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『海をあげる』

ほんとうに傷ついたとき、言葉を失う。

それがどういうことがわかる人は
この本が大切になる人だと思う。


数年前、ある人に言われた。
「あなたは感情が遅い。
それはしょうがないことだから、
そうと分かって応じていかなきゃいけない」
けっこう意外な言葉だった、自分では。
自身の早すぎる反応に、
追いつかず振り回されていたから。

じわじわと時間をかけて
その言葉が真であることを知った。
私は早い。
周囲の感情への反応と、
自分の「気持ち」・行動を決める意志が。
私は遅い。
「自分がほんとうになにを感じているか」わかるのが。

周囲の感情は
他者のものとしてではなく
自分の中に流れこんでしまう。
だからそのときその瞬間
「自分はほんとにそう思っているのか」
と問いかけてもわからない。
もっというと
「そう思っている」
としっかり確かめたうえで
その瞬間は、思う。

「ここにはもういられない、
去らなくてはならない」
意志はきっぱり決める。
すぐ動く。
迷ったら追いつかれて死ぬから。

ほんとうに感じていることは、
それからかなりときがたって
たった一人でいるときに
わかる。
岩肌から染み出る清水のように
ぽた
ぽた
やっとわかる。

その時間は
言葉を失っている。
無のなかでじっと
ただ身体でうけとめている。


上間陽子さんの『海をあげる』は
私のそんな時間と
たった一点だけ
なにかが関係していた。

たいせつなタイトルのついた
12のエッセイが
丁寧に並べられている。
すべて上間さんの「ほんと」の話。

やわらかさに、かなしさに、
眼を閉じないすがたに
たった一人で感じて生きるさまに
上間さんが言葉を失ってから
ぽつりぽつりとためた
清水を感じた。

かなしみはある
それはないことにできないものだ。
なかったことにすると
けしていやされないもの、
とむらえないものだ。

だから私は海をもらう。
今日も私の胸のすみで
もらった海が生きている。

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