2020年7月26日、体力を奪われながら4連休を漂っていた

昨晩はどうも寝付けなかった。
22時には布団に入っていたのだが、どうも眠れない。
0時からのラジオを聴いていても眠気がやってこなくて、25時からのラジオを流していたところでようやく気を失うことができた。
気を失うだなんて、ちょっと言い方が悪いか。

さて、22時に布団に入って、友人と1時間以上の通話をしていた。
自負できるほどに話が下手な僕だけど、こうして気がおけない友人となら、気がおけない友人だからとも言えるかもだけれども、お話は延々とできる。
要は、誰と話をするかなのかもしれないな。

さて、そんなこんなで朝5時過ぎに目を覚まし、
6時から1時間少々podcastの編集を。
そのあと、洗濯をしながらデータを送る準備をしたり筋肉の細胞破壊をしたり。
それからランドリーにて乾かしながらデータを送った。
お家にネットがあるのとないのとで、どっちが良いのか。実質どっちが値段がいいのか。
そういうことも考えつつだけど、まだ僕はネットを設置する行動には移せないでいる。

今日こそは勉強をしましょうと。
この4連休と言われる期間。リモートの授業内容以外はろくたら勉強に取り込めていなくて。
そしてテストに向けた準備は何もしていないに等しい状態で。
今日はまずテストに関わる授業の資料を整理した。
それから、音声学の範囲の勉強をすることに。
結局、これをしていたら一日が終わってしまうほどに時間を要してしまった。

昨日までに部屋の環境を整えたから、それまでよりも幾分も勉強に取り掛かりやすくはなったのだけど、今日はまた別の要因で取りかかれない事態になっていたと分析する。
それは、父が弱っているなというところだ。

もう64歳。昨年から再雇用期間も終わり、働かずに家で過ごす時間ばかりになった。
父の職場は町の役場で、職場の人以外にも町民の目に触れる仕事。
退職はすなわち人目に関わる日が少なくなるということとも言えたのかもしれない。

そういうところからなのか、体型維持の意識も低くなったのかなあなんて思うぐらい大きくなったなあなんていう感想を抱いたぐらいだった。もちろん人目につかなくなったとう理由以外にもあるのかもしれないのだが。

この連休が始まるぐらいの時に、母から父が身体の痛みがあって、元気がないとの連絡があった。
元気のアップダウンぐらい人間なのだから誰にあったとしても不思議ではないことなのだけど、
そういう連絡を受けることが初めてだったから、
もしかするとこれは相当な、目に余るレベルでの落ち込みなのではないかと想像してしまうのは不思議なことではないと思う。

昨日病院に行き、診てはもらったものの以前と何も変わらぬ対応、診察だったとのことだった。
それでも、今週から明らかに動きが悪くなり、2階の寝室にも上がれなくなったというのは妙な気持ちだ。

今日は何度か父に電話をかけて会話をしたのだが、
ああ、こうやって弱音を吐かなかったような人も身体の不調から気持ちが滅入ってしまうのかと実感するほどだった。

今期の嚥下障害の授業で扱った内容、サルコペニア、フレイルが否が応でも頭を過る。

歳をとると、冒険がしにくくなるだなんて言葉をよく聞くが、
一つには、その人自身に家族ができて、自分以外の都合も考えなくてはならないというのがあると思うのだが、
もう一つには、その人の親など、身の回りの人の老いに伴い、冒険をすることへの抵抗が大きくなってくるとうのがあるのかもしれない。

まだ生きている人、特に、予後が不良だとの宣告すらされていない人間からその人の命の終わりを考えるだなんて、なんという不謹慎なと思うかもしれないが、
やっぱり人の生き死にというのはなんだろうなあなどと思ったものだった。

今日は荒井由実さんの『ひこうき雲』を何度も聴いて、
どういうわけか泣きながら歌った。
昨年に死んだ友人のことを思い出しながら、はたまた生き死にというのはなんだろうなあなどと思いながら。

明日からの一週間が過ぎると、採用試験とテスト週間が始まる。
思えばもう病院に行く実習もなくなるから、ケーシを着る機会もないのかもしれない。
様々な終わりが見えてきた。

この学校を卒業する三月、僕は満身創痍な形でいるのかもしれない。
試験を突破しても、僕の中の気持ちの内圧に、僕の身体が耐えられるのだろうか。
その時の心配はその時にすれば良いのかもしれないのだけれども、
将来を考えるというのが、
楽しみな面と、恐ろしい面の両面が僕に迫ってくるようになった31歳の夏だ。

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