【初稿】第一回ショートショート落語『隙間猫』作・洛田二十日 演・立川かしめ

猫を飼っている人なら知っているかもしれませんが
本当、信じられないくらい細い隙間からでも入ってくるもの。あんまりに自由に隙間を出入りするもんだから「猫液体説」なんてものも浮上しているみたいで。令和の今だってそうなんですから江戸のボロ長屋なんてまあ隙間だらけ。さぞ野良猫の侵入に困っていたようで。

さて、ある日のこと大工の八五郎という男が朝から何やら急いでおりました。

八「ったくこれだから独り身ってぇのは困るねぇ。誰も起こしちゃくれねんだから……仕事に遅れちまうよ。しょうがないね、いつもの道で行ったら間に合わないよ。どうするかな…、そうだ、ここはひとつこの堀の隙間から…っと。うわっ…。イヤだね。ここに出んのか、話に聞いてた猫屋敷じゃねえか。全くどこの町内ぇにも必ず一つはあるんだよなあ、猫の佃煮にだよこりゃ、もう猫が湧いているとしか思えねえような家だね。もっと猫は大事にしてやらねえと……なんて独り言言っているうちにほら、ついたよ、どうも親方、おはようさんでござんす。へえ?寝坊だと思った?何を言ってんですか、お天道様の顔見て起きて、お月さんの顔見る前に眠ってるような男が寝坊なんかするわけないでしょう?ただの二度寝ですよ二度寝。痛い。何も殴るこたぁないでしょ」


八「なぁんて…それが三日も前のこった。んな話をしていた俺がまさかお天道さまの光を自分で塞いじまってるとはなあ(格子窓に目張りしている)」

大家「(木戸を叩く)おい八、八っつぁん!ちょいと開けとくれよ、一体全体、どうしたっていうんだい?こんなにもまあ目張りして。おい、顔の一つもだしたらどうだい」

八「(玄関の戸の隙間をそっと覗く)…おめぇ、本当に大家か?」
大「大家だよ。この声を忘れたってぇのかい?」
八「本当だな、猫じゃねえんだな?」
大「猫じゃあないよ、話が出来てんだから」
八「話ができる猫じゃあねぇだろうな」
大「顔見りゃわかるだろ、あたしだよあたし。全く訳を聞こうじゃないか、上がらせてもらうよ」
八「ああっと、すぐ閉めてすぐ閉めて。(八、再び目張り)」
大「こらどうもただ事じゃないね。いったいどうしたんだい?」
八「へえそれがね、猫が出たんですよ」
大「猫くらいでらぁな」
八「そうじゃねんで、家ん中で猫が出たんですよ」
大「家ん中で?だからなんだってんだぃ」
八「あっしもハナそう思ってた、猫一匹くれぇってね、始まりはあらこないだの夜更けだ、枕元に猫が出た…なんだよ、野良猫かよ。人が気持ちよく寝ているってのに。あっちへ行きな、ってんでね、あの玄関とこの隙間だよ、全くやだね、あちこちガタがきてやがんだ、ボロ長屋め、クソ大家に言わなきゃならねぇとね」
大「誰に言ってんだ誰に」
八「いや大家さんに言ったわけじゃあねえやな、昨日のあっしが言っただけ、独り言独り言」
大「今はひとりじゃないんだよ全く、それで」
八「さて、やっと寝れらってんで布団にゴロリっ転がった途端に…「ニャア」…ゆっくり振り返るってぇとまた猫だ。またかよ。一体どこから入ぇったんだ…(キョロキョロ)ははあ、この隙間だな?へっついの裏のここ?お前、握りこぶしも入んねえぞ…帰りな。ほら。…それからもね、朝に夜にひっきりなしに猫が入ぇって来やがる、もう三日だ、明日は朝からまた大事な現場なんだよ!寝つきが悪いったらありゃしねえ!どうなってんだこのクソ大家クソ!」

大「とうとう言ったね。クソであたしを挟むなよ、しかし怒んのも道理だ、そら悪かった、だからこんなぴっちり目張りしていたと。しかし困ったねえ。他の店子からはこんな猫が入って来るなんてことは聞いてないんだよ。お前さん、相当猫を吸い寄せる何かを持っているに違いないよ。猫招きだ」

八「まねき猫なら金になりますがね、猫招いたって、うるさいんだってんだ畜生。とにかくね今日という今日は奴らを締め出して、ぐっすり眠ってやるんだ、さっさと出てけこのクソ畜生大家」

大「おい待ちな、ああ、何も私まで締め出すこたないじゃないか、ちょっと強引だね。…全く私が外に出た途端にもう目張りを始めたよ…」

八「これで、…よしっと。…しかし驚いたね。隙間が全く無くなると、日がくれたかどうかもわかんねぇ。わかんねぇならいいな、決めちまえば、そうだそうだ、こんちくしょう、こらあ、暮れたね、暮れたね、おおい!暮れた!じゃあ、寝るからな、寝るからな、おおい!寝るからな!?(聞き耳をたてる)…畜生、この場合、俺はなんと言って欲しかったんだろう。どうにも調子が狂うな、もういいや、寝ちまおう…」

せんべい布団にゴロッと横になった途端に
(口を閉じたまま「ナーオ」)

八「(ゆっくり振り返る)……ねこの声!なんで?!おいおいおいおい、お前だよお前!どこから入ってきた!壁や天井の隙間なんかねぇ。床板も二重ばりで、土間も今じゃただの壁だよおい。どう考えても入ってこれねぇ。その証拠にさっきから物音一つ聞こえやしねぇんだが。なのに…どうなってんだよ!?」
(猫を見つけた)

