見出し画像

女性器に指・異物を挿入した場合に成立する犯罪に関する問題2021


 女性モデルが、宿泊先で女性に対し、同意なく女性器に手指を挿入した事件が話題になっている。
 このニュースをみて「どうして強制性交等罪ではなくて、強制わいせつ罪なの?」と驚いている人が多いので、解説する。

 平成29年7月に刑法が改正される前は、刑法177条に定める強姦罪は、加害者が男性、被害者が女性でしか成立しなかった。※1
 挿入されるものは男性器、挿入される場所は膣腔に限られていたのである。

 平成29年7月の刑法改正により、強姦罪は強制性交等罪に名前を変え、挿入される場所として、膣腔のほかに、口腔・肛門が加わった。これにより、刑法177条の被害者に男性も加わった。
 また、女性が自身の女性器に、男性器を挿入させる形でレイプすることにも強制性交等罪が成立することになった。
 結論として、刑法177条は、男女ともに加害者にも被害者にもなる可能性のある犯罪となった。

 しかしながら、改正後の強制性交等罪においても、「177条はデコをボコに入れる犯罪」という根本思想が残ったため、女性の女性に対する強制性交等罪は成立しない建付になった。あけすけに言えば、ボコとボコしかないからである。

 では、膣腔・肛門・口腔内に手指・異物などを挿入した場合は、どのようになるのか。
 刑法176条の強制わいせつ罪が成立する。

 膣腔・肛門・口腔内に入ったのが男性器か否かで、罪名が変わるほど被害者の心の傷に差があるのかという疑問を持つ人もいるだろう。
 その問題意識は正しい。実は、法務省の「性犯罪に関する刑事法検討会」でも、「強制性交等の罪の対象となる行為に,身体の一部や物を被害者の膣・肛門・口腔内に挿入する行為を含めるべきか」が議論されている。※2

 強制性交等罪・強制わいせつ罪ともに、保護法益は性的自由権である。
 性的自由権は、日本では、「誰といつどのように性的関係を持つかの自由」と説明されている。性犯罪は、「特定の人と、特定の日時場所態様で性的関係を持たない自由」が侵害される形で起こり、被害に遭うと、被害者は心に傷を負う。
 感覚的に言えば、被害者の心の傷が類型的に重いものは、法益侵害の程度も重いと考えてよい。

 法務省の上記検討会では、精神科医の小西聖子氏、臨床心理士の齋藤梓氏などの性犯罪被害者の心の傷の治療を長年行っている委員がいる。
 被害者心理の臨床の世界では、挿入された物が、男性器か否かで、心の傷の程度に差がないという認識が当然とのことである。
 というのは、そもそも被害者心理の研究において、データを集める際には、挿入された物が、男性器か否かで区分すらされていないそうだ。
 被害者の心の傷を直すことだけを考えている臨床の世界では、挿入された物が男性器か否かに関心すらないらしい。※2

 また、性暴力は、加害者が性的に満足したいという動機だけでなく、被害者に性を使った屈辱を与えたいという動機で起こることも多い。
 上記検討会第2回で、ヒアリングを受けた岡田実穂氏が提出資料のうち、資料1には、手指・舌といった身体の一部のほか、「割り箸、木の棒、鉄パイプ、バイブ、ペン、電球、食物等、カッター、銃など」が挿入される例が挙がっている。
 果たして、挿入されたのが男性器でないから、心の傷が軽い、すなわち法益侵害の程度が軽微と言ってよいのかと、心から思う。

 加えて、女性器だから、挿入することができないというのは、視野が非常に狭い。インターセックスの人の中には、名称上女性器だが挿入が可能な形状の性器を持つ人がいる。
 詳しくは、上記検討会第2回で、岡田実穂氏が、説明していらっしゃるのでご一読願いたいが、結論だけ言えば、男性ならデコ、女性ならボコという程度の認識では、いけないのである。

 では、強制性交等罪と、強制わいせつ罪は、罪名以外にどのような差があるのか。

 まず、法定刑である。
 強制性交等罪の法定刑が懲役5年以上20年以下であるのに対し、強制わいせつ罪だと懲役6月以上10年以下と大きな隔たりがある。

 基本的に、被害者ひとりの初犯であると、実務上は、法定刑の下限を軸に量刑を考える。
 強制わいせつ罪の下限は6月であるから、被害者ひとりの初犯は、基本的に逮捕されず在宅事件として開始する。
 冒頭のモデルが「書類送検」と報道されているのに驚いている人も多いが、被害者ひとりの初犯は、ほとんどが在宅事件である。

 もちろん「強制わいせつの法定刑にも、懲役6月以上10年以下の幅があるので、悪質な事件は、同罪の法定刑の中で重めにすればよい」と考える人もいるかもしれない。
 被害者1人なら、その考えも、「アリ」かもしれない。
 しかし、被害者複数の場合に、強制性交等罪と強制わいせつ罪の差はビビッドに出る。
 被害者2人以上の性犯罪は、併合罪となり、被害者1人の場合の法定刑の上限に、その0.5倍した年数を足したものが、法定刑の上限となる。
 被害者2人以上の強制性交等罪は懲役5年から30年となり、被害者2人以上の強制わいせつ罪は懲役6月から15年となる。

 また、公訴時効が、強制性交等罪は10年、強制わいせつ罪なら7年と、ここにも差がある。

 被害者の心の傷、すなわち法益侵害の程度に、そこまでの差はなかろう。

 法務省の上記検討会の議事録を丹念に読んでいくと、手指・異物挿入も、男性器の挿入と、法益侵害の程度に、そこまでの差はないという雰囲気で議論が進んでいる。
 ただし、手指・異物挿入をも強制性交等罪として扱う場合は、口腔への挿入は強制性交等罪の対象から外す雰囲気である。
 というのも、強制性交等罪として扱うからには、今までの強制性交等罪と同程度に法益侵害がなければならない。
 膣腔・肛門に対して手指異物を挿入する場合は、性的な意図が明白であり、処罰の必要性も高いが、口腔に挿入する場合は、類型的に性的意図が明白とまでは言えないからである。

 以上が、女性器に指・異物を挿入した場合の法的問題である。
 「2021年1月現在では強制わいせつ罪が成立するよ」「この結論に違和感をもった人は、法務省の性犯罪に関する刑事法検討会の議事録を読んでね」、そして「時代は変わるかもしれないよ」というお話である。
 今年もよろしくお願いします。

※1 実行犯に限る話。女性が、男性と共同して、男性に女性をレイプさせる形で女性が強姦罪の共同正犯になることはできた。

※2 第5回検討会、配布資料12「性犯罪に関する刑事法検討会 検討すべき論点」第1.5


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?