法務省 性犯罪WGとりまとめ報告書を読んで2~「性犯罪被害者の心理」の調査結果

平成29年刑法改正の附帯決議では、「性犯罪に直面した被害者の心理等についてこれらの知見を踏まえた研修を行うこと」が求められていた。
では、法務省は、どのような知見を得たのだろうか。

法務省WGのとりまとめ報告書では、
・性犯罪被害者が相手方に対して必ずしも強い反応や行動を示すわけではないこと
・身体的抵抗より言葉による抵抗が多い傾向が見られること
・全く抵抗していない者が相当数いたこと
が挙げられた。

また、法務省WGのとりまとめ報告書は、性犯罪被害者の反応や対処行動の原因やメカニズムを
①被害の最中又は直後:周トラウマ期解離、トニック・イモビリティ(TI、擬死状態)、Tend and Befriend 反応(加害者への迎合的行動)

②被害に直面する前の心理やリスク認知:正常性バイアス、楽観主義バイアス

③被害後の精神症状:PTSD、解離

④継続的な被害にさらされた者の心理等:複雑性PTSD、性的虐待順応症候群、学習性無力と整理した。

心理学用語にピンと来ないかもしれないので、下着の中に手を入れるタイプの酷い痴漢を例に取って説明しよう。

痴漢が服の上から臀部に手を触れた時、いきなり「痴漢です!」と叫べる人は少ない。「もしかしたら、電車の揺れで手が当たっただけかも」「身体をよじって、私が気づいていると示したら、手を離してくれるかも」と思う。
この心理が、②被害に直面する前の心理やリスク認知の正常性バイアス、楽観主義バイアスである。

痴漢が下着の中に手を入れてきた時、凍り付いたように固まってしまう反応。①これが、周トラウマ性解離やトニック・イモビリティである。
痴漢によっては、被害者を見てニヤリと笑う者もいる。この時、加害者におもねるような表情をする被害者もいるが、これがTend and Befriend 反応である。

痴漢のような一過性の被害では、Tend and Befriend 反応は、ピンと来ないかもしれないが、職場で先輩から押し倒されるというセクハラに遭ったとき、なんとかなだめて怒らせないような言葉を選ぶ被害者は多いだろう。

このような酷い被害に遭った後、電車を降りてすぐ泣き出す被害者も稀である。③今あったことが信じられない、身体の感覚がなく、ぼーっとした感じ。これが解離である。

性犯罪被害者が主役となるコンテンツの金字塔「BANANA FISH」では、アッシュが、開いたままの目から涙を流して「何も感じないんだ…」というシーンがある。ショックを受けているから涙が出るのに、涙が出るときのように目の周りが力まない。涙が出るほどのショックを、「何も感じない」と認識する…アッシュはPTSDの諸症状が、キャラクターの中心要素になっている。

④継続的な被害にさらされた者の心理だけは、痴漢の例を挙げにくいのだが、要は性的虐待を受けつつけた被害者の心理状態である。

性的虐待順応症候群の最も典型的な反応は,ア秘密,イ無力感,ウ罠にはまり,順応する,エ遅れた,矛盾する,信用されない開示,オ撤回である。

また学性無力感は、何をしても状況は変わらないことを学習し,その状況から逃れる努力をしなくなることをいう。

以上のとおり、法務省WGの調査結果は、自分が被害に遭ったとして考えると、「うん、うん、そうだよね」という内容である。

しかしながら、これまで警察・検察・裁判所は、「性交が嫌なら、激しく抵抗するであろう」という「経験則」を用いて事実認定をしてきたのである。

その「経験則」が、実態にも、心理学的知見からも、なんの根拠もない「ただの思い込み」に過ぎないことが、法務省のWGの調査結果として明らかになった。これは非常に大きい。
これからは「激しく抵抗していなければ、同意だろう」という「経験則」は、「法務省WGの調査結果に反する」と言ってよいのである。


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