こっそり録音したらダメですか?
■問題
あなたの職場に電話してきた or やってきたクレーマーのお客様。そのお客様との会話を「こっそり」録音。これって,証拠に使える?
【参考】
広がる“秘密録音”社会 - NHK クローズアップ現代
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3305.html
■結論
民事訴訟では,こっそり録音しても,「通常」はOKとされます。
つまり,民事訴訟では,「通常」,相手に黙って会話内容を録音しただけでは,その録音の証拠能力――証拠にしても良い資格――は否定されません(但し,例えば,無断で家や会社に侵入した等の事実があれば話は別です)。
◎補足・その1
個人情報保護法との関係では,個人情報取扱事業者は別途の対応・配慮が必要となり得ます。
国民生活センター消費者苦情処理専門委員会小委員会
「消費者が、事業者との通話内容を録音され、録音を消去してほしいと求めたが、 事業者に断られたトラブル 」
http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20080508_4.pdf
◎補足・その2
本稿のテーマは,あくまで,いわゆる秘密録音の民事訴訟上の証拠能力に関するものです。それ以外の場面では違法になることは,あります。
例えば,映画館で映画をこっそり録音すれば,著作権法違反になります。民事上も違法ですし,刑事罰も用意されています(著作権法21条,著作権法119条1項,映画の盗撮の防止に関する法律4条)。
同様に,こっそり録音したものを,ネット上で公開すれば,不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)が発生する危険性もありますし,名誉棄損罪(刑法230条1項)等が成立する危険性もあります。
■説明
この問題は,学問上,「違法収集証拠の証拠能力」というようなテーマで語られることが多い分野です。
そして,一般に,民間人同士が争う――この表現は不正確ですが――民事訴訟では違法収集証拠の証拠能力は,刑事訴訟ほど厳格には考えられていません。
但し,民事訴訟で問題にならないという訳ではありません。高名な加藤新太郎判事は次のように述べられます。
「違法収集証拠として証拠能力が否定される具体例としては,窃取した文書,無断で撮影した写真,無断でコピーした文書,無断で録音したテープなとが想定される。このうち,無断録音テープやICレコーダーまたはそれを反訳した文書の証拠能力については,近時,機器の小型化・高性能化に伴って証拠収集に利用される機会が多くなり,録音テープ等の証拠能力が訴訟上争われることも,しばしばみられる。」(加藤新太郎『民事事実認定論』〔弘文堂,2014年〕332頁)。
以下は,やや専門的な話になります。
■リーディングケース(主要裁判例)
この問題については,最高裁の判断基準は一般に知られていません。他方で,以下の東京高裁の裁判例が大変有名で,現在に至るまで,この東京高裁の裁判例が実務の指標の1つとされています。
東京高判昭和52年7月15日判タ362号241頁
「ところで民事訴訟法は,いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがなく,当事者が挙証の用に供する証拠は,一般的に証拠価値はともかく,その証拠能力はこれを肯定すべきものと解すべきことはいうまでもないところであるが,その証拠が,著しく反社会的な手段を用いて,人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは,それ自体違法の評価を受け,その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである。そして話者の同意なくしてなされた録音テープは,通常話者の一般的人格権の侵害となり得ることは明らかであるから,その証拠能力の適否の判定に当っては,その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否かを基準とすべきものと解するのが相当であり,これを本件についてみるに,右録音は,酒席におけるAらの発言供述を,単に同人ら不知の間に録取したものであるにとどまり,いまだ同人らの人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものということはできないから,右録音テープは,証拠能力を有するものと認めるべきである。」
あまり知られていませんが,名古屋高裁の裁判例もあります。
名古屋高決昭和56年2月18日判時1007号66頁
