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2024.04 沖縄旅行記

人生で初めて沖縄の地を踏んだ。
以下は4泊5日の一人旅の記録である。



初日(移動日)

四月一日。世間様にとっては記念すべき、或いは忌まわしき年度はじめの平日だけれども、私にとっては実に十日半にもわたる長期休暇の2日目であった。

我が愛すべき故郷・北九州への帰省旅行を中抜けするような形で、単身沖縄へと旅立つ。

まずは鹿児島本線の区間快速と福岡市営地下鉄とを乗り継ぎ、福岡空港へ向かった。
最早何年振りだか分からないほど久方振りに使う空港だが、都心の新幹線駅から地下鉄で僅か5分の好立地は実に素晴らしい。世の中のあらゆる空港はこの距離感を見習うべきではないか。
ひとたび福岡空港の便利さを知ってしまうと、岡山駅から片道30〜40分は見とかなきゃいけない岡山空港とか本当やってらんねえと思わずにいられない(使うけど)。東京で言えば羽田くらいはまあギリ許すとしても、成田なんぞは大概どうかしている。貴様そんなんで首都圏面してんじゃねえぞマジで。
ともあれ、そんなこんなで福岡発那覇行きの格安航空に乗り込んだ私は、およそ2時間後には人生初の沖縄県に降り立っていた。

フライト中の夕景

元々安価なPeachの中でもより低廉な便を選んだため、到着時点で既に19時近い時刻だ。観光には遅いので大人しく宿へと向かう事にする。
預けていた荷物を回収して空港の到着ロビーを出る。吹き荒ぶ海風に晒されながら連絡通路を進み、ゆいレールこと沖縄都市モノレールに乗った。窓外の風景を眺めていると、見慣れぬ植生や街の造りの何もかもが目新しい。異郷の地へ来たのだという実感が湧く。

予約しているホテルの最寄り駅を調べ、おおよその所要時間を確認し、暫し物思いに耽った。腹が減った。晩飯どうしよう……。地図を見るに、最寄り駅のすぐ近くに24時間営業らしきスーパーがあるらしい。そこで適当な惣菜とビールでも買うか、と一度は考えたのだが、数駅通過したところでふと思い直した。
荷物の中から手帳を取り出してページを繰る。数日前、かつて沖縄で暮らしていた事のある友人と会った際、お勧めの店やローカルフードを聞き出して片っ端から書き留めておいたのだ。走り書きのメモの一番下に「松山の三笠のちゃんぽん」なる項目がある。検索してみると、宿より二つほど手前の駅から徒歩圏内の立地で、どうやら営業中らしい。チェックインの予定時刻まで多少まだ時間があるし、その店で飯を済ませてからホテルへ向かおうと決めた。

県庁前駅でモノレールを降り、5分ほど大通り沿いを歩く。途中で脇道へ折れてそろそろ着くかなと思った矢先、夕闇に溶け込む暗い看板に気付いて絶望した。明かりが点いていない。人の気配も無く真っ暗だ。ネット情報では現在も営業中の筈だが、どこからどう見ても閉まっている。
怪訝に思って入り口へ回り込んでみると、「人員不足のためお休みします」という張り紙がしてあった。臨時休業。
受け入れ難い現実を前に暫し呆然としたが、やってないものは仕方がない。当初の考え通り、宿の最寄りスーパーで適当に買って済ませる事にした。
調べてみると、モノレールに乗り直さずとも徒歩で20分少々の距離らしい。駅へは戻らず直接目的地を目指す事にした。川に沿ってモノレールの路線が走っており、それらを真っ直ぐ辿っていくだけだから単純だ。着いたばかりで土地勘は皆無だが、地図など見なくても迷う事はない。

もうすっかり夜だが気温はあまり落ちていなかった。街を行き交う人々は、かなりの割合で半袖Tシャツやアロハシャツといった軽装だ。一方、数時間前まで福岡県にいたこちらはというと、インナーシャツの上に厚手の長袖トレーナーを着たままの格好である。スーツケースを引きながら歩いていると暑くて弱った。空港で着替えておくべきだったかと後悔しかけたが、そもそも初日からこんな展開になるとは全く想定していなかったのだからどうしようもない。

宿から近い牧志駅近くのスーパーに寄り、惣菜売り場を物色する。適当なツマミと酒を買い込んでホテルにチェックインした。

滞在初日の晩酌。左上の“ビアナッツ”が大穴だった

オリオンビール自体は岡山でも何度か飲んだ事があるけれども、これほど種類があるとは全く知らなかった。同じ宿で2連泊なのを良い事に、買ったビールの半分は冷蔵庫に入れておいて翌日の楽しみに取っておく事とする。
シャワーを浴びてホテルの浴衣に着替え、割引惣菜をアテにオリオンビールを飲む。興味本位で買った“オキナワビアナッツ”が矢鱈と美味くて驚いた。手が止まらない。うっかり2袋目を開けてしまった。自宅用の土産に明日また幾つか追加で購入しようと決意する。
かくして沖縄県初日は終了した。


二日目;那覇市内観光

移動日から一夜明け、実質的に観光初日である。まずはオーソドックスに定番から、という事で、那覇市の中心エリアを一通り見て回る。

そう言えば、ホテルのチェックイン時に案内されるまですっかり忘れていたのだが、今回の宿泊プランは無料朝食バイキング付きだった。
タダ飯を食い逃す手はないので朝食会場へ下りる。スクランブルエッグや焼き魚、納豆に味噌汁、カレーなどといった一般的なラインナップの中に突然、“フーチバーじゅーしー”なる謎の雑炊が鎮座していた。米と一緒に海藻だか葉物野菜だかがクタクタに煮込まれていて、口にすると優しい出汁の味がする。何の説明書きも無いし食べてもよく分からないので検索してみたところ、”フーチバー”とは蓬、”じゅーしー”とは炊き込みご飯や雑炊の事を指すらしい。なるほど身体に良さそうだ。

健康的な朝食を摂った後は、県立博物館と美術館へ。
宿から1kmほどの道のりを歩いて向かう。坂道こそあるが大した距離ではないので思ったより早く着いてしまった。開館時刻の9時まであと5分ほど。微妙に暇である。

すぐ向かいに大きいショッピングモールがあるので、信号を渡って見物に行った。
スターバックスなどの一部店舗が先に営業を開始しており、施設全体としては9時のグランドオープンを待っている格好のようだ。入り口の前には既に開館待ちの客が数人集まっている。「サンエー」なるローカルスーパーも9時から営業との事で、少し覗いてみる事にした。
間もなく入り口の扉が開き、買い物客がゾロゾロと館内へ入っていく。それに続いて私も食料品売り場へと向かった。
オープン直後だが、青果コーナーでは既に地元民らしき老夫婦が連れ立って野菜を選別している。それを横目に、LINEのトーク履歴を遡りながら調味料売り場を目指した。昨夜、岡山の友人の一人が「このタコライスの素買ってきて」と送って寄越した画像を開き、それらしい棚の前をウロウロと彷徨う。目当ての品はすぐに見つかった。初見の商品なので値段の相場が分からないが、そこらの土産物屋で買うよりは幾分か安そうだという事だけは分かる。定番の銘柄らしいタコライスシーズニングは一袋30gと小さく軽いので、今買ってもそう荷物にゃなるまいと、適当にまとめ買いしてリュックに放り込んだ。

