「リアリスト」って何なのさ
SHO+XENONです。
某上念司氏が、某渡瀬裕哉氏のツイートを持ち出して、「これが本物のリアリスト」と持ち上げていました。
最近某上念氏は「リアリスト」という言葉を多用しがちです。ただ、な~んか引っかかるんだよなぁとずっと思い続けておりまして。
そこでふと気付いたことがあるので、ここにシェアしたいと思います。
「リアリスト」の定義
まずはgoo辞典で調べてみました。
1 現実に即して物事を考え、また処理する人。現実主義者。実際家。
2 芸術上、写実主義の立場に立つ人。写実主義者。
3 哲学で、実在論者。また、実念論者。
なるほど、「現実主義者」「写実主義者」「実念論者」のことを指すそうです。とはいえ、これだけではイマイチ分かりません。
そこで、もう少し踏み込んだ意味をググってみました。
ふむ、色々細かく書かれていますね。では、とりあえずこの定義を用いて、色々つついてみたいと思います。
本当に上念氏・渡瀬氏はリアリストなのか?
結論を急ぐ前に、つつくポイントをいくつか絞っておこうと思います。
1. 結果を重視しているか
2. 感情に惑わされていないか
3. 異性の立場からみてつまらない男か
4. ロマンチスト・ドリーマーではないか
3だけちょっとネタっぽくなりますが、とりあえずこの4つを基準にしていきます。
結果を重視しているか
上念氏、渡瀬氏は共に、今回の米国大統領選挙は「バイデンが勝利」したものと捉え、したがって「バイデンに備えよ」と主張しています。彼らの意見の前提には2021年以降のバイデン政権があり、そこに向けて何らかの備えをすべきだとしているのですね。
これ、一見すると「結果を重視している」ように見えます。だって選挙結果に基づいてますもんね。うんうん、実にリアリストです。
はい、こんな言い方をしたからには本当に言いたいことが分かりますよね? そう、結果なんか全然重視していないんです。
彼らが持ち出している結果は「投票の結果」なんです。確かに結果は結果。でも、アメリカの大統領選挙って、国民の票が直接大統領を選出する直接民主制の投票システムになっていましたっけ?
アメリカの大統領選挙のシステムは大雑把にこうです。
1. アメリカの国民一人ひとりが投票し、各州の選挙人を選ぶ
2. 各州の選出された選挙人が投票し、過半数を得た候補者が大統領になる
3. 2で過半数を誰も得られなかった場合、連邦議会が大統領と副大統領を選出する。上院が副大統領を、下院が大統領を選出する
では、現段階ではどの段階において「結果」が出ているでしょうか? 実は、まだ第1段階すら「結果」は出ていないんですよ。揉めに揉めまくっていますし、トランプ陣営はできる限りの手を尽くそうとしています。状況は一部のトランプ応援者の楽観的な見方とは違い、かなり緊迫しています。私も過去に書いた記事のように「勝負あったんじゃないかな」と思うような展開を思わせる情報もありますが、現実として「まだ何も決まっていないし未だに緊迫している」状況です。
であるなら現段階において、リアリストかつ実業家として、あるいは分析者として取るべきアティテュードはどんなものがふさわしいでしょうか? 情報をかき集めて精査し、現時点で考えられる可能性一つ一つを「潰すことなく」検証し、そのどれが結果になろうとも受け入れ対応していく、またそれが可能な状態に今のうちに整えていく、それが正しいリアリストのあり方ではないでしょうか。
翻って、彼らは今そうしているでしょうか? トランプ再選の可能性は本当に「ない」のでしょうか? 私はトランプ再選の可能性を現段階では「零」だと捉えています。「0」と書かなかった意味分かりますか? 「ゼロ」じゃなくて「れい」なんですよ。そして「れい」は、必ずしも「ゼロ」を意味しないんです。そして「零」ならまだ可能性として排除すべきではないんです、特に今回のように結果の可能性がそんなにパターンがない場合は(パターンがありすぎる場合は可能性の小さなものから選択肢から排除する必要もありますが)。
今の段階で実は結果なるものが出ていない以上、また現時点では投票結果そのものに疑問が呈されている以上、「結果を重んじている」と言うにはちょっと拙速であり、またこれを結果と呼ぶのであれば、この後に来るものは何なのでしょうか。もちろん投票結果がそのまま最終結果になる可能性も高いですが、そうならない可能性が現段階で生じている以上、また確定的に断定的に述べられない以上、結果を重視とは……?と首を傾げざるを得ません。
感情に惑わされていないか
これについては、できれば論評を差し控えたかったです。だって、わざわざ言う必要ある?