「ところで,民事訴訟法には,違法に収集した文書(例えば窃取した文書)を書証として提出した場合であってもこれを証拠として用いることを禁止した規定はなく,大審院も当事者の一方が文書を所持する以上たとえ該文書の所有権が相手方に属する場合といえどもこれを証拠として自己の主張を立証しうるものと判示しているのである(大判・昭和一八・七・二)。従って,書証の収集方法が違法であることは,ただちにその証拠能力を否定する理由とはならないのであって,かかる法の態度は,実体的真実の追求という訴訟の本質に照し理解しうるところである。窃取等違法な収集行為は民・刑法等の実体法規により刑事訴追,物件の返還請求,損害賠償等それぞれの法域における効果を生ずるにすぎず,実体法,訴訟法が統一ある(法)体系をなすことから,ただちに違法収集にかかる書証を訴訟において利用しえないという結論をみちびき得るものではないのである。
しかしながら,民事訴訟における実体的真実の追求も無制限に認められているものではなく,法の設定する他の理想ないし原則あるいはより高次の法益をまもるために譲歩を余儀なくされる場合もあるのである。このことは,証人について証言拒絶権が与えられていること(民訴法280条以下)や時機に後れて提出された証拠の却下が許されること(同法139条。迅速審理の要請から実体的真実発見の制約される場合である。)等からこれをうかがい知ることができる。すなわち,民訴法280条は証人またはその親近者の恥辱に帰すべき事項につき,また同法281条は証人において守秘義務を負担する他人の身体上・境遇上の秘密につき,それぞれ証人に証言拒絶権を与えているのであるが,右は証言拒絶によってたとえ民事訴訟における実体的真実の発見が妨げられることがあっても個人の名誉ひいてその人格権を保護するためにはやむをえないとする趣旨にほかならず,終局において憲法にいう『個人の尊重』(13条),『個人の尊厳』(24条2項)に由来するものと解される。しかして,このように,民事訴訟法が証人尋問の場合につき明文をもって個人の尊厳の前に実体的真実発見の要請を後退させていることにかんがみると,書証の場合においても,当該書証が窃盗等正当な保持者の意思に反して提出者によって取得されたものであり,かつ,これを証拠として取調べることによってその者あるいは相手方当事者の個人的秘密が法廷で明らかにされ,これらの者の人格権が侵害されると認められる場合(私的な日記帳,手紙などがその適例である。)には,その書証を証拠方法とすることは許されず,その証拠としての申出は却下を免れないものと解するのが相当である。」
■近時の下級審裁判例
◎証拠能力を肯定した事例
岡山地判平成24年10月25日(平成22年(ワ)第1673号,平成23年(ワ)第94号)
「なお,原告らは,被告が証拠として提出したICレコーダー(以下「本件ICレコーダー」という。)による録音の反訳書(略)について,原告らと被告との間の協議記録を正確に残すために録音されたものではなく隠し撮りされたものであるから違法収集証拠として証拠能力に欠ける旨主張する。しかし,本件ICレコーダーは,原告らの同意なくしてなされたものの,協議における原告らの発言を単に原告ら不知の間に録取したものであるにとどまり,いまだ原告らの人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものとは言えないから,本件ICレコーダーの反訳書(略)について,証拠能力を欠くとは言えない。」
東京地判平成18年2月6日(平成16年(ワ)第8419号)
「ところで,被告は,当該カセットテープについて,被告が,原告に対し,会話を録音することを明確に拒絶していたので,違法収集証拠に当たる旨主張するが,原告が,当該カセットテープに会話を録音するに際して,被告の人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものと認めるに足りる証拠はないから,その証拠能力までは否定されないものというべきである。
◎証拠能力を否定した事例
東京地判平成10年5月29日判タ1004号260頁
「乙4(引用者注:書証たる大学ノート)は,おそらくAが原告と別居後に原告方に入り,これを密に入手して,被告を介して,被告訴訟代理人に預託したものと推認される。そうすると,乙4は,その文書の密行性という性質及び入手の方法において,書証として提出することに強い反社会性かあり,民事訴訟法2条の掲げる信義誠実の原則に反するものであり,そのような証拠の申出は違法であり,却下を免れないというべきである。」
A……夫
原告……妻
被告……夫の不倫相手
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