そうこうしているうちにいい時間になった。信号交差点を引き返して博物館へと向かう。
建物の外観は城砦か何かを思わせるような灰無地の壁面だった。その全面ではないが部分部分に、正方形の小さな穴が賽の目あるいはモザイク状に並んで模様を作っている。綺麗に整備された芝生の庭と、そこに建つ前衛アート的なオブジェクトなど、いかにも洒落ていて近代的だ。
館内へ入り、受付で博物館と美術館それぞれの常設展チケットを購入した。

エントランスホールの一角。
カムイサウルスの骨格標本が出迎えてくれる

平日の朝一とは言え春休み期間中なので、そこそこ人出はあるだろうと思っていたが存外そうでもなかった。博物館も美術館も、常設展の方はガラガラに空いている。

沖縄県立博物館の外観と常設展

企画展も色々やっているようだったが、時間の都合もあるので、無料の「科学の眼で見る美ら海の生き物展」のみ観覧。CTや水中エコー等で撮影した海洋生物の写真が多数展示されている。
ちょうど公開初日だからか家族連れも多く、取材に来ているTVクルーの姿もあった。

科学の眼で見る美ら海の生き物展

博物館と美術館、企画展を一通り見て回り、外に出ると雨がぱらついていた。

パーカーのフードを被り、先程寄ったショッピングモール前のバス停へ移動する。屋根の下でスコールのような土砂降りをやり過ごしているうちに、首里城行きのバスが到着した。
運賃は一律260円で乗車時に先払い、交通系ICカードの相互利用は不可、とあったので、財布にあった500円玉を両替機に投入した。てっきり500円が細かくなって出てくるものと思っていたら、実際に吐き出された小銭は240円で一瞬硬直する。何だこれ釣り銭じゃん、と思って返却口を二度見すると「おつりが出ます」というシールが貼ってあった。なるほど合理的でご親切な事だ。

バスに揺られつつ、行き先案内の電光掲示板をぼんやりと眺める。沖縄の地名は全くと言っていいほど読み方が分からない。手元のマップと照らし合わせながら位置関係を確認する。
自動音声の車内アナウンスが流れ始めた。通常の日本語版の後に、耳慣れない言語での放送が続く。初めは韓国語かと思ったが少し違うようだ。何語だこれ? と思って聞いていたら、所々に「バス」という単語が混じっている事に気付いた。もっとも「バス」なんぞ英語でも同じ「bus」だが、母音のくっきりした発音はどう聞いても日本のそれだ。これ絶対日本語で「バス」っつってるよな? と思っていたら、最後の最後に「おにげーすびら」などと言う(※そう聞こえただけで、恐らく正確には「うにげーさびら」)。もしや今のは「お願いします」か!? と、強めの静電気に指を弾かれた時くらいの衝撃が走った。謎言語だと思っていたのはコテコテの沖縄弁だったのだ。
半ば無意識に「日本語アナウンスの後にかかるのは外国語」という先入観に囚われていた節もあるかもしれないが、それにしてもこんなに分からないとは。自分でもびっくりするほど「バス」以外の語が聞き取れなかった。
地名もそうだが方言も難解すぎる。沖縄、半分異国と思った方がいいかもしれない。

雨の影響もあるのか多少遅延していたようだったが、10分か15分ほどで首里城公園に到着した。
バスを降り、霧雨の降る園内を歩いて見物する。
2019年に火災で焼失してしまった正殿は現在大絶賛再建中で、全体を覆う風雨避けの建物(=素屋根)の中で今まさに工事が行われている。素屋根には3階建ての見学エリアが設けられており、建築中の様子をガラス越しに見ることができた。屋根部分の骨格などは大方組み上がってきているようだったが、完成にはまだまだ年月を要しそうだ。

再建中の首里城跡

首里城跡では晴れ間が見えつつも降ったり止んだりの微妙な天気が続いていた。雨で冷まされはせずに加湿だけされた最高気温27℃の外気が身体にへばり付き、夏のように蒸し暑い。
広い園内を歩き回っているうちに小腹が空いたので、売店でブルーシールアイスを買い食いした。アメリカンテイストをベースにしつつも、そのイメージほどには甘過ぎず大味でもない。成程これが沖縄の味というやつか、と勝手に納得する。
同じ“ご当地アイス”の括りで言うなら個人的には高知のアイスクリンの方がさっぱりしていて好みだが、甘いもの好きなら色々なフレーバーを試してみるのも楽しいだろう。バニラやチョコレートといった定番系以外にもかなりの種類があった。“塩ちんすこう”味なんかも人気らしい。

定番の“ブルーウェーブ”。
本当は青(ラムネ)と白(パイン)のマーブルだが
たまたま外側が青色ばかりだった

アイスを食べ終え、首里城を後にしてモノレールの儀保駅へ徒歩で向かった。前夜、運悪く臨時休業で空振った三笠にリベンジする為である。

モノレールに乗り、県庁前で降りて昨夜と同じ道を歩く。スーツケースを引いていない分、今日の方が身軽だ。
また閉まっていたらどうしようかとドキドキしたが、今度はちゃんと営業中だった。既に13時を回っていたのでそれほど混んではいない。
カウンターに座り、友人一押しの“ちゃんぽん”を注文した。ちゃんぽんと名は付けど我々のよく知るそれとは違い、麺ではなく米だ。そして聞くところによると、この店のちゃんぽんは沖縄の一般的なちゃんぽんともまた少し違うらしい。挽き肉と玉葱を炒めて卵とじにしたものがご飯に乗っている。庶民的で濃い目の味付けが癖になる感じだ。

三笠のちゃんぽん(スープ付き)

並盛でもそれなりに量が多く、甘いアイスを食べた後だったのもあり、完食するとかなり満腹になった。

昼食後は腹ごなしに散策に出た。
県庁前駅から少し南へ下ると、国際通りこと県下随一の商店街の西端に辿り着く。片側一車線の道路の両側に大小様々な土産物屋や飲食店がひしめき合い、大勢の観光客でごった返している。
そこで観光がてら沖縄土産を買い回った。地元福岡と岡山の友人達用、仕事関係にバラ撒く用、そして自分用。そう滅多に来られる土地ではないと思うとついあれこれ買い込んでしまい、あっという間にかなりの大荷物になった。

メイン通りを西端から東へと進むルートは、殆どそのままホテルへの帰路みたいなものだ。一旦帰投して体勢を整える事にする。
連泊中の部屋に戻って買い込んだ品々を広げ、福岡用のものと岡山用のものとに選別した。前者は自分で福岡へ携行するので部屋に残し、後者を自宅宛てに発送するため一袋にまとめて持ち出す。

岡山用の土産の不足分を買い足すため、昨夜と同じ最寄りのスーパーへ向かった。ビアナッツだのジーマミー豆腐だのは、土産物屋で買うよりスーパーの方が安い。
会計を済ませ、レジ近くに「ご自由にお持ちください」と畳んで並べてある段ボール箱を物色した。岡山用の品物がちょうど全て収まるサイズのものを一つ頂戴する。「どら焼 つぶあん」と書かれた箱の底をクロス組みにし、中に土産物をぎっちり詰め込んだ。あとは自宅まで送るだけだ。
こういう時はゆうパックが安そうな気もするが、既に17時を回っていたので、郵便局ではなくヤマト運輸を検索する。国際通りの少し外れ、商店街の分流とも言えるようなエリアに夜まで開いている営業所があるようだ。早速クロネコメンバーズにログインし、Web上で送り状を発行する。画面に表示された幾つかの項目をポチポチ選択してやるだけで、検索開始から発送手続きまで、ものの数十秒で全て完了してしまう。これだけ手軽で割引まで適用されるのだから便利な世の中だ。

