"チルアウト"を言語化する
初めまして、L&G GLOBAL BUSINESS, Inc. 代表/ホテルプロデューサーの龍崎翔子と申します。
HOTEL SHE, OSAKAやHOTEL KUMOIなど国内に5ヶ所ホテルを企画・運営しているのですが、ホテルづくりをする上で、「チルアウト」という概念をすごい大事にしています(チルとホテルの関わりについてはこのnoteの最後の方で)。
そんなこんなで、色々な方に「チルとは・・・」と説明させていただく機会が多いのですが、先日#Buzzcamp南三陸 で気仙沼にお邪魔した際に投稿したこんなツイートをきっかけに、
チルってなに?チルってどういうシチュエーション?という議論が周りで巻き起こり、
急遽帰りのバス内でチル講座が行われたりしました。
そんな経緯もあり、なかなかニュアンスが既存の語彙になく、webでもネイティブな用法の解説などが得られない、その割にはみんなバンバン使っている「チルアウト」という概念をなるべくニュートラルに言語化していきたいと思います。
⚠️注意事項⚠️
このnoteでは、語の原義を離れた、特定の文化圏の中でのニュアンスを説明します。語彙の用法や定義には揺らぎがあり、個人的に観測しうる範囲内での説明となることをご了承ください。筆者は言語学やチルの第一人者ではありませんため、ご意見などありましたら歓迎いたします。
■「チルアウト」のルーツを探る
チルアウト(略してチル)とは、英語の "Chill Out"(冷静になる、落ち着く)を由来とした言葉である。元はクラブシーンでよく使われる音楽用語であり、それゆえいわゆるカルチャー系(ダンサーとかDJとか)が日常的に使う語彙である。近年は若者中心に市民権を得つつある。
このnoteではこの文化圏における「チルアウト」の意味・用法を解説する。
■チル-る [動詞]
(例) 仲間と屋上でハイネケンを飲みながらチルってる。
(例) この夏は海でチルりたい。
※実際には「チルる」という表現をされることはほとんどない。
■チル-な [形容詞]
(例) 空間にチルな音楽がかかっている。
(例) チルな雰囲気の店。
音楽用語としての「チルアウト」の解説はwikipediaに掲載されており、この語彙の用法のルーツとなるイメージを探る上で参考になる。
チルアウトは、電子音楽の作曲者により生み出された、比較的陽気でスローテンポなさまざまな形式の音楽を表す包括的な言葉である。発祥は1990年代前中期で、くつろぐことを促す俗語から来ている。
チルアウトはジャンル名であると同時に、ダンスフロアにいる客たちにダンスで火照った体を休め、落ち着かせる機会を与えるためダンスフロアの端にしつらえた落ち着いた(Chill)部屋で流される音楽からも来ている。この部屋には寝椅子、気持ちのよい枕があり、また陶酔に誘うサイケな照明、そして音楽による演出がなされており、その音楽は(特に数歩先にあるダンスフロアの音楽と比べると)明らかにダウンテンポなものである。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88
とあるように、「チルアウト」というワードの用法のイメージの原点は「クラブで盛り上がった後にダウンテンポな音楽聴いてくつろいでいる」という状況にあることを念頭においてほしい。
ネット上に散見される「チルアウト」の解説を読むと、
チルアウト=落ち着いた、リラックスした、という意味。
ex) 朝方のクラブにチルな曲がかかっている
と表現されていることが非常に多い。もちろん、「チルアウト」の原義から考えれば、誤っているとは言い難いが、「チル」という概念の説明としていささか不十分さがある。
何故ならば、「チルアウト」と「リラックス」は(「リラックス=くつろぎ」に見られるような)完全な等価関係にあるわけではなく、「リラックス」の要素を含みながらもまた別のニュアンスを孕んでいるからだ。
その証拠に、
(例) 自分の部屋でリラックスしている
(例) 自分の部屋でくつろいでいる
