怪奇月蝕キヲテラエ『残業惨禍』上演台本

【登場人物】

金子(かねこ) 金曜(かねよ)……イズモスタッフサービス株式会社 新宿営業所・事務  as 上岡実来

辰巳(たつみ) 烏花(うか)……イズモスタッフサービス株式会社 新宿営業所・営業 as 荒井ミサ

犬亥(いぬい) 玉貴(たまき)……株式会社LWS・人材開発部 マネージャー as木山りお

丑寅(うしとら) 兎喜子(ときこ)……株式会社LWS・人材開発部 特別顧問 as 藤真廉

 

【1幕】

 

◆オフィス

金子、スマホで動画を見ている。

◆動画

丑寅「あなたの残業はどこから?
皆さんこんにちは、『残業学』講師の丑寅兎喜子です。このチャンネルではなぜ残業が発生するのか、なぜ残業が減らないのか、なぜ残業は嫌われるのか、そういった『残業』にまつわる学問を扱っていきます。
残業を研究してどうするの? という方もいるでしょう。実は、長時間労働は経済学、心理学、経営学、歴史社会学といった様々な学問領域で研究されており、近年そのメカニズムが解き明かされつつあります。『そんなものを研究してどうするの』と揶揄されたことで有名な『渋滞学』も今では物流に欠かせない概念になりました。
残業の仕組みを理解し、働くことに希望を持てる人生にしましょう」

 

◆オフィス

 

金子「働くことに、希望を」

 

辰巳、電話相手(派遣の日雇いワーカー)にキレながら入ってくる。

金子、慌てて動画を止める(同時に丑寅の動きも止まる)

金子、動画をスワイプし、丑寅はハケる

 

辰巳「当日欠勤は困るって何度も言ってますよね。現場への行き方も案内してますし……バスの乗り方がわかんなかったら聞けばいいでしょう、派遣先がどれだけ困ると思ってるんですか」

 辰巳、電話を切られる

 辰巳「本当に、もう」

金子「またコロナってことにしておきますか?」

辰巳「そうだね。……あ、いや、この人先月もコロナってことにしたから、身内の不幸にしとこうか。……っていうか、もう切っちゃって、この人」

金子「切る」

辰巳「契約終了」

金子「それまだやり方教わってないです」

辰巳「わかった、私やっとく」

 

静寂

 

辰巳「あー、ワーカーごとの欠勤率のまとめも作んないとだな」

金子「私やりましょうか」

辰巳「いいけど、最近残業続きじゃない」

金子「覚えることたくさんあるので」

辰巳「何か買いたいものでもあるの?」

金子「物欲ないんで、特に。なんでですか」

辰巳「残業代で何か買うのかなって」

金子「いや、特に。働くの好きなんで」

辰巳「マジで? 何のために働いてるの」

金子「他人の、ため?」

辰巳「派遣のワーカーにも見習ってほしいよ」

金子「どうして当日になって休むんですかね」

辰巳「そのくらい平気だって思ってるんじゃない」

金子「(辰巳をフォローする言葉を言おうとするが、すぐに出てこない)」

辰巳「単発の派遣だからって気軽に休むけどさ、その責任とんのは私なんだよ」

金子「辰巳さん」

辰巳「ん?」

金子「欠勤理由は身内の不幸、ですよね」

辰巳「うん」

金子「誰殺しますか?」

 

金子、電話がかかってくる

 

金子「はい、イズモスタッフサービス、金子でございます。……お名前もう一度お願いいたします。株式会社LWS 犬亥様」

 

辰巳、電話を寄こすように金子にモーションし、電話を受け取る

 

辰巳「お世話になります、辰巳です。ああ、どうもどうも。はい……え、これからですか」

 

◆動画

 

丑寅「そもそも、なぜ『働き方改革』が必要なのか。簡単に言えば、働き方を変えなければ、働き手を増やすことが出来ないからです。

 この国が少子高齢社会であることは、既に皆さんご存じですよね。若い人が減り、人手不足は深刻化しています。高齢者や子育て世代、病気や障害など様々な制限がある人でも、誰もが働くことが出来る社会にシフトしていかないといけない。

 そのために、『長時間労働が当たり前』の社会を変えないと未来はないんです。長時間勤務が出来ない人も安心して労働に参加できる社会づくり、それが働き方改革と呼ばれているものの正体です」

 

◆オフィス

 

犬亥、訪問してくる

 