再び商店街方面へ戻り、地図を頼りにヤマト運輸の営業所を目指す。今度は車道沿いの大きい本通りではなく、そこから脇道へ入ったアーケード街の方だ。
歩行者天国のローカルな商店街は奥へ進むほどにディープな雰囲気を増す。ノスタルジックと言うか、ごちゃついていると言うか。自分が今歩いているのが令和の沖縄なのかソウルの裏通りなのか、はたまた十年前の旦過市場なのか段々よく分からなくなってくる。

国際通りの南方、平和通り周辺の風景

コアな店々を横目に辿り着いたヤマトの営業所で、作業テーブルとガムテープを拝借した。仮組みだった箱をきちんと梱包し直して封をする。岡山へ帰るまで多少日が空くので、帰宅予定の翌日午前に日時指定を入れた。

自宅宛ての荷物を無事に発送した後は自由時間だ。晩飯を求めてウロウロと彷徨う。ひとまず友人に教わった「田舎」なる沖縄そば屋に寄ってみたが、流石に人気店らしく売り切れ御免で閉店した後だった。残念。
結局、あてもなく方々ぶらつきながら宿へと戻る過程でポークと玉子のおにぎりを買い、一人用の海ブドウ少量パックを買い、テイクアウト可の居酒屋で“ふーチャンプルー”を買った。沖縄初心者の安直ド定番セットである。
そうしてホテルの冷蔵庫に残しておいたオリオンビール2本と、写真のキリン晴れ風とで晩酌にした。

滞在二日目の晩酌。いずれも外れ無し


三日目;道の駅許田・美ら海水族館 〜津波警報と旅程の攻防〜

かねてよりこの日は県北エリアを巡るつもりで、事前にレンタカーをWeb予約していた。
宿から徒歩15分ほどのニコニコレンタカーで、出発予定時刻は午前10時。

朝食を済ませ身支度を整えた朝9時頃、少し早いがそろそろ出るか……とスーツケースに手をかけた途端、けたたましいアラームが響き渡った。警報音の出所は部屋の外、扉一枚を隔てたすぐ向こう側だ。私の部屋はエレベーターの真正面に位置している。廊下でエレベーターを待つ宿泊客達の携帯が一斉に警報を鳴らしたのだ。戸惑った様子の話し声が扉越しに聞こえてくる。
携帯の緊急速報を常時オフにしている(※良い子は真似しないでください)私は、すぐに部屋のTVの電源を入れた。NHKが速報を流している。津波警報だ。地震の揺れなど一切感じなかったので少々面食らう。一体どこから、と思った矢先、緊張した面持ちのアナウンサーが「台湾で地震がありました」と告げた。津波の予想高さは3m、到達予想時刻は沖縄本島で10:00だと言う。レンタカーの予約時刻ドンピシャである。おいおいまじかよ、と思っていると、窓の外からもサイレンが鳴り始めた。

さて、どうしたものか。

TV画面を睨めつけながら暫し熟考する。
今まで散々方々へ旅をしてきたが、旅行中に津波警報が発令されるなど初めての経験だ(と言うか、多分そもそも津波警報自体が初めてな気がする)。
それにしても3mはでかい。普通に人死にが出る数字だ。警報が解除されるまでは海に近付くべきではない。休暇中に旅先で被災するなど真っ平御免である。
ここで本日の旅程を確認してみる。10時にレンタカーを借り、海沿いの国道58号を北上。北谷や道の駅など、気になる場所に随時寄り道しつつ、美ら海水族館方面を目指す。夜は名護市ーー沖縄本島の形を“y”の字に例えた時、一画目と二画目の接点に当たる部分ーーの北岸に位置する、海沿いの小さな民宿で一泊。うん駄目だ。端から端まで丸々アウトである。
そもそも沖縄県の観光資源自体が基本的に海ありきで、沿岸部に集中しているのだから無理もない。3mの津波など来た日にはどんな観光プランも大体即刻おしまいである。
……そう、津波が本当に来たらの話だ。来る可能性は勿論ある。現に警報が出ている。津波被害の発生は十分に有り得る。が、そうでない可能性もまたある。津波がなく、或いは予想よりも小さく、これと言った影響が無いまま終わるパターンも考えられる。
いずれにせよ、起こってみるまで分からないのが災害というものだ。どちらに転ぶか分からないうちは、どちらに転んでも大丈夫な行動を取ればよかろう。

TVでもネットでも、これといって目新しい情報は開示されていなかった。これ以上ここでグズグズしていても仕方あるまい。
10分少々の黙考の後、ホテルの部屋を出る。チェックアウトを済ませ、予定通りにレンタカー屋へ向かった。

併設のガソリンスタンドの給油スタッフに、レンタカーを予約している旨を伝えて店舗内へ入る。
壁掛けのTVが緊急放送をやっていた。与那国だか宮古だかに30cmの津波が到達したとみられる、らしい。「予想より低かったからといって油断しないでください。津波は繰り返し襲ってきます。第1波より第2波・第3波の方が大きい場合もあります」と警告する文言が流れる。「東日本大震災を思い出してください」とも。
ああ、そういう事言うんだ……などと思いつつそれを眺めていると、担当の方が書類を片手にやってきた。ひとまず予約内容を確認した後、何とも言えない微妙な表情で「今、あの通り……津波警報がですね……」と言われれば、こちらも微妙な顔で「それなんですよね……」と返すしかない。

「ちなみに、今日のご予定は」
「北の方へ行こうと思ってたんですけど」
「正直ちょっと、おすすめしません。3mだと、車ごと流される事も」
「ですよね……。なので取り敢えず海沿いの58号線は避けて、内陸側の……この道、330号ですか? こっちをトロトロ走りながら様子を見ようかと」
「ああ……。ま、警報が完全に解除されるまでは、決して海には近付かないように。くれぐれもお気を付けて」
「はい、それはもう」

などという一連のやり取りを経て、借りる車体を確認し、白の軽四を引き渡された。返却予定は翌日の20時。
かくして、一泊二日の沖縄ドライブは津波警報の最中に幕を開けたのだった。

大通りに出て、普段は聴かないラジオを流す。時刻はもうすぐ9時50分。沖縄本島への津波到達予想時刻が迫っている事をアナウンサーが繰り返し報じていた。
逃げてください、と強い語調で訴える声を聞きながら、国道330号をゆっくり北上する。ひとまず内陸の道を走りながら様子見だ。津波が来て、沿岸部での観光や宿泊がいよいよ駄目になったら、車ごとどこか安全な場所へ移動すればいい。無事そうな地域で宿を取り直すか、無理なら最悪、車中泊か。逆に、目立った被害が無さそうなら予定通りに遊ぶだけだ。