感情を可能な限り排し、理性的に振る舞う場合、態度に著しく出ます。激昂すると文章も荒くなりますよね。
私の場合、冷静に相手をバカにしたい場合は皮肉が多くなります。例えば私が誰かに「トランプの勝利は決定的だ」と言われたとしましょう。その場合の返しはこうなります。
「では、それを証明する決定的な物的あるいは論理的証拠を提示した上で、それを信じない貴方の周囲の人最低5人を信じさせて、その署名でも貰ってきて私に見せてください。できますか? もしできたら貴方の言うことを100%肯定します。」
これは、言ってきた人には不可能なことを知っている上で、かつ相手に如何にそれが困難なことかを諭しつつ、無茶振りをしています。そして逆に、この要求をしっかりやり遂げることができた場合、自分もそれを受け入れて賛同する余地は残してあります。実際私だってそう信じたいですしね。でもそうそう甘い状況ではないから、こういうふうになります。また仮にできなかったとしても「信じない」とは言いません。だって「分からない」んですから。
翻って、彼らの行いはどうでしょうか。火の粉を受けないところからレッテル貼りに勤しみ、反論する者は片っ端からブロックして、賛同する人にだけ好き放題言っています。あ、渡瀬氏に至っては一度もリプライしたことない人すらもブロックしているんでしたっけ?
まあ実際、ツイッターというところはあまり論理的に物事を考えずに言葉の暴力をぶつけることを好き好む人も多々いるので、ブロックしている姿勢そのものを批判するつもりはありません。しかし、誹謗中傷ではない正当な批判に対して真摯に向き合わない、あるいは省みようとしない姿勢は、結局感情に振り回されているからにほかならないのではないでしょうか。それだけ余裕がないということを示してしまっているんです。
また、上念氏に限って言えば、虎ノ門ニュースのような生の場で「自分の意に沿わない意見」に触れた時の必死さは感じますよね。あの姿を見て理性的であるとは言い難いのではないかと思います。似たようなことは百田氏にも感じることはありますが、百田氏はそもそもがああいうキャラクターですし、逆にちゃんと腑に落ちるところがあれば少し耳を傾ける柔軟さも持ち合わせていますので、普段はスマートそうなのに……という印象の上念氏とは本質的に逆に思えます。渡瀬氏が生の場でそういう空気に晒された時にどうなるかは寡聞にして知らないので、ちょっと見てみたくはあります。予想はつきますけどね。
というわけで、私にはわりと感情に揺さぶられているように見えています。
異性の立場から見てつまらない男か
うーん、これは論評しづらい…! 私は残念ながら同性なので、異性の立場に立って物事を見ることは難しいです。
ただ……そうですねぇ、こういう言い方もアレなんですが……。
自分で言うのもアレですが、私はミュージシャンでアーティストですので、女性のファンもそれなりにいます。そして意外と、人は選ぶとはいえ、ウケも良いです。モテるかモテないかで言えば、平均よりはややモテるんじゃないかと思います。思いたいです。思わせてください。そういうことにして話を進めさせてください。本当は自信ないんです。
閑話休題、そんな私が女性と食事に行ったりする上で心がけていることは、相手にとってつまらないであろう話をする時に、とにかく興味を惹くように話すことです。本来なら相手の話を聞いてあげて……というのが正しい姿なのでしょうが、それができるなら女を取っ替え引っ替えできるレベルでモテてるはずですので……(泣)。
例えば先日、ハードロックカフェに食事に行った時、ちょうどQUEENの曲が流れていて、つい「あ、QUEENだ」って感じで口に出してしまったんです。その時「QUEENってよく知らない」と言われたので、ついつい熱く語ってしまいそうになりながらも、「前に映画があったじゃん?」って話に持っていったんです。その映画で本物のメンバーの本物のギターが使われていたこととか、ライヴシーンのために楽器を弾けなかった俳優たちがものすごく頑張って練習して、実際に演奏して撮影したんだという話とか。またその時のフレディ(Vocal)の動きが寸分違わず完全再現されていて、まるで本人の魂が乗り移っていたみたいで感動したこととか。