における「リラックス」と「くつろぎ」は差し替えてもニュアンス上の差異はほとんどないが、
(例) 自分の部屋でチルっている
となると大幅にニュアンスが変わってしまう。
■「アガる」の対極としての「チル」
「チルアウト」という語彙の最大の特徴として、言葉の指向性としては「くつろぐ」や「リラックス」を指しているが、ニュアンスとしてはただの「くつろぐ」とか「リラックス」以上の意味を帯びている、ということが挙げられる。
このニュアンス上の+αが発生する理由は非常にシンプルで、それは「チルアウト」がカルチャー系の文化圏の言葉だからということに他ならない。
先ほど「チルアウト」のイメージの原点として説明したクラブの例にあるように、「チル」とは「アガった」後に訪れる状態である。「チル」とは「アガる」を対義語として意識している言葉であり、ただのrelaxではなくcool down的なニュアンスを強く帯びている。この「アガっている状態」から「relax」への落差を包括している語彙が「チルアウト」であると言える。
つまり、心はアガってるけど自分の身体や外界はくつろいでいるという状態、簡単に言えば「高揚感とくつろぎが共存する状態」がチルなのである。
■自意識によって完成する「チルアウト」
「チル」は状態を表す言葉であるが、「高揚感」だの「くつろぎ」だの、個人の感情に依存しているため、非常に主観的な状態である。
他者からはその人が「チルってるかどうか?」を推し量ることはできず(もちろん、一般的なチル状態下にいるかどうかはわかるが・・・)、「チル」は基本的には自主申告性なのである。
したがって、「チル」を自覚しこの言葉を発する時、「高揚感とくつろぎが共存している」状況の自分に気持ちが向いているという、一種の自己陶酔を孕んでいる。
「チル」と「エモ」の境目はどこにあるのか?という質問をよく寄せられる。「エモい」とは、感傷的な気分や、どことない懐かしさ、哀愁を感じている、という意味(古語でいう「あはれ」だと個人的には思う)。
チルは状態を表すのに対し、エモは(自己陶酔的な)感情を表す。
それゆえ、「チル」と「エモ」は境界線があるわけではなく、エモ感情がチル状態を構成する一要素として、内包関係になることは往々にしてある。
(※「チルだわ〜」という感情を表す「チルい」という語もあるが、ややこしくなるので割愛)
■「チルアウト」の方程式
以上から導かれるチルアウトの方程式が以下である。
チルアウト=高揚感×安心感×開放感×陶酔感
(くつろぎ=安心感×開放感 として因数分解)
必ずしも全ての要素を満たす必要はないとは思うが、各項のスコアが高いほどチル度は高くなる(数学的には全ての項で0より大きいスコアが必要だが、チルの感じ方には個人差あると思うのでその辺はだいたいです)。
①高揚感
心の中ではテンションが上がっている状態。あるいは上がった後の状態。
キーワード:
・非日常感(旅、フェス、クラブ、プール、映画・・・など)
・期待感(非日常に至る過程)
・余韻(非日常の後の状態)
②安心感
危険や緊張状態から距離を置いているという安心感。
キーワード:
・仲間(「家族」や「恋人」という枠組みではなく、仲間としての連帯感)
・ホーム(ベッド、ブランケット、カフェ等のサードプレイス・・・など)
・飲食(アルコール、フード、デザート・・・など)
③開放感
身体的・精神的に開放感のある状態。
キーワード:
・自然(窓辺、屋外、海辺、川辺、森林 など)
・ストレスフリー感
④陶酔感
自分の世界への没入感、恍惚な気分。
キーワード:
・音楽(ダウンテンポな音楽、思い出の音楽・・・など)
・自意識(人間関係、思い出、ナルシズム・・・など)
・酒タバコ(瓶ビール、タバコ、シーシャ・・・など)
■「チルアウト」応用と実践
以上で「チルアウト」の言語化のプロセスは終了である。とはいえ、これだけでは具体的なイメージが掴みにくいかと思うので、実際の様々なシチュエーションを例に、どのような状況が「チル」なのか解説する。
例1.