中心部エリアを抜けても交通量は存外多かった。普段からこんな感じなのか警報の影響なのか、初めて通る道ゆえに全く見当がつかない。
混雑気味の国道を走ること30分少々。道沿いに何やらバカでかい郊外型のイオンモールが現れたので寄ってみる。大きい信号交差点の案内標識には「ライカム」とあった。漢字表記が無くカタカナだけなのは、古くからある土着の地名ではないからと見るのが妥当だろうか。米軍由来の呼称なのかもしれない。
前の車に着いて入り、だだっ広い駐車場に車を停めた。観光ツアーか何かだろうか、大型のリムジンバスが数台停まっている脇を通って手洗いへ向かう。モールのエントランスに鎮座する巨大なシーサーが存在感を放ち、敷地内は大勢の買い物客で賑わっていた。平日の昼間でこれなら週末や連休などはさぞかし大混雑だろう。
手洗いの後でダイソーに寄り、少し買い物をしてから車に戻った。エンジンをかけ、駐車場を出ようとした時、かけっ放しのラジオが速報を知らせる。津波警報が注意報に切り替わったのだ。

この感じだと恐らく、今夜の宿に関しては予定通り泊まれると考えていいだろう。と言うか泊まらせてくれ。あと海洋博公園へも行かせてくれ。折角人生初の沖縄旅行に来ておきながら、念願の美ら海水族館に行けずじまいで撤収するなどという悲劇は何卒ご勘弁いただきたい。
一刻も早く注意報まで全て解除される事を祈りつつ、下道でじわじわと北上を続ける。
そうして一時間も走っただろうか。祈りが通じたらしく、正午頃には注意報も全て解除された旨が報じられた。私は運転しながら諸手を挙げて一頻り喜び、直ちにその時走っていた国道329号から枝分かれする県道へと左折した。

目指すは国道58号。数時間遅れでようやく、予定していた海沿いドライブ開始と相成った。

友人に「寄ってみるといいよ」と勧められていた北谷・美浜エリアは、既に通過してしまっていたので一旦諦める。
58号線を北上し、まずは道の駅許田に立ち寄った。津波の危機を免れた海が美しい。

道の駅許田の駐車場から見た海

沖縄に住んでいた友人曰く、道の駅許田のサーターアンダギーは食感がふわふわしていて美味しいらしい。折角なのでそれを食べてみようかと思っていたのだが、生憎この日を含む前後数日間は休業中となっていた。
代わりに、売店内のお土産コーナーに山積みにされているサーターアンダギーを持ってレジへ向かう。順番を待つ間に張り紙を見ていると、美ら海水族館をはじめ、近隣エリアにある各種観光施設等の入場券が割引価格で購入できる(※但し現金払いのみ可)と書いてある。一旦サーターアンダギーの会計をPayPayで済ませてから、レジスタッフの方に「この割引チケットも買いたいんですが」と申し出た。
「有効期限とかあったりするんですか?」
「ものによります。どちらへ行かれますか?」
そう言って示された一覧表には、割引対象の施設名と値引き前後の価格が記されている。ざっと見てみたが知らない場所も多い。
「取り敢えず、美ら海水族館と……あとこの、今帰仁城も」
「美ら海水族館は、ご購入から半年以内です。今帰仁城の方は、特に期限はありません」
「じゃあそれ両方、一枚ずつお願いします」
価格表によると、前者は定価より330円引き、後者は同じく120円引きの設定らしかった。手に入れた2枚の割引チケットとサーターアンダギーを携え、気分良く車に戻る。

道の駅を出発し、買ったアンダギーを昼飯代わりに齧りながら美ら海水族館を目指した。やはり海沿いを走るのは気持ちが良い。
目的地に到着したのは14時を僅かに回った頃だった。流石に相当な人出である。

美ら海水族館 外観

買ったばかりの割引チケットで入館し、行き交う大勢のご家族連れに遠慮しつつもたっぷり時間をかけて鑑賞した。
見所は多いが、やはり一番の目玉は“黒潮の海”こと容量7,500m³の大水槽だろう。透明度の高さも魚種の豊富さも折り紙付きだ。巨大なジンベエザメが悠然と泳ぐ姿など実に絵になる。
一人旅の利点の一つは、自分のやりたい事に好きなだけ時間を割ける事である。大水槽の正面側と裏側を行ったり来たりしながら、納得のいく画が撮れるまで何十分も粘った。

水族館を出る頃には日が落ちかかっていた。この時間から遊べる所など最早あるまいと、観光は切り上げて投宿先へ向かう事にする。

地図アプリのルート案内によると、宿までは取り敢えず当面ずっと道なりらしい。ナビは入れずに国道505号を東へ向けて走る。
田舎の一本道なので間違える心配は無い。が、ただでさえ土地勘が無い上に、道路上の案内表示も難読地名だったりそもそも文字が殆ど消えかかっていたりで、一体どこが何という所なんだか全く分かりゃしない。

那覇市内にいる時からずっと思っていたのだが、沖縄県の路上に掲示されている案内標識や看板の類は、矢鱈めったらズタボロに剥がれまくっている事が多い。文字の一部分が消えかかっている程度ならまだ良いが、その逆で、一部の漢字のうちごく限られた数本の線しか生き残っていないパターンが多々あるのだ。全体の8〜9割が真っ白で『    コ|  ロ      ノ  』みたいになってしまっている標識など、他県から来た初見の人間には逆立ちしても判読不能である。最早標識としての体裁を成していない。
南国の陽射しや海風の影響で風化しやすいのか、或いは気候とは無関係に単なる経年劣化なのかは不明だ。しかし原因が何であれ、現実問題として読めなくなっているものを直さず放置しているのは何故なのだろうか。単に財政上の問題なのか、或いはのんびりした県民性故に「まあ別にいいや」と放ったらかしになっているだけなのか。無根拠に多分後者かなあと考えてしまいそうになるのはやはり誤った偏見なのだろうか。

閑話休題。

この日に予約していたのは町外れにある小さな集落内の民宿で、宿泊費の安さを理由に選んだ以上当然と言えば当然なのだが、周囲に食料を調達できそうな店の存在など望むべくもない立地であった。
宿までの移動中に晩飯を確保してしまおうと、道路沿いに発見した「今帰仁桜市場」なるローカルスーパーに立ち寄る。地元民らしき買い物客で賑わう店内を物色し、缶ビールを2本と、適当な惣菜をカゴに入れた。写真を撮らなかったのでうろ覚えだが、確か国際通りの土産物屋でもよく売られていたミミガージャーキーと、柑橘風味の鶏の唐揚げ、何かしらの野菜の煮物だかサラダだか(曖昧)、それに“グルクン”なる謎の魚の餡かけを買ったように思う。この“グルクン”とかいう耳慣れない名前の白身魚が、沖縄でよく食される魚の代表格であるという事は後から知った。

無事に食料の調達が完了したので、今度はちゃんと携帯のナビを入れて宿へと向かった。辺りはもうすっかり暗く、先へ進むにつれて人家の気配もなくなっていく。そのうちに自車のヘッドライトだけが唯一の光源となった。予想に違わぬ田舎っぷりだ。
こりゃ一発で辿り着けないパターンあるな……と思っていたら案の定、一時的に電波が途切れたのかナビが位置情報をロストしたのに気付かず、曲がるべき所を通り過ぎてしまった。現在地の再取得にモタついて「来た道を引き返せ」「ごめん違ったやっぱり逆」と二転三転するルート案内に5分ほど翻弄された後、こんな所にあったのかよというような分岐路へ進入する。地図を見た感じ、宿は多分あのカーブを曲がった先かな……と、見当を付けた正にそのカーブのすぐ手前に駐車場を示す看板があった。慌てて減速し、急ハンドル気味に滑り込む。
適切な停車位置を確かめようと周囲を窺ってみたが、ただの未舗装の空き地といった風情のそこに他の車は無く、区画線の一つも引かれていない。じゃあまあ良いかとそのままシフトをパーキングに入れ、エンジンを切る。荷物をまとめ、歩いて駐車場を出た。

