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アンナミラーズを知ってから店に行くまで30年かかった男の話

レストランチェーン、アンナミラーズが無くなってしまうと話題だ。

ご存じの方も多いと思うが、アンナミラーズはいわゆるファミレスのはしりとも言える店であり、特徴的な制服で知られている。東京近郊の方は利用したことがある人も多いはずだ。


私がはじめてアンナミラーズを知ったのは小学生の頃。知ったと言ってもお店に行ったわけではない、読んでいた雑誌に『アンミラ風の衣装デザイン』との記載があり、アンミラってなんだろうと思ったのがはじまりである。

今でこそそれがアンナミラーズの略称ということは理解できるが、当時私が住んでいた北海道にアンナミラーズは出店しておらず、その存在自体を認識していなかった。一体何なんだアンミラって、なんで当然みたいにアンミラ風って紹介されているんだ、アンキモみたいなものだろうか、いやアンキモ風の衣装なんて気持ち悪すぎるだろ魚の内臓だぞ正気かよ、少年の心は大いに悩んだ。

web検索など身近に無かった時代、国語辞典を調べても載っていなかったため、たまらず母親に聞いてみた。しかし得られたのはわからないという回答と困惑気味の表情だった。大人でもわからないほど難しい言葉なのか……いやこれは違う。私は察した、きっとこれはエッチな言葉なんだ、これ以上立ち入ってはいけないと。

「大人は質問に答えたりしない」と誰かが言っていたが、それは「都合の悪いことには答えない」という意味でもあるだろう。子供からのエッチな質問にも大人は答えない、わからないフリをするのである。小学4年生だった姉が「ねぇ大人のオモチャってのがあるんだって、楽しそう! お父さんお母さんは大人のオモチャで遊んだことある?」と大声で両親にたずねながら周囲を旋回する暴力的なまでの無邪気さが吹き荒れる事件が起こり、夕飯時の食卓の空気が地獄みたいになったことからもそれは明らかだ。
そうした経験もあって、私はアンミラが何かと誰かにたずねる事もなく、知ることもなく、禁じられた呪文のように心の奥底にしまわれ続けた。


ところがある日、テレビでアンナミラーズが紹介されているのを偶然目にした。特徴的な制服も紹介されて長年の疑問はあっさりと解決、行ってみたいなとも思った。しかし同時に東京のレストランなんて一生関わることのない別世界のお話だとも思った。北海道の小学生にとって東京もブラジルも行けないという意味では同じ距離感覚である、あんなミラーズでもこんなミラーズでも自分には関係ないのだ。千秋庵の山親父(バター煎餅)でもかじって我慢しよう、山親父おいしい大好き。

それから30年、私はいろいろあって千葉に引っ越していた。そして猛烈に暑い夏の必携アイテムとして猛烈に硬いあずきバーで涼を求めたり釘を打ったりして遊んでいた。あずきバーめっちゃ硬い。そしてなんとなくあずきバーについて調べていたら、メーカーである井村屋グループがアンナミラーズを経営していることに気付いた。
え、あのアンナミラーズ!? その瞬間忘れていた何かが思い出されてきた、あずきバーと幼き日の思い出、点と点が線で繋がった瞬間である、これは何かの縁を感じる。



まっすぐ立ちなさいといろんな人によく怒られる

私はその絆を確かめるよう、気が付いたらアンナミラーズ高輪店まで来ていた。一方的に絆を感じるとか言って接近してくる男は結構怖いし、アンナミラーズサイドからは何の絆も縁もゆかりも感じておりませんと言われる気もするが、私は大丈夫な人だ。

初のアンナミラーズに緊張しながら扉を開ける。右も左もわからぬ初心者、アンナミラーズベイビーである自分にどんな試練が待ち受けているのであろうか。例のかわいい制服がそこかしこに咲き乱れる店内だ、あまりの甘酸っぱい空気に酸欠になってしまわないだろうか。それとも逆にお前のようなオッサンはこの店にふさわしくないんだよブタ野郎みたいなことを言われてしまうのだろうか。どうしよう、興奮してきた。

鼻息荒く入店すると、ウェイトレスではなく男性スタッフが案内してくれた。
……なるほど私のときめきメモリアルはガールズサイドらしい、これからこのナイスミドルと恋に発展アラモードというわけだ。そう思うと不思議と可愛くみえてくるぜなどと思っていたらいつの間にかテーブル席に座らされていた。さすがベテラン、熟練の技である。(※ちゃんと親切に案内してくれました)

