見出し画像

満月の夜に

2024年3月25日。
半影月食の満月。

月食中に振り返り、感謝したことは
天に届きやすいのだと聞いて
このところたくさん感謝することが
起こってくれているけれど
特別とても嬉しく感謝したことを
忘れないように。

先日、甥っ子の中学の卒業式に
ちょうど予定がなかったので参列してきました。

甥っ子は小学生の時から
学校に行けなくなって
それでも本人の意思や大人たちの支援もあり
普通学級以外のクラスに行く機会を得ました。
そして私も時々そこにお迎えに行ったりしてました。

ゆっくり、行ける時に・・・ということで
最後中学3年になってからは
お友達や先生方にも恵まれてほぼ毎日に近いくらいの
ペースで通えるようなっていたようです。

保育園の時から
本人の意図とは別なことに
小さな体でたくさん悩んで葛藤して
なんとかしようと、私にも相談してくれたりして
私もその時に私ができる限りのことをしたつもりでしたが
悩みの晴れない時期は長くて
「もっと何かできたのではないか」と思うこともしばしば。

でも私ができることは
本当になくて、ただ最善になることを
思うばかり。

実はこの
「もっと何かできたのではないか。」という自分の無能感は
甥っ子にだけではなく
本当にいろんなシーンでよく出てくる感覚で
そういうことじゃないよね、とわかっているけど
なかなか払拭することができない思い。

それが先日の卒業式で
10名ほどの卒業生が
(多分その中でも有志の数名が)一人一人自分の言葉で
卒業の挨拶をし
甥っ子をはじめ、いろんな理由で学校に行かれなくなったけれど
この場所で同じような境遇の子達と出会い
行けても行けなくても何があっても
いつも変わらぬ様子で迎えて、声をかけてくれ
先生方と共に過ごした時間がとても
助けになったと実感し
そして先にそこにいた先輩方が助けくれて
自分たちも先輩方がしてくれたように
後から入ってくる子たちと過ごそうとしてきたという
その言葉たちに
「私は無能でよかったんだ」と
やっとハラに落ちた感覚になって
いつもの思い癖が解けて行きました。

言葉にすると誤解も出てくるかもしれないけれど
なんでも思い通りに私ができたとしたら
多分、私が一番安心する形にコントロールしてしまっていたと思うけど
そんなことではない(そんなことはできない)し
そんなことする必要もない。と

一つ一つ時間をかけて大切なことと向き合い
学んで、繋いできたんだね
と感じさせてくれて
そんな気づき、経験をさせてくれた
一見儚げだけど、実は底力のある子供達から
私も恩恵を分け与えてもらって感謝です。

ここから先も
助け合い、尊重しあい、大事にし合える
仲間たちと出会い
素晴らしいたくさんの経験ができることを
祈っています。

おめでとう。
ありがとう。

私の誕生日と甥っ子の卒業祝いに妹がケーキを用意してくれました。


この記事が参加している募集

今月の振り返り

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?