なぜ、いま「独学」なのか?

私は、「独学の技術」がこれほどまでに求められている時代はない、と考えています。理由は大きく四つあります。キーワードでそれぞれを挙げれば

  1. 知識の不良資産化

  2. 産業蒸発の時代

  3. 人生三毛作時代の到来

  4. 越境人材への要請の強まり

ということになります。順に説明していきましょう。

知識の不良資産化

一つ目が「知識の不良資産化」です。

これは、わかりやすく言えば、学んだ知識が富を生み出す期間がどんどん短くなってきている、ということです。

例えば、ビジネススクールで教えているマーケティングについて考えてみるとわかりやすい。ほんの十年程度前まで、ビジネススクールで教えているのはフィリップ・コトラーを始祖とする古典的なマーケティングのフレームワークでした。つまり、市場を分析して、セグメントに分け、ターゲットとなる層に合わせてポジショニングを決め、4Pを確定するというアプローチです。私自身も三十代の半ばからビジネススクールでマーケティングを教える教員をやっていた時期がありますが、基本的に依拠していたのはこういった「お決まり」の枠組みでした。

ところがご存知の通り、こういったフレームワークは今日、ものすごい勢いで時代遅れになりつつあるわけです。昔であれば、一度学校に通って習い覚えた知識は、プロフェッショナルの知的生産を生涯にわたって支える大きな武器になったわけですが、こういった知識のおいしい時期、いわば「旬」が、どんどん短くなっているわけです。

このような世の中にあっては、自分が過去に学んだ知識をどんどん償却しながら、新しい知識を仕入れていくことが必要になります。そのような時代において、「独学の技術」が重要性を増すであろうことは、容易にご理解いただけることと思います。

産業蒸発の時代

二つ目が「産業蒸発の時代」です。今日、多くの産業・企業において「イノベーション」が最重要な課題として挙げられています。これはこれでよく知られている話なので今更改めて指摘するまでもないんですが、では多くの企業が目標としてイノベーションを掲げると、どういうことが起こるのかという点についてはあまり語られることがありません。その当然の帰結が、多くの領域で発生するであろう「産業の蒸発」という事態です。

どういうことか、説明しましょう。イノベーションというのはそれまでの価値提供の仕組みを根底から覆すような変革を指します。これはつまり、イノベーションの発生以前にビジネスを行っていた企業が、その領域でのビジネスを根こそぎに奪われ、いわば蒸発して消滅するような事態が発生することを意味するわけですから、多くの領域でイノベーションが加速すれば、それはとりもなおさず、イノベーションを成し遂げられなかった企業や事業の蒸発が、大量に発生することになります。

典型例がアップルによるスマートフォン市場への参入です。アップルが最初のスマートフォンであるiPhoneというイノベーションを成し遂げ、携帯電話市場へ参入したのは2007年のことですが、その時点では携帯電話市場のメーカー別シェアは下図のようになっていました。

2007年度通期出荷台数シェア

ご存知の通り、たった数年ののちにはこのうち、ほぼ半分をアップルが奪うことになり、シャープ、富士通は大幅にシェアを下落させ、パナソニック、東芝、NECに至っては携帯電話市場からの撤退を余儀なくされることになりました。当時の携帯電話端末の市場は末端価格換算で3〜4兆円にもなる巨大な市場です。このような巨大な市場において、いわゆるガラケーからスマートフォンへの急激なシフトが発生した結果、ガラケーという巨大な産業はたった数年のあいだに、いわば「蒸発」してしまったわけです。

イノベーションの実現によって、様々な領域でこのように急激な産業構造の変化が引き起こされることを考えれば、そこに携わる多くの人々は、望むか望まないかに関わらず、自分の専門領域やキャリアドメインを変更していくことを余儀なくされます。

この際、「独学の技術」を身につけている人とそうでない人のあいだで、どれだけスムーズにキャリアをトランジットできるか、シフトできるかという点で大きな差が生まれるであろうことは容易に想像できることです。

人生三毛作時代の到来

次に「人生三毛作時代の到来」について説明します。今日、キャリアを考えるにあたって大変重要な二つの変化が起きています。一つは「現役年齢の延長」です。ロンドン大学のリンダ・グラットンは著書「ライフシフト」のなかで、寿命が100年になる時代には、現役年齢もそれに相応して長くなり、これまで60歳前後だった引退年齢が70~80歳になることで、私たちの現役期間が長期化することを指摘しています。これが一つ目の変化です。

二つ目の変化が、企業や事業の「旬の寿命」が短くなっている、ということです。会社の寿命については算出方法が色々あり、計算方法によっては過去と比較して長くなったりもするので厄介なんですが、重要なのは純粋な意味での寿命、つまり単に「倒産していない」ということではなく、活力を維持して社会的な存在感を示している時間がどれくらい継続しているかという点、つまり「旬の寿命」ということになります。そして、様々な統計から示唆されているのは、この「旬の寿命」が短くなってきているということです。

日経ビジネスが帝国データバンクと共同して行った調査結果によると、活力を維持して事業を運営している、つまり「旬の企業」のうち、10年後にも旬を維持できているのはそのうちの約半数であり、さらに20年後になると1割程度の企業しか残れないことが判明しています。つまり、企業や事業の「旬の期間」というのは、ざっくり言って十年程度だということです。

一方、先述したとおり、私たちの現役労働期間は長期化する傾向にあり、今後は多くの人が50〜60年という長い時間を現役として働くようになることが予測されています。企業や事業の「旬の期間」が短縮化する一方で、私たちの生涯における労働期間は長期化する傾向にある。これら二つの事実を掛け合わせると、非常にシンプルな示唆が得られることになります。それはつまり、今後のビジネスパーソンの多くは、仕事人生のなかで大きなドメインの変更を体験することになる、ということです。

この時、サーフィンのように「旬の事業・企業の波頭」を、うまく乗り換えていくことができる人と、波に飲まれてしまう人とのあいだでは、その人が享受できる「仕事のやりがい」や「経済的報酬」や「精神的な安定」という、総体としての「人生の豊かさ」には大きな格差が生まれてしまう。このような社会において、「独学の技術」が重要なスキルとなることは容易に想像できますね。

越境人材への要請

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