右も左も殆ど真っ暗な中に、薄橙色の洋館のような建物が照明を灯して佇んでいる。看板らしきものは見当たらない。宿の予約フォームに載っている外観写真と同じである事を確認し、玄関先まで回り込むとそこに宿名が書いてあった。確かにここで間違い無さそうだ。入り口の引き戸をガラガラと開け、中に入る。無人だ。
玄関の沓脱ぎから室内を見回す。ソファセットやダイニングテーブルが並ぶ板張りのリビング、吹き抜けの天井、壁沿いに弧を描く形で設置された階段。客室は2階か。置かれている家具や小物類は中々独特かつ多国籍で、全体的に小洒落た感じの内装をしている。

共用のリビングスペース

奥へ向けて「すいませえん」「ごめんくださあい」と何度か呼びかけてみるが返事が無い。こりゃ駄目だ、呼び鈴を探すか電話を鳴らすかしなければ……と踵を返しかけた時、スタッフルームの扉が開いた。にこやかに出迎えて下さったご亭主らしき方に「一泊お願いしてる礁という者です」と名乗る。
まず風呂場の場所や使い方などといった館内の説明を受け、それから客室へ案内される。ご亭主の後に着いて階段を上がると、廊下の棚に大量の音楽CDと書籍がぎっちり詰まっており思わず感嘆の声が漏れた。後から出てこられた奥様らしき方にも軽く挨拶をして部屋に入る。

2F客室前の古本コーナー
こういうの民宿にあるとテンション上がりがち

客室は畳敷きで、障子とガラスの掃き出し窓を隔てた外には広々としたバルコニーが付いている。ぱっと見は古風な雰囲気だが、内装は新しく綺麗なものだ。円形の卓袱台に情趣を感じる。一面に植物の絵が描かれた派手派手しい襖もまた良い。

バルコニー付きの和室

部屋に荷物を置き、携帯の充電を繋ぐ。翌日の天気予報を確認しようとしたら、電波のステータスアイコンがまさかの「3G」表示で笑ってしまった。そりゃあ走行中にナビが途切れもする訳だ。宿のフリーWi-Fiを有難く使わせていただく。
シャワーを浴びて持参の寝巻きに着替えた。電子レンジを拝借して買った惣菜を温め、部屋の卓袱台でビールを飲みながら食べる。
津波警報と共に始まった日の夜は、かくしておおよそ平穏無事に更けていった。


四日目;今帰仁城・かりゆし水族館

この日は少し早く起床した。田舎の宿ゆえ、窓の外からは虫の音や鳥の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。
外の空気を吸いにバルコニーへ出ると、木製のテーブルの上に灰皿が置かれている。ああ今ここで朝の一服などやったらさぞ美味かろうなあと思ったが、煙草とライターは岡山の自宅に置き忘れてきていたので、ただ美味かろうなと思うだけで終わった(喫煙は趣味程度に嗜むが、1〜2ヶ月吸わなくても平気な程度に執着が無いのでこういう事はままある)。

早朝のバルコニーにて

朝8時、宿をチェックアウトして車に乗り込んだ。
少し早いようだが、今帰仁城跡が8時から入場開始なので、混み始める前に行ってしまおうという魂胆である。

田舎道をのんびり運転しながら、朝食代わりに前日のサーターアンダギーの残りを齧る。昨夜来た道を戻るように走って今帰仁城を訪れた。
駐車場に車を停め、財布と携帯、サンバイザーに挟んでおいた割引チケットをポケットに突っ込み入り口へと向かう。チケットは城趾と歴史文化センターの二施設共通券だ。
まずは城趾の方へ。眩しいくらいの朝日の下、緑の芝生と城の石垣が広がっている。

今帰仁城跡入口

記念撮影用の看板がある所で写真を撮ってから、チケット回収窓口の方へ向かった。通路脇に簡素な小屋のようなものが建っている。歩いて近付いても中のスタッフの方が全く気付いてくれないので、こちらから「すいませ〜ん……」と声を掛ける羽目になった。大丈夫かよ。

石畳の正面通路と桜並木

窓口を抜けるとすぐ、石畳の通路が真っ直ぐ奥へと伸びている。これは昭和の時代に整備されたものだという。左右には新緑の桜並木。と言っても、一般的な桜の木に比べて随分と樹高が低い。カンヒザクラだ。毎年1月半ばから2月にかけて見頃を迎えるらしい。若葉の緑も爽やかで良いが、花が満開に咲いた光景はさぞ美しかろう。

城趾から望む沖縄の海

奥へ進み、主郭(本丸)の辺りまで行くとかなり視界が開ける。木陰のベンチから、石垣越しに海を望む景色など実に明媚で贅沢だ。
その他、城に仕えた人達の生活空間だとか、何ぞの聖域だとか、全体を一通り見て回ってから来た道を戻る。早い時間に訪れた甲斐あってか、この間ほぼずっと貸切状態であった。

城跡を後にして、今度は歴史文化センターへ。平たく言えば小規模な博物館みたいなものだ。
建物の入り口手前に廃船が展示されている。船体の隣には新聞記事の切り抜きが。その龍神丸という名の小型船は、元々は岩手県で漁業に使われていたらしい。東日本大震災の大津波にさらわれて行方を晦ました7年後、今帰仁村・古宇利島沖の海上を漂流しているところを偶然に発見されたのだという。嘘みたいな本当の話だ。
廃船の隣にあるガラスの扉を開けて館内へ入る。ここでも職員の方が全く気付いてくれないので、こちらから「すいませ〜ん……」と声を掛けた。本当に大丈夫か。
展示室には中国の陶磁器をはじめとする出土品や、かつて人々の生活に使われていた道具類が並び、集落毎の文化や祭事等が紹介されていた。

ガラガラの館内を見学し終え、車に戻った時点でまだ9時半にもなっていなかった。さてこれからどうしようかと思案する。
前日に道の駅で買った割引チケットは消化完了した。レンタカーの返却期限まで残り10時間半。特段急ぐ必要は無いにせよ、ぼちぼち那覇市方面へ戻る態勢を意識しなければ。友人が言っていた北谷エリアにも寄れるなら寄ってみたい。そう言えば、北谷の海沿いにソーキそばの名店があると聞く。ひとまずそこで飯にしようか。後の事はそれから考えよう。

ナビにそば屋を入力し、駐車場を出る。
延々と下道を走ること1時間半、沖縄そば専門店の浜屋に到着した。まだ11時だが、既に10人ほどの行列ができている。
店舗横の駐車スペースは2台分しかないため当然満車で、少し離れた場所にある第二駐車場へも行ってみたがそちらも満車だった。どうしたもんかねと思いつつ辺りを流していると、海岸の堤防沿いの道に大量の車がずらりと縦列駐車で並んでいる。そういえばこの辺りの道には駐停車禁止の標識が一つも無い。て事は路駐で良いんじゃん、と、そこらの空いている道の端ギリギリに車を寄せた。
どうせ一人だから助手席側のドアは開けられなくとも構わないのに、ビービー鳴き喚く衝突防止アラームがやかましくて敵わない。常日頃古い型式の車にばかり乗っている私が悪いのかもしれないが、近頃の車は何かとお節介が過ぎるし口喧しくて嫌いだ。自動車業界の叡智と技術の結晶に「うるっせえなァわざと寄せてんだよ」と悪態をつき、アラームを無視してスレスレに駐車する。財布と携帯だけ持って車を降りた。
少し歩いて店に戻り、入店待ちの列の最後尾に並ぶ。普段は基本的に、行列に並んでまで何かを食べようとはあまり思わない方だが(恐らく福岡県出身者の大半がこのタイプだ)、今回ばかりは旅先だし、ここまで来ておいて今更他を探して移動するのも面倒だった。
やがて店内へ通され、券売機で食券を買う。定番らしき「浜屋そば」にした。奥の何番でお待ちくださいとテーブル番号を伝えられ、指定された座敷で待つこと体感10分。ようやく人生初ソーキそばと対面した。

