読書メモ:仕事のアンラーニング 松尾睦 

組織研究者のドナルド・ショーンによれば、プロフェッショナルは2つのタイプに分けることができます。

第一のタイプは、既存の理論やテクニックを活用しながら「 地質の硬い高地」を走ろうとするプロフェッショナルです。要は、自分が身につけたノウハウや専門性に「あぐら」をかく人を指します。

第二のタイプは、自分が持っている知識やスキルでは解決することが難しい「 ぬかるんだ低地」を歩もうとする人で、常に新しい方法や解決策を探求し、取り込もうとするプロフェッショナルです。

後者のタイプこそ、ショーンが「内省的実践家(reflective practitioner)」と呼ぶ真のプロフェッショナルであり、アンラーニングしながら働き方を変えていける人だといえます。

人の成長の大半は「経験からの学び」によって決まるといわれていますが 、気をつけなくてはいけないのは、経験から学んだことが「固定化」、「固着化」してしまうことです

組織が成功経験にとらわれて、従来のビジネスモデルに固執し、環境に適応できなくなることを、バーバラ・レビットとジェームス・マーチは「 コンピテンシー・トラップ(有能さの罠)」と呼んでいますが、この問題は、個人にも起こります。

現代経営学の父と呼ばれるピーター・ドラッカーは、著書『経営者の条件』の中で「計画的な廃棄」の必要性について、次のように述べています。

古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを強力に進める唯一の方法である。(中略)あらゆる計画や活動を定期的に審査し、有用性が証明されないものは廃棄するようにするならば、最も頑強な官僚組織においてさえ創造性は驚くほど刺激されていく。

ドラッカーはコンサルティングに際して、顧客の経営者に対して「ここ半年で、あえてやめたことはありますか」とよく質問していました。これは実に意味深長な問いです。

ものごとは始めるよりもやめるほうが、はるかにエネルギーを要します。この点については一つの逸話があります。

GE(ゼネラル・エレクトリック)のジャック・ウェルチがCEOになったとき、考えていたことが二つあった。

一つはビジネスのグローバル化、もう一つはドラッカーに会うことだった。さっそくウェルチはドラッカーに連絡を取った。ドラッカーは、ウェルチに次のように述べたという。

あなたの会社は小さな電化製品から原発までじつに多様な商品群を擁していますね。だが、もしかりに今からすべてを一から始められるとしたら、現在の事業をすべて行うでしょうか?

もちろん、ウェルチの返答は「NO」だった。すべての事業をやりたくてやっているわけではない。やむにやまれぬ経緯があって続けているだけだった。

ドラッカーは続ける。

あなたはグローバル展開を考えているという。ならば、世界で1位か、せめて2位になれる見込みのあるもの以外は、すべてやめてしまったらどうだろうか?

これが有名な「一位二位戦略」の始まりとされています。

やめても支障のないものは何か?

この逸話のポイントは、「世界で一位と二位への特化」を促したこと、いわゆる「選択と集中」にのみあるのではない。「何を捨てるか」についての意識をウェルチに促したところにある。

変化する環境に適応する上で、時代に合わなくなった経営手法を捨てる「アンラーニング」の重要性を、学術研究において初めて指摘したのはボー・ヘドバーグだといわれています。

それまでは知識獲得しか注目されていなかった組織学習プロセスに「知識の棄却」という視点を盛り込んだのが彼なのです。

アンラーニングのきっかけとしては、昇進・部門異動・問題の発生・家庭の事情など「状況の変化」が最も多く、これが71.3%、次に上司・同僚・部下・取引先などの「他者の行動」が 18.9%、そして研修・勉強会・書籍等の影響が9.8% でした。  

これらの結果は、「人材の成長の7割は仕事経験、2割は他者からの指導、1割は研修によって決まる」という「 70: 20: 10 の法則」とほぼ一致していることがわかります 。つまり、アンラーニングに対するインパクトは、「状況の変化」、「他者の行動」、「研修・書籍」の順になるということです。

