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もっかいあの話して。

おととし『図書室』の話をまわりのみんながしていたときから、岸さんの本きっと好きやろなとわかっていた。
『リリアン』のたたずまいにひかれ、はじめて手にとった。
ほんとにはわかってなかった、こんな大切になるものなんて。

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中面の文字のならびが、こんなにも静かな小説をはじめて見た。
ずっとしゃべってるから、声はきこえる。
音楽のはなしもするから、たくさん曲もきこえる。
でもなんかわからんけど、ほんまに静かできれいで、しんとするんですよね。

そして、こんなにもまとめられること、語られることを拒否する小説もないだろうと思う。
だから、直截な言い方になってしまうけど、もしよかったら読んでみてください。
そして私も、全然違うけどちょっとだけ関係ある話をします。

『リリアン』にはジョン・コルトレーンの曲がいっぱい出てくる。
読みながらかけてみて、「あの曲か!」ととてもなつかしかった。

私ジャズが好きなのよね。
と常連のカコさんに教えてもらった。
へえ~~。おすすめありますか?
ジョン・コルトレーン。
そうなんですね、聞いてみます。
裏紙に「ジョン・コルトレーン」とメモ。
私は全然そういうのわからないんですけど、
友だちがすごいビル・エヴァンスって人好きなんですよ。
ああ、ビル・エヴァンスもいいわよね。

ちょうどお店をやめようと心に決めていたころで、カコさんと勝手に別れがたかった私は、毎朝YouTubeで「ジョン・コルトレーン」と検索し出てきた曲を聞いていた、曲名も知らずに。ついでにビル・エヴァンスも聞いた。

ビル・エヴァンス好きな友だちと電話する。

なんか常連さんでジョン・コルトレーンってジャズの人好きな人おってさ、最近聞いてんねんけど、ついでにビル・エヴァンスも聞いたで。
え、まじか!うれしー。どうやった?
うーん、なんか、すごい頭いい人なんやろなって思った。あとすごい孤独?というか。
いつのやつきいたん?
え、いつやろ、分からへん、てきとーに聞いてた。
なんか最初から天才やねんけどな、でももう晩年のは悟りすぎて、この世に未練ないって感じで、光ってそのまま消えそうやねん。
そーなん。今度聞いてみるわ。
てかさ、ピアノって頭使う楽器やんな、感情っていうよりもまず思考で組み立てるというか、さっき頭いいっての聞いて思ったけど。サックスとかはさ、息でそのまま感情流し込めるって感じするけど。
あーーめっちゃ分かるわ。私も吹部んとき、ピアノって全然ちゃう楽器やなーって思ってた。なんか管楽器の方が生っぽいっていうか。まあ全然自分でやんのは好きになれんかったけど。

晩年のほうのアルバムを、あとあとAmazon prime musicで探してみたけど、いまいちヒットしなくて結局聞かなかった。

「Body and Soul」を聞いて、あの曲そんなタイトルやってんなーと思いながら、そんなことを思い出していた。

カコさんはお元気だったら今72歳だ、同じ9月誕生日仲間。
ヴィトンやエルメス(だったのだろうと思われる)でシックに装ったお客さまたちと、カコさんはちょっと違った。
ノーメイク・グレイヘアのボブ。とっても清潔感がある。毎回別の、きゅんとなるピアスをしていて、とっても似合っていた。
おそらく一つ一つご自身が「好き!」となるものを集めていて(それにいちいちぐっとくるんですよね)、でもトータルで見ても不思議と上品にまとまってらっしゃる。
あの年季入ったいぶし金のお財布を忘れることができない、愛されてないとできない光り方だった。
私がなりたい成熟を体現していて、大好きだった。

あ、ジョン・コルトレーン聞いてみました、よかったです。なんか感情が生っぽくて、、うまく言えないんですけど。
そう?よかった。
若い人にはこれからいっぱいすてきなものを知る楽しみがあるし、年とった者はすてきなものを教えられる楽しみがあるわよねえ。
カコさんがちょっと嬉しそうだったのを覚えている。

今年の誕生日はねえ、回らないお寿司に行くのよ。国からお金もらえたから。
すごい!大人ですね~~。
高くなくてねえ、新宿の伊勢丹の上にあるの。
そんなところにあるんだ~。お好きなネタあったりしますか?
サバ。サバよ。昔からすごい地味だっていわれるけど。
なんか、外食って祝祭感ないと楽しくないわよね。意味ないなって思っちゃう。

私もその年の誕生日、伊勢丹で回らないお寿司を食べた。初めてだった。サバ美味しかった。

カコさんの、乾いて震える、ちょっと孤高な声がとっても好きだったこと、こうやって書いてて今はじめて気づいた。久しぶりにカコさんの声を耳に思い浮かべた。

お店をやめてから2年4か月、お会いできていない。たぶんこれからもお会いできないだろう。
たくさんの大切で特に意味のないお話をした。それらのほとんどがその瞬間光って消えた。こうして私が大切に覚えている分も、いつか消える。でもきっと、大きななにかへの供物になるだろう。少なくとも今生きてる私にとっては、大切・幸せだ。

ビル・エヴァンス好きの友だちとも、コロナ禍でしばらく会えていない。でもこっちはいずれ会える。これも幸せだ。久々にどうでもいい手紙書こうと思う。

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