化石の通達とレイプ被害者

母体保護法14条1項2号には、「暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠した」場合は、人工妊娠中絶を行うことができる旨の定めがある。

母体保護法14条1項の文言上は、本人及び配偶者の同意を得ることが必要となっている。
本人が未婚の場合は、本人の同意だけで手術することが、法律上可能である。

しかしながら、指定医は、レイプの場合であっても加害者の同意を得よと要求することが一般である。しかも、加害者の名前を、同意書の配偶者欄に書かせる。
また、日本医師会の講習では、レイプの確認を、起訴状・判決文で行うよう話している。

加害者の同意を要求すること自体、セカンドレイプと言ってよい。
また、被害者に起訴状は交付されないのがほとんどであるし、判決まで待ったら中絶可能な週数を超える。「起訴状・判決文を持ってきたら手術をする」というのは、「蓬莱の玉の枝を持ってきたら結婚する」と同義であり、要は「NO」である。

指定医がここまで慎重になるのには、訳がある。
厚生労働省が平成8年9月25日に出した「母体保護法の施行について」という通達は、母体保護法14条1項2号について、次のことを「配慮されたい」と書いているのだ。

「法第14条第1項第2号の『暴行若しくは脅迫』とは、必ずしも有形的な暴力行為による場合だけをいうものではないこと。ただし、この認定は相当厳格に行う必要があり、いやしくもいわゆる和姦によって妊娠した者が、この規定に便乗して人工妊娠中絶を行うことがないよう十分指導されたいこと。
なお、本号と刑法の強姦罪の構成要件は、おおむねその範囲を同じくする。ただし、本号の場合は必ずしも姦淫者について強姦罪の成立することを必要とするものではないから、責任無能力等の理由でその者が処罰されない場合でも本号が適用される場合があること。」

あまりにも前時代的な文体ので、優生保護法にさかのぼって調べてみたところ、母体保護法14条1項2号の規定は、優生保護法14条1項5号がそのまま残ったものであった。
そして、上記の通達は、昭和28年6月12日に厚生省が出した通達「優生保護法の施行について」そのままであった(厚生省発衛第150号)。

優生保護法は、昭和23年に国民優生法から改められたものである。
前年の昭和22年に日本国憲法が施行され、男女の平等が憲法上の権利となり、同日戸主制度が廃止されるまでは、結婚により女性は無能力者となっていた。
その空気は、昭和23年にも色濃く残っていたであろう。

当時は、刑法177条の強姦罪の暴行脅迫の意義も明確ではなく、昭和24年の最高裁判決によって、「著しく被害者の抗拒を著しく困難ならしめる程度のもので足りる」と定義された。
「足りる」とあることから推察できるように、これは強盗罪の暴行脅迫よりは軽く、当時は、性犯罪被害者に配慮したものという感覚があったものと思われる

当時の厚労省の役人を責めようとは思わない。

しかしながら、昭和28年といえば、朝鮮戦争特需の復興に浮かれる気分の中、毎年100万件の妊娠中絶手術が行われていた時代である。今の5倍以上だ。

藤山一郎が「東京ラプソディ」で紅白に出場し、朝ドラの「エール!」のような明るい面は確かにあったが、同時に「砂の器」で「犯人が消そうとした過去」の面もあった。

その時代の通達を、今「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を政府が打ち出し、「性犯罪・性暴力対策強化のための関係府省会議」が開かれている現在なお維持する合理性はないだろう。

化石の通達を維持する今この瞬間にもレイプ被害者は出る。
早急に現代にあった通達を出すべきであり、法改正も視野に入れるべきである。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?