犬亥「綺麗なオフィスですね」

辰巳「ありがとうございます」

犬亥「船橋からこっちに移したんですか?」

辰巳「船橋は本社で、ここは新宿営業所です。社員も私たちだけで」

犬亥「今日なんだけど」

辰巳「はい」

犬亥「うちでもやることになったの、働き方改革」

辰巳「はい」

犬亥「イズモさんに関係ある話だけすると、

・LWSは残業を減らす取り組みを始めます

・なので20時以降は電話に出れません

・色々と弊害が出ると思うから認識のすり合わせだけしておきましょう

の3点です」

辰巳「はい」

犬亥「うちとしてもね、仕事楽にするにこしたことはないから、イズモさんも協力お願いね、ってことをね、伝えに来たんだけどね」

辰巳「はい」

犬亥「正直、どうする?って感じなのよ。予算少ないし、自動化とかAIとかRPAとか思ったほど楽にならないってよく聞くし。ま、お願いね」

辰巳「はい」

犬亥「今日は人揃ってる?」

辰巳「ご依頼の3名は確保しまして」

犬亥「いつもありがとうございます」

辰巳「ただ、一名猿渡さんという方が身内の不幸でお休みに」

犬亥「ありゃ、1ケツかぁ」

辰巳「すみません」

犬亥「いいのいいの、でもね、辰巳さん」

辰巳「はい」

犬亥「そういう時は、『2人派遣しました』って結論だけ言ってくれる? 何人採用したかじゃなくて、何人現場に送り込むかがイズモさんのお仕事だから、ね」

辰巳「すみません」

犬亥「身内ってどなたが亡くなったの」

辰巳「えっと……」

金子「おばあさんです」

犬亥「おばあさま」

金子「はい」

犬亥「イズモさんとこの猿渡さんって、還暦過ぎてませんでしたっけ」

 

沈黙

 

犬亥「まぁ、100歳超えたおばあちゃんなら、大往生ですよね」

辰巳「……ですね」

犬亥「お手洗い借りて良いですか」

金子「どうぞ、そちらです」

 

犬亥、お手洗いへ(という名目で本社に電話を掛けに行く)

 

辰巳「金子」

金子「すみません、殺す前に死んでました」

辰巳「余計なこと言いすぎないでね」

金子「どうしてですか」

辰巳「(首を切られるモーションをして)こうなっちゃうから」

金子「そもそも、今の方って」

辰巳「LWSの社員さん」

金子「LWS」

辰巳「ロジワーカーサポート、元請け。(自分を指して)下請け」

金子「……先に言ってくださいよ」

辰巳「いや、流石に知ってるものだと」

金子「教わってないです」

辰巳「LWSは日本中の物流企業と取引があるから、そこのおこぼれの仕事がこっちにも来るの。日雇いのワーカー集めろとか、フォークリフトの運転手探せとか」

 

辰巳、デスクに座る

 

金子「働き方改革って、イズモでもあるんですか」

辰巳「ないない、二人しかいないのに」

金子「辰巳さんって残業どのくらいですか」

辰巳「50時間くらい」

金子「少なくないですか?」

辰巳「え、多いでしょ。金子は」

金子「44時間です」

辰巳「ああ、まぁ。でも最近ずっと私より帰り遅いよね? 今日だって私より早出だし」

金子「先月の月中入社ですから、20営業日で換算すると80時間くらいです」

辰巳「え、先月入社?」

金子「はい」

辰巳「……本社で研修2か月受けてからこっち来たって聞いてるんだけど」

金子「中途採用だから研修要らないでしょって、人事の方が」

辰巳「……クソだな」

金子「はい」

辰巳「いやだって研修受けた割には全然業界のこと知らねぇじゃんって」

金子「受けてないです」

辰巳「ごめん、なんか一方的に使えないって思っちゃってた。そんなことない、よくやってるよ」

 

辰巳、不意に笑いだす

 

辰巳「いや、ほんとに私に全部投げる気なんだなこの会社って思ったら、なんか笑えて来ちゃって」

金子「負担減らすために私雇われてますから」

辰巳「うん、だいぶ助かってるけど、初月からそんなに残業してきつくないの」

金子「大丈夫です、私、前職ではもっと残業してましたから」

辰巳「……マジ?」

 

辰巳、不意に携帯を見る

 

辰巳「今電話鳴った?」

金子「いえ」

辰巳「(苦笑しながら)最近さぁ、着信音の空耳が聞こえるんだよね」

 

本当に電話がかかってくる

 

辰巳「お世話になります。イズモスタッフサービス辰巳です。……はい、本日はワーカー2名を――出禁対象者が混ざってた?」

 

◆動画

 

丑寅が講師役を務め、動画の撮影が行われている。

 