将棋界で永世七冠を獲得した羽生善治氏は、著書の中で次のように語っています。  

いつも、「自分の得意な形に逃げない」ことを心がけている。
戦型や定跡の重んじられる将棋という勝負の世界。自分の得意な形にもっていけば当然ラクであるし、私にもラクをしたいという気持ちはある。
しかし、それを続けてばかりいると飽きがきて、息苦しくなってしまう。アイデアも限られ、世界が狭くなってしまうのだ。
人は慣性の法則に従いやすい。新しいことなどしないでいたほうがラクだから、放っておくと、ついそのまま何もしないほうへと流れてしまう。
意識的に、新しいことを試みていかないといけないと思う 。

この言葉は、成功体験に固執する「 コンピテンシー・トラップ(有能さの罠)をよく示している。

作家の吉本ばなな氏も、ほぼ同様のコメントをしています。  

ある程度の年齢になると人間は得意なことに逃げるようになるんです。そうすると得意なことがだめになっていきます。上手くいかないことを得意なことで解消するというサイクルに陥ってしまうと、得意なことが得意でなくなっていくし、楽しくなくなってしまいます。

特に、ジャック・メジロー は、自分の型を変えるような「変容的学習(transformative learning)」を実践するには、信念や前提を問う「批判的内省」が必要になると述べています。

自分としては、「当たり前だ」と思っている自身のスタイルや型に気づき、それを変えていくことは、「高次学習」(高い次元での学び)と呼ばれ、成人が学び続ける上での重要なポイントです。

しかし、「自分の中の当たり前」に気づき、そこに疑問を持つことは「至難の業」です。

みなさんは普段、何を目標にして仕事をしているのでしょうか。目標志向は、「自分の能力を高め、学ぶこと」を重視する「学習目標」と、「他者から承認されたり、高い評判を得ること」を重視する「業績目標」に分けることができます。

これに対し、レベル2の内省は、仕事上の目標・方法・アプローチを見直し、修正しており、さらに、レベル3になると、自分の中で「当たり前」となっている信念や前提を根本的に問い直しています。

つまり、「習慣的行為(レベル0)→理解(レベル1)→内省(レベル2)→批判的内省(レベル3)」と移行するにしたがって、内省が深くなっているのです 。

例えば、ある広告会社のマネジャーは、「クライアントとの関係構築のためには宴席での接待は不可欠である」という信念を持っていましたが、東日本大震災後に宴席が減っても業績に変動がなかったことをきっかけに、自身の信念を批判的に内省したそうです。その結果、目的のない宴席を極力止めて、仕事の中身を議論する時間を増やしたことで、効率性や業績が向上したといいます。

まず、2タイプの目標志向のうち、自分を成長させることを重視する「学習志向」を持つ人ほど、「内省」と「批判的内省」を行う傾向にありました。これに対し、他者から認められることを重視する「業績志向」は「内省」のみを弱い形で高めていました。

このスキルの正式名称はpersonal growth initiativeであり、正確に訳すと「自己成長主導性」となります。しかし、提唱者のクリスティーン・ロビチェックが、この概念を「変革や改善のためのスキル」と説明していることから、本書では「自己変革スキル」と呼ぶことにします。

管理者の探索的活動は、組織学習の研究から生まれた概念です。ジェームス・マーチによれば、「活用(exploitation)」が、既存の枠組みにおいて、業務を改善・拡張する活動であるのに対し、「探索(exploration)」は、実験的試みを通して新しい枠組みを見つけようとする活動です。

活用」に重きを置く組織は、「既存」の資源を使い、「既存」の製品やサービスを、「既存」の顧客に提供しようとするのに対し、「探索」に重きを置く組織は、「新しい」知識を用いて、「新しい」製品やサービスを開発し、「新しい」顧客に提供する傾向があります 。なお、多くの企業は「探索」よりも、短期的な利益が期待できる「活用」を重視する傾向があることがわかっています。

