足元にあるものを見つめる

スティーブ・ジョブズは日本に訪れた際、必ず京都を訪れていたと言われています。定宿にしていたのは俵屋で、坪庭をはじめとした旅館のしつらいに異様なほどの関心を示していたそうですが、中でも彼が惹きつけられたものの一つが「焼き物」でした。

下の写真は、スティーブ・ジョブズがアップルを放逐され、ピクサーの経営に専念していた際に、京都で個展を開催していた越中瀬戸焼の作家、釋永由紀夫さんの作品に感激し、オーダーして出来上がった皿、そのものです。

スティーブ・ジョブズは皿をオーダーする際、釋永さんのスケッチに対して二つのオーダーを出しています。その二つのオーダーとは

  1. 角を丸めてください

  2. 透明感を出してください

だったそうですが、この二つのオーダーと、実際に焼き上がった皿を見て、何か思い出しませんか?そう、これです。

スティーブ・ジョブズは、つねづねアップルという会社を「リベラルアーツとテクノロジーの交差点にいる会社にしたい」と言っていました。

経営が傾いて潰れかけていたアップルを再生する起死回生の一撃になったiMacのデザインが、富山で四百年続いている焼き物工房の美意識と接続されているというのは面白いですね。

もう一つ、京都と並んで、スティーブ・ジョブズがたびたび訪れたと言われる場所があります。メトロポリタン美術館の日本美術のコーナーです。

中でもスティーブ・ジョブズのお気に入りだったのが印籠でした。スティーブ・ジョブズにとっての理想のモバイルは日本の印籠でした。かつて、未だアップルがiPhoneをつくる以前、スティーブ・ジョブズは次のように問うています。

日本は200年も前にあんなに美しいモバイル端末を作っていたのに、どうして今はあんなに醜いものしか作れないんだ?

これは私の憶測ですが、メトロポリタンに展示されている日本の印籠のうち、スティーブ・ジョブズにインスピレーションを与えたのは、これじゃなかったろうか、と思うのですね。

写真はメトロポリタン美術館収蔵の「壽字吉祥文蒔絵印籠」で、作成年代は江戸時代、18世紀の後半です。

升目に切られたグリッドに蒔絵が施されていて、それぞれの升目に漢字や紋章やイメージが描かれていますね。これはスマートフォンのタッチパネルのアイコンそのものではないか!と思うわけです。

よく「二代目iphoneの背面の黒い丸みは印籠のイメージ」と言われますけど、どうなんですかね。でもこうやって見てみると、確かに共通項はあるように思います。

確実に言えるのは、スティーブ・ジョブズがたびたびメトロポリタンの印籠のコーナーでしばし時間を過ごしていたということですから、上手の印籠は見ているはずで、であるとすれば、インスピレーションを得ていても確かにおかしくはありません。

翻って、私たち日本人はここ数十年、かつてのウォークマンのように、世界を席巻するようなデザインの製品を生み出せずに苦しんでいます。

しかし、富山県の越中瀬戸焼と江戸時代の印籠が、時価総額世界一の会社のプロダクトデザインに大きな影響を与えているということを考えてみると、自分たち日本人は実は自分たちの足元にあるとても大事なものを見つめることなく、どこか遠くにある青い鳥を探して右往左往してしまっているのじゃないか、という気になりませんか?

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