性犯罪被害者の氏名を起訴状に記載することの議論の最新の状況

刑事訴訟法256条1項により、検察官が公訴を提起するには、起訴状を裁判所に提出しなければならない。

起訴状には、公訴事実を書かなければならないのだが、刑訴法256条3項により、その際には、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。

かつて起訴状には、被害者の氏名を書かなければならず、これが性犯罪被害者が告訴を躊躇する原因となっていた。見ず知らずの人間から性犯罪被害に遭っただけでも辛いのに、わざわざ自分の氏名を伝えることを望む被害者などいない。

ある検察官が、刑訴法256条3項の「できる限り」の意味に幅があることに注目し、被害者の氏名を秘匿する形で起訴状を作り、これが認められた。

平成25年あたりから、被害者の氏名の一部をひらがなで書いたり、被害者の親の氏名を書いたり、被害者の事件当時の人相着衣などを書いたりして被害者の特定を試みた起訴状が、次々と現れた。

ところが、平成28年6月30日、福岡高裁宮崎支部は、このような起訴状は「できる限り」の特定ができたものではないと、原判決を破棄した。

これにより、検察官に揺り戻しが生じた。

強制性交等罪・準強制性交等罪・強制わいせつ罪・準強制わいせつ罪・児童福祉法違反・青少年健全育成条例違反、迷惑防止条例違反において、被害者の氏名を記載しないで起訴してほしいと検事に要望したが、認められなかった。

被害者がどうしても氏名を知られたくないと頑張った場合は、検事に「今のうちに示談してください」と不起訴前提のお願いをされた。

ところで、訴因の特定を「できる限り」しなければならない原因は、被告人の防御のためである。しかし、被告人が被害者の本名を知らず、たとえばSNS上のアカウント名や、仕事の源氏名しか知らない場合もある。これらの名前で特定しても、被告人は困らないはずなのである。(証人尋問の可能性があるので、弁護人は本名を知る必要はあるとして。)

平成28年6月3日に公布された改正刑事訴訟法の附則第9条3項は、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示、起訴状等における被害者の氏名の秘匿に係る措置、証人等の刑事手続外における保護に係る措置等について検討を行うものとする。」とした。

また、平成29年刑法改正の附帯決議では「…起訴状等における被害者の氏名の秘匿に係る措置についての検討を行うに際しては,性犯罪に係る刑事事件の捜査及び公判の実情や,被害者の再被害のおそれに配慮すべきであるとの指摘をも踏まえて検討を行うこと。」ともされた。

平成29年3月から、最高裁判所、日本弁護士連合会,警察庁及び法務省・検察庁の担当者を構成員とする「刑事手続に関する協議会」が行われている。

協議会の議事録は公開されていないが、法務省の性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループとりまとめ報告書によれば、起訴状等における被害者の氏名秘匿については、令和元年12月までの間に、計6回、協議・意見交換が行われたことがわかる。

性犯罪に関する刑事法検討会でも、7月27日(第4回)の論点整理において、起訴状に被害者氏名を記載することの問題に触れられているが、前掲の「刑事手続に関する協議会」の議論が進んでいることから、その協議会で議論することが適切であろうと切り分けをしたそうだ。

以上が、令和2年8月19日現在の、起訴状に被害者氏名を記載することに関する議論の最新の状況である。

被害者保護も、被告人の防御もともに重要な利益であるので、検察官・裁判官が個別に判断するのにも限界がある。早急に統一的な基準が策定されるよう切に望む。



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