浜屋そば(大)

柔らかい軟骨ソーキが乗った、飾り気の無いシンプルな塩味のそばだ。優しい出汁の味が空腹に沁みる。美味い。待った甲斐があるというものだ。

食事を終えて外へ出ると、来店時には10人そこらだった行列が更に伸びていた。
店内は完全に満席という訳ではなく、常に何卓かは空いている風だったが、まあ無理に客を詰め込んでいく必要も無いのだろう。店外へ伸びる入店待ちの列は、それ自体がそのままコストフリーの広告としての機能を果たす。立地的に、恐らく大半の客が「たまたま」ではなく「わざわざ」この店を目がけて来ているだろうから、少々待ち時間が発生したところで「じゃあもういいや」と他へ行かれてしまうリスクは小さい筈だ。むしろ「こんなに並んでいるのだから、きっと美味しいに違いない」と思う心理さえ働くだろう。とすれば、店側として、多少行列が伸びようと「別に待たせておけばいい」というスタンスになるのも頷けるーーなどと、邪推じみた憶測を巡らしつつ車へ戻った。やめておこう。何も知らない余所者の分際で、あまり勝手な推論を並べ立てるものではない。

地図アプリ曰く、現在地から車で10分そこらの距離にアメリカンビレッジがあるらしい。友人に教わって、本当は昨日のうちに寄ってみるつもりだったが、予期せぬ津波警報のために一旦見送ったレジャー施設である。これと言って特段の用事は無いが、まあ折角近くまで来たのだし、どんなもんか見るだけ見てみようとハンドルを切った。
海沿いのエリアに、赤だの黄色だのとカラフルで派手な建物が並んでいる。ホテルや飲食店、アパレルショップ等の各種商業施設が密集した一大レジャーランドだ。グルメやショッピング目的で訪れるには格好の観光スポットだろうが、生憎私は食後すぐで満腹だし買い物にも興味が無い。立ち寄る気にはならず、エリア内の道を通過しただけで大通りへ戻った。

そのまま国道を南下して那覇方面へ向かう。国際通りに一つだけ心残りがあって、それを回収するつもりだった。
予め検索しておいた安そうなコインパーキングを探し当て、一旦通過して周辺の路地を軽く流す。駐車料金の相場を把握する為だ。何箇所か見て回り、初めに調べていたパーキングがやはり最安らしい事を確認してからそこに戻って駐車した。
車を降り、携帯のナビに「赤とんぼ」と打ち込む。岡山で友人から「沖縄行くなら絶対一度は食べてほしい」「地元の人達も皆そこで買うんだよ」と激推しされたタコライスの店だ。那覇市内に滞在していた初めの二日間が丁度その定休日に当たっていたため行きそびれていたのだ。
国際通りを横切り、前々日にヤマト運輸の営業所へ行った時と同じアーケード街を進む。平和通りから更に奥へ入ると目に見えて人通りが減った。営業しているんだかいないんだかよく分からないような飲食店や衣料品店が並んでいる。細い路地の角に「タコス」と書かれた赤と黄色の幟が立っているのが見えた。

タコス・タコライスの店 赤とんぼ 外観

派手な原色ゆえに目立ってはいるが小さい店である。店舗の間口は大人が両腕を広げた幅に収まってしまうほどだ。
注文口の前に先客が2人いた。順番を待つ間に手書きの値段表を眺める。品書きは至ってシンプルで、店の看板そのまま、タコスとタコライスの2種類のみのだ。但し後者は大・中・小の3サイズが選べるらしい。
注文口の傍には丸テーブルと椅子が1セットだけ置かれている。先に並んでいたバックパッカー風の男性客がそこに買ったばかりのタコライスを広げ、辛味ソースをかけて食べ始めた。なるほど美味そうだ。
そのうちに順番が回ってきた。奥から出てきた女将さんに「タコライスの小を一つと、タコスを1本お願いします」と注文を告げる。厨房らしき奥のスペースには恐らくご亭主であろう年配の男性。「おじいちゃんとおばあちゃんが二人でやってる小さい店なんだけどね」と友人が言っていた通りだ。注文の都度調理しているようで、そのまま数分待つ。やがて先程の女将さんが戻ってきた。タコスのソースは結構それなりに辛さがあるが、かけてしまって大丈夫かという旨の事を訊かれ「お願いします」と頷く。前のお客の時から思っていたが、驚くほど人当たりの良い方だ。頗るゆったり物腰柔らか。ローテンポで穏やかな話し方といい、おっとりした立ち振る舞いといい、俗っぽく猥雑な商店街の一角にあって女将さんの半径1mだけが明らかに周囲とは時間の流れを異にしている。柔和と温厚をありったけ煮溶かして作ったシロップのような雰囲気、とでも言えば多少は伝わるだろうか。私も客商売をする側の人間だが、たとえ半世紀を費やしたとて到底この境地には至れる気がしない。女将さんの全身から発される圧倒的にこやかオーラを浴びて、そもそも持ち合わせてもいない筈の毒気をすっかり抜かれた心地がした。
会計を済ませ、品物を手に気分良く駐車場へ戻る。このタコスとタコライスが今日の晩飯だ。車の後部座席に崩れないよう丁寧に置き、200円の駐車料金を支払って出庫する。

レンタカーの返却期限まで6時間少々。返却前に車で一旦ホテルへ寄りチェックインを済ませておくとしても、まだもう少し遊べそうだ。

残りの時間でかりゆし水族館へ行ってみる事に決め、那覇空港方面に向かった。市街中心部を抜け、実際に空港へと向かう分岐路には入らず、国道331号を道なりに南下する。
そのうち、道路上に「道の駅 豊崎」と「道の駅 いとまん」の案内標識が出現した。あと何km、と矢印で示されている距離の数字を見るに、豊崎の方は大方かりゆし水族館の近くだろうと推測する。糸満の方までとなると多分ちょっと行き過ぎの筈だ。トイレ休憩がてら寄ってみるかと、案内板に従って走行した。