同様に、臨床心理学者のエリク・エリクソンも、成人期における人間の発達課題として、「次の世代を確立し、導くことへの関心(generativity)」を挙げています 。つまり、自分のことだけでなく、「他者を含む社会」に目を向けることで、人間として大きく成長できるのです。

組織において、「小我を捨てて大我に生きなければならない」転換期が、事業部長から事業統轄役員への昇進のときです。なぜなら、「事業部長」は、事業部という王国を支配する王様のような存在であるのに対し、複数の事業部をマネジメントする「事業統轄役員」は、小国の王様(事業部長)たちを応援する立場になるからです。

事業統轄役員に昇進したときには、マインドセットだけでなく、事業部長時代に使っていたスキルをアンラーニングし、役員に必要なスキルを習得するアップデート型の学習をしなければなりません。

マネジメント・スキルを説明する際によく用いられる2つのモデルがあります。第一のモデルは、ロバート・カッツによる「テクニカル・スキル(専門的能力)」、「ヒューマン・スキル(対人能力)」、「コンセプチュアル・スキル(概念化能力)」から構成されるモデルです 。スタッフ、ミドルマネジャー、上級マネジャーと階層が異なると、これら3つのスキルのウエイトが変わり、特に上級マネジャーになるほど、意思決定に関するコンセプチュアル・スキルの重要性が増すといわれています。

2つ目は、ミンツバーグが提唱する「マネジャーの役割モデル」です。このモデルによれば、マネジャーは「情報的な役割(組織内外の情報を収集・共有・発信すること)」、「対人的な役割(部下を動機づけ、他部門や外部と関係を構築すること)」、「意思決定的な役割(資源を配分し、変革を実施すること)」という3つの役割を持っています。

職位が上になればなるほど、情報を欲しがることは止めたほうがよいと思っています。情報が上がってこないからといって、それがフラストレーションになる様では駄目であって、 情報がなくて当たり前と思う ぐらいでなければいけない。

よく現場の情報を欲しがる人がいますが、現場に近づけば近づくほどそれは「要望」になります。それは、各々の現場ですべて違ってくるものであり、大事なのは、その要望を「課題」としてまとめて、上げさせることです。

分析の結果、事業部長から事業統轄役員へ昇進する際には、「意思決定」、「権限委譲と動機づけ」、「情報収集」という3つのカテゴリーにおいて、マネジメント・スキルが不連続な形で大きく変化し、その過程においてアンラーニングが行われていることがわかりました。

さらに、直観的に経営判断するために、世界観、人生観、歴史観を養っておく必要があります。よく考えると、大我に立ち「俯瞰力」、「世界観」、「人生観」を養うことは、どの階層で働く人にとっても有益です。つまり、「昇進してから身につける」のではなく、「昇進する前に身につけておく」ことが大切になってくるといえます。

成功体験から学び、自分の強みを活用することは、人間が成長する上で重要です。しかし、学びが「固定化」し、「自己模倣」に陥ってしまうと、ホッファーがいうように、過去の世界に生きるしかなくなってしまうでしょう。

アンラーニングの多くは、外的刺激によってもたらされます。具体的には、 ① 昇進・異動などの状況変化、 ② 上司を始めとする他者の行動、および ③ 研修や読書といった経験が促進要因となっていました。  

自由記述調査の結果、この3つの要因のウエイトは、ほぼ 70%、 20%、 10% でした。人材成長の決定要因に関して、「仕事経験 70%」、「他者 20%」、「研修・読書 10%」という有名な法則がありますが、その比率にほぼ対応していることがわかります。

本書の分析において一貫していたのが、アンラーニングの「原動力」としての学習志向の役割です。学習志向とは、成長を重視する考え方、すなわち、新しい知識やスキルを獲得することを求める目標志向です。

最後に、神学者であるラインホールド・ニーバーの祈りを紹介します。この祈りは、アンラーニングの必要性と難しさを示しています。

神よ、 変えることのできるものについて、 それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、 それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、 識別する知恵を与えたまえ。

大木英夫訳 

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