周囲を見わたすと、カフェタイムに談笑するマダム、食事中のビジネスマン、デート中と思わしきカップル、そしてあやしいおじさんの自分と客層も幅広い。特徴的なあの制服はもちろん可愛いが、他にも巻きスカートタイプの制服もあるし、男性スタッフもいるので想像していたよりもずっと落ち着いた雰囲気である。


テーブルには季節のメニューやお得なセットの紹介も

メニューを眺めると10種以上のデザートパイやドリンク、そして食事メニューがある。食事メニューはハンバーガーやパスタ、ステーキなんかも選べるアメリカンダイナースタイルで、パイはテイクアウト可能だ。

せっかく来たからメニュー全部食ってやろうぜとか無茶なユーチューバーみたいな企画も頭をよぎったが、私は大丈夫な人なのでチェリーパイとコーヒーのセットに決めた。私の中の大泉洋がおいパイ食わねぇかとささやくのだ。


はみ出すチェリーのパイ

チェリーパイアラモードのコーヒーセットで1254円(税込み)。アンナミラーズおすすめのホットパイのバニラアイストッピングの登場だ。

口に運ぶとチェリーフィリングは思ったよりも甘さはひかえめでどんどん食べられる。パイ生地はサクっホロっとした食感の練りパイ、添えられたバニラアイスとの相性も抜群だ。チェリーパイがあるアフタヌーンは優雅で素敵な時間だと確信できる。

日本においてチェリーパイを食べる機会はそう多くない。人にもよると思うが、ハリウッド映画に出てくる「帰ったらママがチェリーパイを焼いてくれるさ、HAHAHA!!」みたいなシーンをみて、俺もママのパイが楽しみだったぜと共感できた日本人はいくらもいないはずである。私も幼少時に母親にチェリーパイが食べたいと言ってみたら「来世アメリカ人に生まれるまで我慢しろ」と言われた記憶がある、今考えるとタカアンドトシの「欧米か」は随分キレがあるツッコミなんだなと感じられる思い出である。
そしてそれゆえにパイにあこがれた。現在でもチェリーパイが食べられるところはそう多くないので、これ自体が貴重な体験なのだ。

ちなみにアンナミラーズは1973年の開業当初からデザートパイを提供しており、日本のパイ分野においては老舗と言っていいお店だ。もともとは井村屋グループの初代社長である井村二郎氏のアメリカ視察がきっかけとなり日本展開がはじまったらしい、こうしてパイが食べられるのも井村屋さんがあったおかげでなのだ。ありがとう井村屋さん、ありがとうあずきバー。


入店前の写真と比較して明らかにイキイキしている、そしてパイがでかい

推しは推せるうちに推せと誰かが言っていたが本当にその通りだ。はじめての出会いから実際に訪問するまで30年もかかってしまったアンナミラーズ。今まで想像上の存在だったものが現実になる、これほどワンダフルなことはない。幼少期の謎であったアンミラの正体は魚の内臓でもエッチな言葉でもなかった。レストランだと理解した後も、もっと“制服萌え”的な側面が強い店なのかなという印象だったが、それも誤解だった。
大人になると「そのうち」とか「いつか」みたいなことを言いがちではあるが、興味を持ったものには積極的にとびこむべきだと実感し、素敵な思い出ができた良い日だった。

でもミニスカートの制服をみているとアンミラがエッチな言葉という勘違いも完全な間違いではなかったなと思う。そんな感想を知人女性に話したところ「気持ち悪いなオマエ」というありがたい言葉をいただいた。どうしよう、興奮してきた。もう一度パイが食べたくなったのでオンラインショップで注文しようか。



※閉店を聞いて駆け込みで行ったんでしょ、混雑状況とかどうなのと思った方もいるかもしれませんがこの話は5月の出来事、つまり閉店のアナウンスが出る前のことなのでそのあたりのリポートはできません。申し訳ありません。

お店の情報に関しては公式webページのこちらも確認してみてください。オンラインショップもあります。
Anna Miller's/アンナミラーズ (annamillersrestaurant.jp)


お店は高輪ゲートウェイ出口すぐ、ウィング高輪2Fにあります



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