大きい信号交差点を右折して道の駅豊崎の駐車場に進入し、空いているスペースに車を停める。手洗いに寄ってから売店を覗いてみた。
地場産の青果や飲食料品、土産菓子、ご当地Tシャツ等々。単にひやかしのつもりで売り場をうろついていたところ、飲み物コーナーに怪しい商品を見つけて思わず足を止める。
さんぴん茶だの何だのと言った特段何の変哲も無い商品群に混じって、突然“カーブチー”なる謎のペットボトル飲料が並んでいた。何だこれ。商品パッケージには濃い緑色をした柑橘類の実が二つほど描かれている。シークヮーサーのようにも見えるが、名称が異なる以上は別物なのだろう。音の響きで言えばカボスに近い気もするが、あれは大分の特産品であって、沖縄で栽培されているイメージなど無い。怪訝に思って視線を這わすと、サービス特価一本50円とある。異様に安い。何だこれ(2回目)。全然分からんので、説明書きを読もうと商品を一本手に取ってみた。が、ラベルには「沖縄カーブチードリンク」「JAおきなわのカーブチー」「沖縄県産カーブチー使用」「カーブチーを爽やかな風味のドリンクに仕上げました」などと書いてあるばかりで、カーブチーの何たるかを註釈してくれるような記述が一向に見当たらない。いやだからカーブチーって何だよ。知らねえよカーブチー。その“ごく一般的な普通名詞ですが?”みたいな態度をやめろ。全然存じ上げない。最近は基準が厳しいと噂の食品表示欄になら多少きちんとした記載があるだろうと裏側を見てみたが、原材料名にも当たり前のように「カーブチー」と書かれているのみである。もう駄目だ。何も分からない。
分からないがこれは買わないといけない気がする。
旅先ではしばしばこういう瞬間があるのだ。「これは絶対にやっておかなければならない気がする」と無根拠な義務感に駆り立てられ、理由も無く他の選択肢を失ってしまう瞬間が。好奇心は猫を殺す。行きずりの旅人は謎のカーブチードリンクを買う。
買う事に決めたは良いが、元々ここで買い物をするつもりはなかったので鞄も財布も持って来ていない。Tシャツの首元に引っ掛けたままのサングラスと尻ポケットの携帯以外は手ぶらだ。PayPayが使えはしまいかとレジの方を覗き込んでみる。支払い方法は現金またはクレジットカードのみと記載があった。現金もカードも財布の中だ。
一旦車に戻り、財布とエコバッグを取って出直した。冷蔵庫で冷えているカーブチードリンクと、その上段に並ぶ沖縄サンゴビールのうちケルシュとIPAをカゴに入れる。数日程度持ちそうな軽食も少々。会計を済ませて買い物袋を車に積む。
早速、問題のカーブチードリンクとやらを開封してみた。恐る恐る口に含む。
「あ、うまい」
柑橘の酸味と香り。概ね予想通りの味だ。果実(のイラスト)の外見がシークヮーサーに似ている割には、意外とそれほど酸っぱくなかった。甘味もあるが、思ったより爽やかに苦味が効いている。普通に悪くない。
もっとも、幼い子供などにはウケが良くないかもしれないし、お世辞にも絶品と言うほどではないが、かと言って一本50円で叩き売らなければならないほどの代物でも決してなかった。何だったんだろう。発注担当が桁をミスったのだろうか。

道の駅で買った謎ドリンク (¥50-)

買い物を終え、ぼちぼち水族館へ向かおうかと思いつつも、売店の建物とは別で駐車場横に”てぃぐま館”なる謎の施設が建っているのが気になっていた。てぃぐまとは何ぞや。あっちもこっちも分からないワードだらけだ。
歩いて近寄ってみると、緑色をした大判の垂れ幕だか日除け布だかに「サトウキビから作った云々」と書いてある。ガラス張りの店内には、焼き物の器や日用雑貨といった種々の工芸品が並んでいた。成程”てぃぐま”とは「工芸」とか「民芸品」のような意味か? と勝手に想像して勝手に納得する(後から調べてみると「手先が器用」の意らしい)(当たらずとも遠からずと言ったところか)。
店の入り口付近に張り紙がしてあった。見れば「かりゆし水族館の割引チケット販売中」とある。何かこのパターンどっかで見たな。このくだり、昨日も許田で一回やった気がする。どうやらここ沖縄県には、観光スポットの割引券を近隣の道の駅でしれっと販売する風習(?)があるらしい。
どういうカラクリか知らないが、通常価格2400円のチケットがここでは2000円だというから買わない手は無い。迷わず店内に入り、折角だからと陳列されている商品を一通り眺めてからレジカウンターへ向かった。道の駅許田ではこの手のチケット類は現金払いでのみ購入可だったが、ここではクレジットカードもOKだという。ただでさえ正規料金より400円も安いのに、その上カード決済による還元まで受けさせてもらえるとは親切な事だ。有難くカード払いで購入させていただく。
手に入れたチケットをサンバイザーに挟み、今度こそ道の駅の駐車場を出た。

いかにも港湾エリアの産業道路といった風情の広い道を進む。ものの5分ほどで目的地に到着した。飲食店や各種ショップが集まる大型の複合商業施設に併設されているため、建物の外観だけではそこに水族館があるとは分かりにくい。
全店舗共通の平面駐車場に車を停め、エスカレーターで2階へ上がる。券売機の前にたむろしてああでもないこうでもないと言い合っている家族連れを横目に、道の駅で買ってきたばかりのチケットを提示して入館した。

美ら海水族館が正統派なら、こっちは今風ファッショナブル系だ。近場(※岡山基準)で言うと、香川の四国水族館や神戸のアトアに雰囲気が近い。
檻や柵の類を極力取っ払い、手を伸ばせば触れられる状態で動物達を展示している部屋もあった。その展示室の様子は、以前PayPayドーム横のE.ZO福岡に出張してきていたノースサファリサッポロに酷似している、と言えば伝わる人には伝わるかもしれない。

かりゆし水族館を出て、飲みかけのカーブチードリンクを全て飲み干し、那覇方面へ向けて出発した。来た道を遡って北上し、予約済みのホテルがある新都心エリアを目指す。
この日の宿は交通量の多い大通り沿いだった。縦には長いが間口の狭い建物で、1台分しかない駐車場は当然のように埋まっている。数軒隣のコンビニもほぼ満車で、唯一空いている駐車スペースは出入り口の真横、レジカウンターの真正面だ。そこに停めてホテルへ向かうのは流石に気が引ける。
道を挟んだ向かい側に、大きめの商業施設がずらずらと並んで固まっている所があるのでそちらへ回り込んだ。広い駐車場の端に車を停めて荷物を下ろす。ホテル側へ渡れる横断歩道まで200mほども迂回しなければならない道路設計に辟易しつつ、スーツケースを引いて歩いた。

ホテルにチェックインして、エレベーターで客室へ上がった。
半ば吹き晒しの共用スペースを抜けて部屋のドアを開けると、室内の床面より一段低い沓脱ぎのスペースがある。そこで靴を脱ぎ、使い捨てスリッパに履き替える形で廊下に上がった。
元々は単身者向けの賃貸マンションだったのを、宿泊施設としてそっくり転用したパターンと見える。建物自体は多少古そうだが、室内はきちんとリノベーションされて綺麗なものだ。元の間取りは1DKといったところか。一泊3500円にしては十分すぎるほど広い部屋だ。
廊下の端に荷物を置き、中身を整理する。道の駅で買ったサンゴビールが常温になりかけていたので冷蔵庫に突っ込んだ。赤とんぼのタコスとタコライスは、今更冷やすほどの事もないかと、袋から出してテーブルに置いておく。持ち帰った車内のゴミはベッド横のゴミ箱へ。
それから玄関横に設置されているランドリースペースを確認した。縦型の洗濯機とガス乾燥機が1台ずつ。コイン投入口などは付いていない。「素晴らしい」と、誰にともなく独り言つ。沖縄最終夜の投宿先にこのホテルを選んだのは、単に宿泊費の安さだけでなく、このランドリー設備が一番の決め手だった。洗濯機や乾燥機を設置している宿は数あれど、結構な確率で有料だし、有料・無料のいずれにしてもまず例外無く共用スペースに置かれているのが常というものだ。こんな風に完全無料で、尚且つ洗濯機と乾燥機の両方が客室の中に設置されているホテルなど聞いた事が無い。お陰様で、溜まった洗濯物を抱えてランドリーまで往復せずとも、自室に居ながら洗濯し放題という訳だ。これは結構助かる。……助かるが、洗剤が見当たらない。勿論わざわざ持参している筈もない。まあ大方、フロントで一回分50円とかで売ってくれるやつだろう。洗濯を回すのは後にして、ひとまずレンタカーを返しに行く事にする。
最低限の荷物を持って1階へ降りた。フロントに声を掛け、洗濯洗剤が無いか尋ねてみる。一回分いくらで販売しております、という定型句を予期していたのに反して、返ってきた答えは「洗剤はありません」というものだった。これはこれで珍しいパターンだが、まあ無いものは仕方が無い。自力で他から調達するしかあるまい。

