ラビュー・ラビュー

昨日たまたま本を読んでたら
ポルノグラフィティの「ラビュー・ラビュー」の名前が出てきた。
その著者はポルノグラフィティが好きで
その中でも「ラビュー・ラビュー」が好きな曲だと言っていた。
懐かしいな。僕がこの曲を初めて知ったのは高校2年の時だから18年前か。
まさか読書中にこの曲を目にするとは思わなかった。(あ、年齢バレてしまった)


「ラビュー・ラビュー」は
ポルノグラフィティが2000年に発売した
アルバム「ロマンチスト・エゴイスト」と「PORNO GRAFFITTI BEST BLUE'S」に収録。

僕が「ラビュー・ラビュー」と出会ったのは
「PORNO GRAFFITTI BEST BLUE'S」を
レンタルショップで借りて家で聴いた時だ。
いまはパソコンやスマートフォンで簡単にダウンロードできる時代だったが、当時はCDの曲をMD(ミニディスク)に録音するのが主流だった。
けど僕はカセットテープに録音するアナログなやり方で曲を録音していたのだ。


「ラビュー・ラビューという曲に
印象に残ったのはありましたか?」
と言われるとサビ部分しか思い浮かばない。

あの頃の僕は
「ポルノの曲を少しでも多く覚えて
カラオケで歌いたい。」
その程度だったので歌詞と曲調は覚えても
歌詞の中のシーンとか登場人物はどういう心情だったかなんて想像もつかなかったのだ。


改めて歌詞の世界観を知りたくなり久しぶりに聴くことにした。
自分なりの見解で歌詞の世界はこうなった。

君も僕は付き合ったばかりの初々しいカップルでお互い一生懸命に愛を探り合うんだけど、君と僕は時に慌てたり、慌てさせたりしてしまう。
「逃げるは恥だが役に立つ」のみくりさんと平匡さんと思えばわかりやすいかもしれない。


印象に残った歌詞
『僕が照れるから
手を繋ぐのためらったら
事の重大さを10分も説かれた
君は本当いっしょうけんめい生きているね

僕がからかって
キスするのを嫌がったら
事の重大さに打ちひしがれた
僕は本当いっしょうけんめい愛されてるね』


君と手を繋ぎたい僕なのに
恥ずかしさが表れ躊躇してしまう。
君も本当は手を繋ぐのを待ってるのに何もしない僕にどれだけ君が悲しんでいるのか10分も説明した。
僕はあえてキスして君をからかったけど
真面目な君は本気で嫌がって僕はやってはいけないことだったんだと打ちひしがれた。

むず痒いけど一生懸命な2人だから
そこに暖かみがあっていつまでもゆっくりと愛を与えられるような関係を築いてほしいなというほっこりするようなストーリーではないだろうか。


といっても
この世界は理想なストーリーに過ぎない
現実はどうなのだろう

何かを抱えるようになった。
何かを気にするようになった。
純粋な恋を楽しめなくなった
恋より欲
スリリングな恋

大人になると選択が増えていき
いつのまにか恋の初々しさは忘れしまう

学生の頃の恋に戻ることは難しいけど
大人でもこんな初々しい恋があってもいいのではないだろうか
純粋に好き。恥ずかしさがあるけど
ゆっくりゆっくり愛を育んでいく

僕はそんな恋をまたしたい

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