音楽家が音楽について熱く語るとどうしてもマニアックになります。が、わかりやすい、イメージしやすい話から入れば、意外と興味を持ってもらえるものです。恐らくはそういう部分が、たとえ一部の人にではあっても、女性に「面白い」と思ってもらえている部分なのだと思います。
ちなみにこれ、フレディの動きの比較動画です。マジで凄くないですかこれ!? ああ、また感動で目頭が……。
さて閑話休題、翻って彼らはどうでしょうか。すでにご結婚されているとは思いますので、きっと全くモテない、誰にとってもつまらない男というわけではないでしょう。きっとそうなのだと思います。
……。
ただ正直、異性のファンって少なそうな気がするんですよね。上念氏の話は時に面白おかしくはなりますが、だいぶ(女性があまり好まない方向性の)オタクっ気が強いですし。渡瀬氏に至っては、普段のツイートからも他人への攻撃が多くて、同性でも近寄り難い雰囲気なんじゃないでしょうか。正直……っと、容姿の話はやめておきましょう。
またどちらにも言えることですが、相手の話を聞いていない印象を受けます。あくまで私の見た限りの印象論ですから実際は違うのかも知れませんが。
そういうわけで、私は断言できないものの、わりとつまらない男だと思われるフシがあるんじゃないかなという気がしています。あ、1ポイントゲットですね。
ロマンチスト・ドリーマーではないか
要するに、反リアリストではないか、ということですね。リアリストの反対はロマンチストです。ロマンチストでなければ、リアリストと言えなくもないかも知れません。
では逆に、ロマンチストとは何でしょうか。先と同じくググってみたところ、「夢想家」「理想主義者」などにあたるようです。理想や空想ばかりを追いかけている人ということですね。
上念氏・渡瀬氏は共に現在、トランプ支持者をロマンチストでありデュープスであり阿Qであるとレッテル貼りに勤しんでいます。一部に関しては否定はしません。自分で調べず、自分の頭で考えもせずに、誰かが言っていたから自分も乗っかっているというだけ、という人もそれなりの割合いることを否定はしません。
しかし当然ですが、全員がそうではありません。大紀元エポックタイムなど大メディアが報じない情報を提供するメディアもありますし、篠原常一郎氏や加藤清隆氏、西村幸祐氏、大高未貴氏、有本香氏、馬淵澄夫氏、坂東忠信氏、藤井厳喜氏らといったジャーナリストや言論人らはそれぞれの情報からそれぞれの見解を述べていますし、似たような情報を集めて似たような見解になった、闇のくまさんや改憲君主党などのYouTuber、ツイッター上でもそのような人が大勢います。それらを一括にしていることにもなるからです。彼らが押さえた情報が間違っている可能性は確かにありますが、だからといって彼らがロマンチストであることにはならないはずです。
マーケティングにおいては「差別化」ということをしばしば行います。例え似たようなカテゴリの中においても、「自分/この商品は他とは違うんだ、特別なんだ」ということを示さなければ、人には特別な存在だと思ってもらえないからです。自らも「マーケティングには長けている」と称している上念氏がそれをやっているのは、正直見ていて分かります。渡瀬氏も「あいつらと一緒にするな」と言った態度でそれを示しているのを目撃しています。
