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変容する世界、情の時代。-あいちトリエンナーレ-

どうしても自分の目で見てみたくて、あいちトリエンナーレに行った。
話題になっていた「表現の不自由展・その後」は、数多くのプログラムのうちのコンテンツの1つ。不自由展の展示中止を受けて、他の作品も見られなくなったり、展示内容が変わったりしていた。もう見られなくなった作品の数々を、展示室入口に残されたキャプションから想いを馳せる。


私は芸術家ではないけれど、文化芸術に触れることは、「わけのわからないものに出会う」経験をすることだと思っている。
わけのわからないものは怖い。だから勉強したりして分かろうとする。
大人になったら、わけのわからないものを回避する方法もたくさん覚えるので、世の中の大部分はわからないものでできているのに、わからなくても毎日は生きていける。

あいちトリエンナーレの作品の中には、一見すると芸術なのか分からないようなものもある。そんな時、キャプションを読んで作品の作られた意図を考える。その作者のことを分かろうとする。

大人になればなるほど日々は単調で、なんだこれは?と普段感じる機会が減るからこそ、わからないものをわかろうとする試みの中に、新鮮な驚きと楽しさがある。



文化行政とは何だろうかと思う。
この国の法律では、文化芸術の振興のための施策を国や自治体が実施することが定められている。

文化芸術が豊かであるということは、人々が未知のものに対して限りなく「なんだこれは?」と問い続けることを許し、困難な課題があっても、絶えず考え続け、前進することができるということだと思う。

文化行政は、その環境を整備し、支えていく必要があると思う。

いま、社会の色々なことが変容しようとしている。それは大なり小なり自分のことも含めて。不安も大きいけど、それでも考えることをやめないでいたいのです。

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