「被害者の落度」という要素の最前線

強制性交等罪の成立を否定する要素として「被害者の同意」がある。
強制性交等罪の否認事件に多いのが、「性交したことは認めるが、被害者の同意があった」というパターンである。
被害者の同意の存在が否定された後は「被害者の同意があったと誤信したから故意がない」というパターンになる。
現在、裁判所は、2人きりで店でお酒を飲んだ、ナンパに応じたというレベルの行為を「被害者の同意」とは扱わない。強制性交等罪は成立する。

犯罪が成立した後、刑の重さを左右するのが、情状事実である。
犯行動機・犯行態様などの情状事実が、量刑に大きく影響を与えることは、通り魔殺人と介護疲れ殺人を考えればわかるだろう。

強制性交等罪の場合、情状事実として「被害者の落度」が主張されることが多い。
「本番なし、生着替えサービスつきでパンツを売る約束で、ラブホテルに入った」ような事案では、強制性交等罪が成立しても刑は軽くなる。

では、先程挙げた、2人きりで店で飲酒に応じた、ナンパに応じたというレベルはどうか。
結論として、裁判所は、ここ10年ほどは、このレベルを「被害者の落度」として扱わず、刑の重さに影響しなくなった。
裁判員裁判が始まってから、判決文が短くなった影響もあり、上記レベルなら、裁判所は判決文で検討することすらしない。
という状況で実務が定着していた。

平成29年7月、刑法が改正され、強制性交等罪の法定刑の下限が5年になり、2年分増えた。
この改正は、従前は性犯罪の刑が軽すぎたので重くするという目的でなされたので、改正前と、動機・犯行に至る経緯、犯行態様のほか、被害弁償の有無や額が従前どおりであったら、改正後は、単純に言えば2年ほど重くなる。
そうすると、改正前は執行猶予がついたようなケースでも、ガンガン実刑判決が出る。当然、控訴が増える。控訴審で、被告人は、自身に有利そうな情状事実を、当たるを幸い主張する。
このため、控訴審は「被害者の落度」の主張ブームが再燃している。

もちろん、2人で店での飲酒に応じた、ナンパに応じレベルでは、控訴審の判決にも影響しない。

問題は「被害者の落度」の主張が、被害者の心理状況に与える影響である。
性犯罪被害者は、ほとんどがPTSDなどのトラウマ反応が出ている。
その症状として「自責感」がある。自分がもっとしっかりしていたら犯罪に遭うのを避けられたのではないか、自分が悪い、という気持ちが非常に強い。冷静に考えれば、我々は戦場で生きているのではない。普段の生活ではスキだらけで当たり前だ。しかし、理屈では拭えない自責感に、被害者は苦しめられている。
地裁判決で症状が落ち着いたタイミングで、控訴審で「被害者の落度」の主張にさらされることは、この自責感を再燃させる。

改正後の量刑感覚は、多くの弁護人には、まだ定着していない。控訴審での「被害者の落度」ブームは続くだろう。
被害者は、自身の回復のために、控訴審で被害者参加して被告人質問をし、292-2の意見陳述をした方が良いと私は思う。
裁判所と検察官は、「被害者の落度」ブームを相手にしていないので、これを肌で実感することができる。そうすれば、被害者も「この自責は要らない」と理解することができ、気持ちを軽くしてもらえるのではなかろうか。


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