また、このような差別化を用いることで、「ファンの信者化」をより強める効果もあります。「あいつとは違う、あいつは間違っている」とすると、これを言った人物へのシンパシーが「あいつ」よりも勝っていた場合、得てして「あいつは間違っているのか!この人が正しいのか!じゃあこの人のことを信じ続けよう、あいつのことはパージしよう」となるわけです。それがその場限りのことであっても、あるいは本当は逆だったとしても。残念ながら、彼らのコミュニティやサロンに限らずですが、信者化と分断化はかなり進行しており、今や自分の頭で考えることができなくなって「主人の主張」を繰り返すスピーカーに成り下がってしまっているのに、他の意見にレッテルを貼ってバカにすることは一丁前、そういう迷惑な信者に成り下がってしまうのです。
なので、特に他の言論人らも引っくるめたレッテル貼りも正直、「差別化の一環」なのかなぁという気がしています。にしては乱暴過ぎる気もしますが。
翻って彼ら自身はどうでしょうか。私自身は、彼らがロマンチストであるかどうかは分かりません。ただまあ、私の見立てがもし正しいとするなら、彼らは一種のロマンチストに成り下がっているのかも知れません。「我々は常に正しい知識を持ち、正しい分析を行い、正しく民衆(≒愚民ども)を導く存在なのだ」というような、まるでソビエトや中国の共産党のようなチャンネルくらら式ロマンチシズムにどっぷり漬かっている、というふうにも見えます。この辺りの思想を、チャンネルくらら主宰者の倉山満氏をはじめ、上念氏も渡瀬氏も共有しており、仲間内でそれらをブーストし合っている結果なのかな、という気がしないでもありません。
さらに、渡瀬氏の予測が外れることが、ご自身のビジネス上困ったことになるんじゃないですか?というツッコミを入れている人がいましたが、もしそうなのだとしたら、渡瀬氏は知らず知らずのうちに、自身の予測が願望になってしまい、そこに理論付けしているんじゃないか、という見方もできてしまいます。これもまた一種のロマンチストです。まあ、実際どうだかは分かりませんけどね。
結論
彼らがリアリストであるとはあまり思えません。もっとネタに走った言い方をすれば、「モテないという1点においてリアリストである」って感じです。
私の目には、もっとリアリストと呼ぶに相応しい方は他にいると思っています。そもそもリアリストを自称するなら、あるいは他称されたいなら、もっともっと現実に目を向けるべきだと思うのです。これは過去でもなく、未来でもなく、現在の実情に、という意味です。無論きたるべき未来に備えることは大事ですし、常に未来に目を向けるべき側面はあります。しかし、現在の状況は混迷を極めています。この混迷の最中に決め打ちなんぞしようものなら、どういう形で自分の思い描いていた「リアル」がただの想像の産物に化けるか分かりませんよ。
自分自身の考え
私はわりとロマンチストです(だから音楽家でいられる)のでそこまで現実主義的なモノの見方をしませんが、何度か述べている通り、現実的に見ても、今現在は結論を急げるほど確定要素がないと思って見ています。とにかく混乱が凄まじく、毒でも薬でも何でも良いから情報を飲み込んでいって、苦しみのたうち回ってようやく少しだけ真実が見えてくる、そんな状態だと思っています。だからトランプが必ず勝つ!とは思っていません(心から勝って欲しいけど)。でも、バイデンで決まり!ともとても思えません。不確定要素が多すぎるんです。そして、トランプかバイデンか今の段階で判断しろと言われた時、願望や希望を排除して事実でジャッジするなら、私と同じスタンスの人が今一番多いんじゃないかなと思っています。
そして、私自身そうじゃないと思ってはいるんですが、今私がいるスタンスで物事を見て、判断して、真実を知ろうとしている人たちが、一番本当の意味でのリアリストに近いと思います。
気がついたら7000文字近い!もう疲れたのでラーメンでも食べたいSHO+XENONでした。
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