来た時と同様、横断歩道まで200mほど迂回しなければならない構造に閉口しつつ、歩いて大通りを渡る。車を停めている商業施設の一角に比較的大規模なダイソーがあった。そこに寄って洗濯洗剤を探す。と、ジェルボールタイプの洗剤が7個入り220円で売られていた。1〜2個もあれば事は足りるが、腐るようなものでもないし、残りは持ち帰って自宅用にするなり次の旅先で使うなりすればいい。会計を済ませて車に戻る。
時刻はもうすぐ17時半。良い頃合いだ。車を返却に、帰宅ラッシュと思しき混雑の中を5分少々走ってレンタカー屋に入った。給油と返却手続きを済ませて店を出る。来た道を徒歩で引き返し、ホテルへ戻った。

部屋に帰り着くと早速洗濯に取り掛かった。故郷・北九州で過ごした休暇初日と沖縄滞在4日間、計5日分の衣類やタオルを片っ端から洗濯機にブチ込む。2回戦に分けて洗濯と乾燥をかけ、その合間にシャワーを浴びた。室内ランドリーの恩恵を存分に享受し、全身さっぱりしたところで晩酌を決め込む。

沖縄最終夜の晩酌

昼間に赤とんぼで買ったタコスとタコライス、道の駅で買ったサンゴビールのケルシュとIPA、ついでに最寄りのコンビニで軽いツマミなど調達してくれば結構それなりだ。
タコスでビールを飲み、ほかほかに乾いた洗濯物を畳み、荷物を整理して翌日のフライトに備えた。


五日目(移動日)

最終日である。この日の午後の便で福岡へ戻る予定となっていた。

旅の最後に沖縄メシをと、友人達とのトーク履歴を遡る。初日に那覇空港から宿へと向かう際、モノレールを途中下車して“三笠のちゃんぽん”を食べに行ったら店が閉まっており絶望した時のやり取りがこれだ。

「友人に教わった三笠のちゃんぽんとやらを食いに行ったら臨時休業してた」
『那覇方面に戻るけど、「とらや」ってとこでソーキそば食ってこい』
「復路のフライト前に寄れたら寄るわ」

いつも酒と野球と株の話ばっかしてる
クソみたいなトークルームより抜粋

この「とらや」なるソーキそば店を検索してみる。最寄りはモノレールの小禄駅。終点・那覇空港の2つ手前だ。駅から徒歩5分の立地らしい。空港までの移動ついでに寄ってみるには格好のロケーションだ。11時から営業開始とあるので、開店直後を狙って行ってみる事にする。

チェックアウト時刻の10時ギリギリに宿を出て、モノレールの駅へ向かう。ホテルの最寄りは一応おもろまち駅という事になっていたが、調べてみると同駅より3つ先の美栄橋駅までの距離もそう大差無く、徒歩での所要時間は精々5分差といったところだ(モノレールの軌道が直線状でなく蛇行している為、場所によってこういうバグじみた現象が起こるらしい)。であれば美栄橋駅の方まで歩いちまえばいいやと、住宅街の中を南下する。
駅の手前に小学校があった。校庭の遊具で数人の子供達が遊んでいる横を通り過ぎようとしていると、どこからともなく小汚い猫が現れ、にゃあにゃあ鳴きながら擦り寄ってきた。

通りすがりの旅人に絡むボサボサ猫

まるで一年振りの再会のごとき馴れ馴れしさで足元に纏わりついてくるけれども君とは初対面だ。ちょっと無遠慮過ぎやしないか。腹が減っているのか知らないが、野良猫に与えられるような食べ物など持ち合わせが無い。
「すまんな、まあ精々元気でやってくれや」と手を振ってその場を立ち去ると、“お座り”の姿勢のまま恨みがましそうな顔で見送られた。

美栄橋駅からモノレールに乗り、小禄駅で下車。
開店時刻の11時まではまだ間があるので、駅直結のイオンに寄ってみる。2階の連絡通路を渡って建物内へ入り、エスカレーターで1階へ。食品スーパーをうろつき、数日前にどこぞのローカルスーパーで買って食べたのと同じミミガージャーキーを持ち帰り用に購入した。その釣銭を使って、500円返却式のコインロッカーに荷物の一部を預ける。大型のロッカーは全て使用中で、空いているスペースにはスーツケースがギリギリ入らないので引いていく事にした。大した距離でもないし問題無かろう。空港から2駅・徒歩5分という立地からして、この程度の荷物を持って訪れる客はザラにいる筈だ。
目的の店には、モノレールの路線沿いに1ブロックも歩けば到着した。手書きフォントのシンプルながらも味のある看板が出ている。

木灰そば とらや 外観

店内は思ったより広く、小ざっぱりとしている。開店直後だからか席はあまり埋まっていなかった。券売機で食券を買い、カウンターに座る。そばは中細麺と平麺の2種類から選べるようになっているらしい。オススメは前者との事で、素直にそちらを選択した。
じきに料理が運ばれてきた。木灰そばと別皿のソーキ、平日限定セットで割安の五目じゅうしぃ。個性的な器がまた良い。

ソーキそば(平日ごはんセット)

初めて食べる木灰そばは、つるりとした独特の食感と風味が目新しかった。出汁もきれいで美味い。その出汁にソーキの色や味を移させない為か、別皿で提供するあたりに店の拘りと美学を感じる。セットのご飯も良い味だった。
全て完食し満足感に浸りつつ、混み合ってくる前に店を出る。

イオンへ戻ってロッカーから荷物と硬貨を回収し、那覇空港駅行きのモノレールに乗った。
終点で下車、空港の出発ロビーでスーツケースを預け、保安検査を通過する。待合で携帯を充電しながらこの記事を書いていると、やがて搭乗開始のアナウンスが聞こえてきた。荷物を持ち、復路便の飛行機へ乗り込む。


かくして我が人生初の沖縄旅行は幕引きとなった。


予定通り午後のフライトで福岡へ戻った私は、その夜は博多の居酒屋で高校時代の友人と飲み、翌日から3日ほど北九州で地元の連中と会って回り、再び福岡市へ移動して大学時代の友人と薬院で飲み、また小倉へ戻っては魚町と旦過を歩き……などと忙しく遊び回ったのだが、まあこれはこれでまた別の話である。


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