八「畜生が!ホントの意味での畜生が!おいおいまだ隙間が残っていたってか?(ナーオ)んな馬鹿な…増えた!しかも箪笥と箪笥の隙間から出てきたよ。そんなはずはない。ここは何度も何度も板で打ち付けて、自分でも引いてるんだ。」

八「違う…これ、外から来たんじゃねえ。隙間だ。隙間そのものから猫が生まれてやがんだ。そうに違ぇねぇ!どういうことだ。俺が猫まねきだからか?何だ猫招きって、馬鹿なこと言うな。落ち着け。落ち着け、ええと、そうだ、隙間だ。隙間をなくせ、箪笥と箪笥の間を離せば…(よっと)
ほら、これで隙間がなくなった(ナーオ)……いるよ」

八「箪笥と箪笥を引離すために壁側に近づけたら、今度は箪笥と壁の隙間から出てきやがった…。知らなかったよ。猫ってぇなぁ母猫の腹から生まれるもんだとばかり思っていたが、こいつら、違うんだ。人間様の家の隙間から生まれて来やがんだ。ゴキブリかこいつは。といってもどこの誰の家でもってわけじゃねえ。この家が、この俺が選ばれちまったんだ。にゃあにゃあにゃあにゃあ…見ろよ、猫の確変だ。よく見りゃかまどと壁の間からも子猫が湧いてら。こらダメだ。あるもん一度、全て真ん中に集めて…これでどうだあ!畜生!今度は俺と壁の隙間から猫が生まれやがった!おい猫!でてけでてけ!ああそうか目張りをしてるから出ていくこともできねえのか畜生が!」

格闘むなしく、隙間が生まれれば猫は増えるばかり。
とうとう一睡もできぬまま仕事へと行かねばならなくなりました。

八「ん?はあ、親方。こらあどうも。へ?カンナが逆さま?こらどうも景気が良いもんで。痛い痛い!何も殴ることないじゃないですか。ったく、こちとら一晩中猫に悩まされてたもんだから頭がフラフラするよまったく。幻まで見えてきた。目の前に猫がいるように見える(ナーオ)…違うよ、これ、いるよ。猫が。嘘だろ……一体どこから?また隙間から?そんなバカな。一体いつ?ええ?カンナを持つだろ?木材に近づけるだろ?(ナーオ)ニャーオだろ?カンナを木材に滑らせるだろ?…ん?今、なんかあったな。ええと、カンナを持つだろ?木材に近づけるだろ?(ナーオ)ニャーオだろ?いや、これだよ!原因は家じゃねえ!俺だ!俺が隙間を作ったら猫が出てきやがった!おい!じゃれるな!かつぶしじゃねえぞ!かんなの削りくずだよ!」

八「全くこのままじゃ仕事にならねえし、すみません!親方!いや、連れてきたんじゃねんすよ、あよ、ちょいとお先に一休みさせてもらいますんで!ああもう、飯食いながら考えねえと(握り飯を掴む)あんぐ(ナーオ)…口から猫吐いちまったよ…どういうことだ…そうか、隙間だ。上唇と下唇の隙間から猫が生じたんだ……待て待て待て奥歯に何か挟まってら。(そっと取り出す高くナーオ)ちッせぇ猫だ(ナーオ)。口大きく開けてねぇと猫が出てくる、こらもうダメだ。家に帰ぇるしかねえ。親方!親方!あっと、そこで立ち止まってくださいね。いい感じの隙間が生まれちまうと神様の発注を増やしちまうことになるんで。え?口?ちょいとわけありでね、その、あの、なんですかね、あっしぁこの仕事辞めます!理由は正直に話せば話すほどおとぎの国へむかっちまうんで…その、なんというか、とにかくさいなら!」

 いうが早いが仕事も放って、一目散に駆け出した八五郎。

八「(腕ふるたびにナーオ、立ち止まる)ちくしょう。走れば脇から猫がにゃんにゃん飛び出してきやがるし、その生まれたばかりの猫と猫の間からもまた猫が生まれて……カーッペッッペ!(ナーオ)あーもう!喉に猫が詰まる!着物の裾から猫が溢れる!歩くのに脚を上げると、(ナーオ)草履と地面の間から猫が生まれる!なんでか黒猫ばっかり!往来の縁起を著しく悪くしちゃって!どうにもすみません!あと助けてくれ!(ナーオ)あがが。(トランプ出すみたいにナーオ)よし、あ、待って…。お足おいてどっかいきやがった。見せもんじゃねぇ!くそ、どうする?どうすりゃいい?クソ大家に言ってもしょうがねえし……ええと、えええと………(ナーオ)なんだよおい、頭から猫が湧いたよ…ははあん、言葉と言葉の隙間から猫が生まれたってか!もうどうすることもできねえや!しらんしらん!どうにでもなれ!(いろんな仕草+ナーオ)ああ、たくさん出るなおい、お、ここは、丁度いいや、(脇を開け締め「ナーオ、ナナナナナナナ」)よし、いけ、へへ、これで魚かつも終わりだな、魚全部持ってかれてやがる、へへへへへ、笑ってる場合じゃあねえ、ああ!これからどうしよう」

…こうして八五郎、なすすべのなく、以来すっかり長屋へと引きこもってしまったようで。大家がどんなに呼びかけようが音沙汰なし。ただただ猫の鳴き声が中からするばかり。さて、そこへ通りかかったのが大工の熊五郎という男。

熊「……大工の仕事に遅れまう。しょうがないね、ここはひとつこの塀の隙間から…っと。…イヤだね。ここに出んだよ、話によく聞く猫屋敷じゃねえか。」(了)

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