいにみたことのない冬木の表情をみれたらうれしいなって思う……その、冬木のこと好きなんだ……ずっと」 冬木、黙っていきいている。
初春「その……だめ……かな……僕じゃ」 初春、視線をうろうろさせながら俯いてしまう。 しばらくの無言の空間。
冬木、ピアノに置かれている初春の手の上に自分の手を乗せる。 初春、はっとした表情をうかべる。
冬木「私、卒業したら海外に行っちゃうんだよ……? もう二度と会えないかもしれないんだよ? それでもいいの? 私、可愛げないし、音楽に夢中になったら初春くんのことは放って置いちゃうと思う……その……それでも……」 初春「うん、冬木がいい。そんな冬木のことがすき……短い時間でも期間限定でもなんでもいい、今僕は冬木と一緒にいたい」 冬木、かすかに声を震わせながら。
冬木「うん……その私も……その……もし今付き合うなら、初春くんがいい……初春くんだけがいい」 初春「冬木……」 冬木「初春くんのことがすき……」 二人、しばらく見つめ合い、思わず笑ってしまう。 互いの握り合った手をじっと見つめている。
視線が合う、どちらからともなく一歩近づく。 初春「冬木のことがすき……だいすき……」
冬木「ふふ、私もすき……」 冬木、初春に顔を近づける。 二人、今度こそ本当にキスをする。 チャイムが鳴って、ハッとする二人。
冬木「次、選択授業だね」
初春「やばっ……僕、教室移動だった……! ごめん、先行く!」
冬木「うん……」 初春、走っていく。
冬木「あ、初春くん」 初春、立ち止まってふりかえる。 冬木、柔らかく微笑んで手を振る。
冬木「またあとでね」 初春、頰を赤らめながらこくりとうなずく。

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