丑寅「社内アンケートの結果から、無駄な残業が発生する起因は各組織との連係不足であると可能性が高まりました。

株式会社LWSの事例を紹介しましょう。

現在LWSは人材派遣会社10社と請負契約を結んでいます。物流倉庫会社様から30名の派遣依頼を受け。LWS社員が各派遣会社に3名ずつオーダーしました。すると、以前その倉庫でのトラブルを理由に派遣会社Aから出入り禁止措置を受けていたワーカーが、別の派遣会社Bからエントリーして倉庫で勤務してしまう事故が発生しました。LWSと派遣会社間のタテの連携はあっても、派遣会社同士のヨコの連携がなく、LWSが情報共有を怠ったことで火消し対応に追われる事態となったのです。

このことから、LWSの各部門担当者は、協力会社との連携を強めるべく改善を図ります。その第一手として、」

 

◆オフィス

 

丑寅「こちらのオフィスにて実態調査をさせていただく、丑寅兎喜子と申します」

辰巳「狭いところですみません」

丑寅「綺麗なオフィスですね、船橋からこっちに移したんですか?」

辰巳「船橋は本社で、ここは新宿営業所です。社員も私たちだけで」

犬亥「ごめんこの共有してなかった」

 

丑寅、金子の視線に気づく

 

丑寅「何か」

金子「違ってたらすみません、残業学の」

丑寅「観てくれてるの、うれしいな」

辰巳「残業学?」

丑寅「私のチャンネル名、副業でやってるの」

金子「LWSの人なんですか」

丑寅「人材開発、組織開発でわかるかな。人事の専門家。今は組織内業務効率化のプロジェクトリーダーやってる。あのチャンネルは、広報の一環で」

金子「調査っていつまでですか」

丑寅「全体の残業時間を減らすのがミッションだから、それを上に説明できるくらいの実績残せたら、かな」

金子「……残業時間……減らすんですか」

丑寅「うん」

金子「(不安そうに辰巳を見る)」

丑寅「喫煙所どこ?」

犬亥「そこ出て右」

 

丑寅と犬亥、外へ出ていく

 

辰巳「監視、だよね」

金子「監視」

辰巳「ここのところミス続いてたから」

金子「この間の出禁ワーカー派遣しちゃったのマズいですか」

辰巳「相当マズいよ。欠員出してるのもマズい」

金子「仕方なくないですか」

辰巳「それを判断するのは向こう」

金子「理不尽」

辰巳「それが請負ってもんだよ。言われたことだけやろう。残業も減らさないとだし」

金子「どうしてですか」

辰巳「だから、請負ってそういうもの」

金子「残業、私たちも減らすんですか」

 

辰巳、金子の真意を誤解して

 

辰巳「20時で向こうの業務が閉じるってことは、報告とかもそれまでに終えなきゃでしょ」

金子「でも、それで仕事終わらなかったら」

辰巳「終わらなかったら次の日やればいいでしょ。それとも何、残業したいの?」

金子「はい」

辰巳「何、やっぱりお金」

金子「違います、私」

 

丑寅と犬亥、戻ってくる

 

丑寅「ライター忘れた」

金子「丑寅さん。どうして残業を減らすんですか」

 

丑寅、金子を見る

 

丑寅「私のチャンネルでも言ってるでしょ。残業を減らして、誰もが働ける社会にする必要があるから」

金子「私、減らしたくないです。たくさん残業したいんです」

丑寅「……どうして」

金子「だって、残業してると、幸せになれる瞬間、あるじゃないですか」

 

沈黙

 

金子「まず、最初の2時間くらいは実質ノーカンじゃないですか。残業って4時間超えて周りに人がいなくなって帰りの心配しなきゃいけない時間帯になって初めて、『あ、なんかもっと仕事したいぞ!』ってゾーンに入る瞬間があるじゃないですか、私あれすごい好きなんですよ。脳汁どばばっばあああああって、かああああああみたいな。仕事だあああああああみたいな。それで私も幸せだし、仕事は進むし、お客さんは喜ぶし、でウィンウィンウィンじゃないですか」

丑寅「……あなた、名前は?」

金子「金子金曜です」

 

丑寅「ご飯はちゃんと食べてる?」

金子「食べてます、コンビニですけど」

丑寅「寝れてる?」

金子「はい、すぐバタンッて」

丑寅「……先月の残業時間は?」

金子「月換算で80時間です」

丑寅「金子さん、あなた、それ」

金子「はい」

丑寅「残業麻痺、だよ」

 

◆モノローグ

 

辰巳「月の残業80時間、日に換算して約4時間。朝の9時から始業して、帰りはいつも10時を過ぎる。そんな生活、したいでしょうか。行きつく先は、死体でしょうか。

(観客に向かって)私どもと同じく務め人の方、仕事は片づけてきましたか? 終わってないのに来ましたか? 休みであるのに今しがた、社用携帯が鳴りましたか?

怪奇月蝕キヲテラエ『残業惨禍』

私たちを観るときは、未来を明るくして、現実から切り離して観てください」

 

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