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高校物理「落体の運動」の解法に対する一提案

高校の物理や物理基礎では、「力学」すなわち「物体の運動」について最初に扱うことが多いようです。結構前に、学習指導要領の改訂によって「電磁気」が最初になったときはとてもビックリしましたが、いまではまた元に戻っているようです。

物理学の魅力

ところで、「物理」はその名の通り「もの(物)のことわり(理)」であり、「倫理」(こちらは人道のことわりでしょうか)と双璧を成す学問領域だと勝手に私は思っていますが、その物理学の魅力は何でしょうか。もちろん、ひとによってさまざまな魅力を物理学に感じ取るでしょうし、なかにはまったく魅力的に思わない人もいると思います。個人的には、「なるべく多くのことを、なるべく少ない法則から説明する」のが物理学の魅力だと感じています。

たくさんあるように見えるルールを、なるべく少ない法則でまとめていくとどうなるか。物理学の根底にはそんな精神が生きています。自然界に存在する電磁気力、弱い(核)力、強い(核)力、そして重力を、たったひとつの理論で説明できないだろうか…… そんな万物の理論(Theory of Everything)を追い求める物理学の営みは、まさにそうした精神の現れでしょう。

高校物理における「落体の運動」の扱われ方

なのに、物理学の入口である高校物理の、そのまた入口である落体の運動(その昔、大砲の弾道を予測するところから物理学が始まった…… という説もあるようです)についての単元で、教科書ではなんと「自由落下」「鉛直投げ上げ」「鉛直投げ下ろし」「斜方投射」といった落下のいくつかのパターンについて、それぞれの説明があり、そしてさらに驚くことに、それらについて別々の(少なくとも物理の初学者にはそう見える)公式が提示されているのです。「なるべく多くのことを、なるべく少ない法則から説明する」ところに物理の魅力を感じている私からすれば、これは言語道断です。物理が物理でないものにされてしまっているような感じさえします。

比較的単純な問題から教えて、徐々に複雑な問題にしていくという教育的配慮のために、このようなことになってしまっているのかもしれません。ですが、やっぱり個人的にはこれは許せません。どんな問題に対しても、このやり方なら物体の運動についての問題は解くことができる…… そんなやり方を教えてあげる方がよっぽど物理学そのもののアプローチというか、前述した精神に近いように個人的には思われます。

私の教える「落体の運動」の解法

じゃあ、私はどう教えているのか。物理を履修したことがない人や、物理を苦手としている人に対して物理を教えることが多かったという経験も手伝って、次のような表を用いた解法を教えるようにしています。

3 行 4 列の表を作り(いまは説明のために 4 行 4 列の表にしています。実際に使うときには「次元 1 2 3」と書いてある行は書かなくてよいです)、1 行目を「加速度」、2 行目を「速度」、3 行目を「位置」についての行ということにします。「×」が書いてあるマスは使いません。「加速度」は 1 マス、「速度」は 2 マス、「位置」は 3 マス使用します。さて、これで問題を解くための下準備が整いました。ここからは、実際の高校物理の問題を解きながら、この表の使い方を説明していきましょう。

問題
高さ 14.7 m の建物の屋上から、初速度 9.8 m/s でボールを真上に投げ上げた。ボールは最高点まで上昇した後、建物のわきを通って地面に落下した。ボールが最高点に達するのは投げ上げたときから何秒後か。また、最高点の高さは地面から何 m か。ただし、重力加速度の大きさは 9.8 m/s² とする。

まずは、問題で提示されている情報を使って、表を埋めていきます。表はたいてい、左上から右下へと埋めていきます。最初は加速度です。加速度は 1 マスあります。この 1 マスには何と書き入れればよいでしょうか。問題で「加速度」と書いてあるのは、最後の「重力加速度の大きさは 9.8 m/s² とする」のところだけです。「初速度」は音の響きとしては「加速度」と似ているかもしれませんが、これは加速度ではありません。「初速度」とは、「最の瞬間の速度」のことなので、あとで「速度」のマスを埋めるときに使います。

というわけで、加速度のマスには「9.8」と書き入れればよさそうですが、実は違います。「向き」に気をつけなければなりません。高校物理では、最初から下にしか運動しない場合には、下向きを「+」として、上下の両方向への運動がある場合には上向きを「+」下向きを「−」として設定するようです。確かに、計算ミスを起こしやすい「−」がなるべくでてこないようにするという意味ではその方がよいかもしれません。しかし、場当たり的で、「なるべく少ない法則で」の精神に背いています。そこで、私は「いつでも上が+、下が−」と固定するようにしています。「+」も省略せずにマスに書き入れます。こうすることで、「向き」に注意を向けやすくなります。重力加速度はもちろん鉛直下向き(物体は地面に向かって下向きに引っ張られる)ですから、加速度のマスには「-9.8」と書き入れます。

次は速度です。速度は 2 マスあります。左のマスはすぐに埋められます。この表は、同じ列のマスを埋める場合、すぐ上のマスの値を「 t で積分」した値を書き入れます。「積分」について分からない人は、数学できちんと積分を勉強してください…… と言いたいところですが、少なくともこの表に関係する範囲だけで言えば、「 t がなければ t を掛ける、t があれば半分にしてさらに t を掛ける」と覚えておいてください。速度の 1 マス目のすぐ上には、加速度の「-9.8」が入っています。ですから、その値を t で積分(-9.8には t がないので、t を掛ける)して、「-9.8t」が速度の 1 マス目の値です。