テラス席のあるカフェで仲間とシーシャを吸う夕方の渋谷
判定:チルだね〜
(解説)①高揚感:シーシャ、②安心感:仲間、③開放感:テラス席、④陶酔感:夕方の渋谷・シーシャと、チルアウトの方程式にある4項目を全てクリアしていますね。
例2.
祐天寺の商店街を越えた美容室で、友人の美容師に長くなった髪を整えてもらって、帰りしなその友人と一緒に目の前のスタンドコーヒーでちょっと高めのアイスコーヒーを飲む土曜の午後
判定:チルだね〜
(解説)①高揚感:髪を切る・高めのアイスコーヒー、②安心感:仲間、③開放感:土曜日の午後、④陶酔感:祐天寺の商店街(サブカル的自意識感)と、これまたチルアウトの方程式にある4項目を全てクリアしていますね。ナイスチルです。
例3.
大人数で仙台に行き、解散して、新幹線で友達と2人夕日を見ながら駅弁を食べつつ旅を振り返る
判定:チルだね〜
(解説)①高揚感:大人数で仙台、②安心感:友達と2人、③開放感:(窓から見える)夕日、④陶酔感:夕日・旅の振り返り(エモさ)と、これも全クリですね。パーフェクトチルです。
と、軽く解説してみたが、あまり深く考えずに、「テンション上がってエモくてリラックスしてる、なんだこの気持ち!」というときは大抵チルっていると思うので、気軽に「チルだなー!」と言ってみてほしい。
フェスとか、ビーチとか、深夜のベランダとか、屋上で友達と飲んでる時とか、遊び疲れた夜明けの一服とか、そんなところにチルは潜んでいる。
■私たちがチルなホテルを目指す理由
「チルな時間は、アガった後にしか訪れない」と誰かが私に言った。
朝方のクラブ、放課後の教室、プールサイド。チルな時間とは高揚感とくつろぎの共存する状態であるとしたら、それは非日常と日常の境目とも言えるだろう。そういう意味では、ホテルは「チル」な空間だと私は常々思っている。
ホテルによくある謳い文句、「自宅のようなくつろぎを」に違和感を覚え続ける人生だった。
もちろん、ホテルの伝えたいメッセージは理解できる。仕事で疲れた全国を飛び回るサラリーマンに、慣れない土地を旅する疲れた観光客に、寛いでもらえる空間でありたいというホテルの存在意義には疑問を挟む余地もないけど、何も「自宅のよう」である必要なんてどこにもないんじゃない?と私はずっと思い続けていた。
家族でアメリカの横断旅行をした小学生の時、私は毎日後部座席に座って景色の変わらない窓の外を何時間も眺めていた。1日の終わりに私たち家族はホテルに向かう。ホテルはいわば、その日の最終目的地だった。
広大なアメリカは街ごとに気候も文化も景色も違う。それなのに、ホテルのドアを開けた先に広がっている景色はどこも同じ、テンプレのような「自宅のよう」な部屋だった。
旅という非日常の中を生き、自宅ではない住空間という最終目的地への期待に胸を膨らませていた私にとって突如突きつけられた現実、生活感のある部屋は、旅のテンションを萎えさせる空間でしかなかった。
非日常体験を求めている旅人に、自宅のようなくつろぎはいらない。
旅の疲れを癒し、HPを回復させる空間は必要だが、そこが自宅のような、現実味のある、生活感のある空間である必要はない。
ホテルに求められているものは、旅の高揚感を損なわずに、それでいて心安らげる空間とサービスであって、それは「癒し」とか「くつろぎ」とか「リラックス」という概念で説明するにはあまりに凡庸だと感じられた。
ホテルはチルな空間だと思う。
「癒し」観が多様化し、観光の在り方も変わりつつある現代で、ホテルはハレの時間の余韻に浸るケのひとときが営まれる空間なのである。
(文・龍崎翔子)
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