速度の 2 マス目には何を入れればよいでしょうか。ここは「ハンデ」のマスです。「ハンデ」とは、ハンディキャップ(handicap)の略で、スポーツやゲームなどで対戦者間に大きな実力差がある場合に、その差を調整するために事前に設けられるものです。そんな「ハンデ」がこの問題にあるでしょうか。あるんです。速度についてのハンデ、それがさきほど少し触れた「初速度」です。最初の瞬間に「速度 0 」ではなく、速度があります。最初からかなりの速さで動いているのです。これがスポーツなどの「ハンデ」に似ているので、私はそう呼ぶことにしています。あとは向きを考えましょう。この問題での初速度の向きは、真上に投げ上げているわけですから、+です。というわけで、速度の 2 マス目は「+9.8」です。

ここまででこの表の使い方の説明は終わりです。え、位置がまだ残ってるって? 大丈夫。速度についての説明ですべて説明し尽くしました。位置の 1 マス目はすぐ上のマスが埋まっているので、その値を t で積分( t があるので、半分にしてさらに t を掛ける)して「-4.9 t²」、位置の 2 マス目はすぐ上のマスが埋まっているので、その値を t で積分( t がないので、t を掛ける)して、「+9.8 t」、そして位置の 3 マス目は「ハンデ」マスなので、最初の瞬間の位置についてのハンデがないかどうかを考えます。この問題では、地面が高さの基準(すなわち高さ 0 m は地面の高さ)になっているとしましょう。とすると、ボールは最初の瞬間( 0 秒の瞬間)に地面の高さにないとすれば、それが「ハンデ」です。どうでしょうか。ボールはハンデをもらっていますよね。最初の瞬間から 14.7 m 高い建物の屋上にいるじゃないですか。あとは向きを考えると上なので+、よって「+14.7」と書き入れます。

表の完成です。「我思う、故に我あり」という言葉を残したフランスの数学者・哲学者ルネ・デカルトは、「困難は分割せよ」という言葉も残しています。まさにこの表は困難を分割しています。一度にひとつのこと(ひとマス)だけを考えればよいですし、何をすればよいのかまったく見当がつかないということもありません。空いているマスがあれば、そこを埋めればよいのです。何が分からなくて何が分かっているのか、必要な情報を問題文から読み取るのにも表は役立っています。

表が完成してしまえば、ほとんど問題は解けたようなものです。もちろん、それは言い過ぎですが、あとはちゃんと式を立てて、その式をちゃんと解いてあげれば答えが得られます。まずは「ボールが最高点に達するのは投げ上げたときから何秒後か」という問いから答えてみましょう。「この表には秒数なんて入っていないじゃないか!」という声がもしかしたら上がっているかもしれません。きちんと説明してませんでしたね。この表にも秒数が入っています。それが「 t 」です。こっそり積分の操作で組み込まれた「 t 」が時間、すなわち秒数を表す文字です。だから、何秒後かが知りたければこの t を求めればよいことになります。ここでの問題は、どういう式を立てればその t を求めるための式になるのかということです。ここがこの問題で一番難しいところでしょう。さきに言ってしまえば、「速度が 0 になるという式を立てる」というのが答えです。ボールが最高点に達するときというのは、実はボールが一瞬止まる瞬間(その直前まで上昇していて、その直後から下降するから)なのです。「止まる」というのは、「速度が 0 になる」ということを言い換えているだけなので、速度についての式を立て、それが「 0 になる」、すなわち「 = 0 」としてやればよい、ということになります。はて、速度の式ってどうやって立てるのだろう。それは速度のマスを見れば書いてあります。速度のマスには「-9.8 t」と「+9.8」が入っています。これらを単純につなげれば速度の式の完成です。よって、ここで立てるべき式は「-9.8 t +9.8 = 0」となります。これを解くと「 t = 1 」となり、1 秒後にボールは最高点に到達することが分かります。

いよいよ最後です。今度は「最高点の高さは地面から何 m か」という問いを考えてみましょう。今度は位置が問題です。速度の式を立てたときと同じように、位置の式が立てられますか? 位置の式は「-4.9 t²+9.8 t+14.7」です。きちんと立てられたでしょうか。あれッ? でも、これじゃ解けない…… t のままじゃ答えにならない…… 大丈夫です。さっき求めたじゃないですか。いま尋ねられているのは「最高点の高さ」です。t に秒数を代入すれば、その秒数のときの位置が求められるのがいま立てた「位置の式」です。最高点に到達するのは何秒後でしたっけ。1 秒後でしたね。だから、「-4.9 t² +9.8 t +14.7」の t に 1 を代入してやればいいんです。そうすると、めでたく「+19.6」、すなわち最高点は地面から 19.6 m の高さという答えにたどり着けます。

まとめ

 かなり詳しく(もしかしたらクドいほどに)説明してきました。落体の運動のうち、今回は鉛直投げ上げに分類される問題を例に説明しましたが、この表の使い方は他の落体の運動でもまったく同じです。斜方投射では物体が斜めに動くことになりますが、物理では斜め方向の運動を縦方向と横方向に分解して考えることが多いです。表による解法も同様に、縦方向の運動についてまとめるための表と、横方向の運動についてまとめるための表、合計 2 枚の表を使用することになります。枚数は増えますが、やることは基本的には変わりません。教科書に載っているたくさんの公式を覚えるのが面倒くさい、どうにかして全部同じ方法で解けないだろうか…… そう考えている人は、ぜひ試してみてくださいね。  

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