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中国北京−地下音楽と地上の美食を訪ねて

中国に暮らして2年、漸く機会があって北京をゆっくり訪ねることができた。折しも中国独立系実験音楽の中心人物Yan Jun(颜峻)の手記が「20Hz Magazine 1st issue」により発掘・翻訳された機会に、未だ見ぬ「Yan Jun」を唯一の検索ワードにダンジョンのように入り組んだ北京の街を彷徨く。

私は不在だったが、それを恥じたり、哀しい事だとは思っていない。(「不在」Yan Jun)

第一部

4月3日夕方、このまま「四葉」に寄って旨い寿司でも食べてホテルに帰ろうかと思ったが、ふいに偶々自分のいたところが、XPの最寄り駅の隣駅であることに気づき(Offshoreの記事で読んで頭に残っていた)、行き先変更(思えばこの思いつきが悪かった)。

北京では、オープンやスタート時間が大幅に遅れることは少ない。小さなライブであれば、21時や21:30頃にオープン・スタートするイベントが多い。
キャッシャーで30元(約550円)を支払い、中へ。手前にバーカウンター、突き当たりにステージ。照明設備も日本のライブハウスとさして変わらない。2Fには中国の代表的なインディーロックレーベルMAY BE MARSのオフィスがある。

地下鉄を一駅、南锣鼓巷駅でおり、携帯の指す方角と画面上の地図を照らし合わせる。どうやら駅の北西側の出口を左に進み暫く行くと地元で有名な甘栗屋(Yan Junもおすすめ)が目印にあるらしい。途中で切らしたタバコを買い甘栗屋まで黙々と進んでいたところ、甘栗屋が漸く見えてきたかと思う間際、携帯が鳴る。日本の妻からのメール。「その店(XP)もう潰れたってよ」「は?」「調べたらfacebookに閉店しましたって載ってる」地下鉄に乗ってる時に妻とメールで話をしていたのだ。

結局、甘栗は食べた。地元の客が並ぶだけのことはある。美味しかった。

結局、閉店したXPの跡地はイタリア人の経営するお洒落なイタリアン・ガストロノミーになっていた。店長に昔ここにライブハウスがなかったか訊いてみたが、彼は知らない、ともう一人の店員(ポニーテールで英語の出来る気のいい中国人)が傍から教えてくれた。「そういえばライブハウスあったね。あまりにうるさすぎて近所からの苦情が絶えずにしょうがなく店を閉じたらしいよ」本当かどうかは知らない。どこかで聞いたことある話だな。パスタは旨いが量が少ないのと皿が冷たいのだけが難点。

帰路、地下鉄の入り口で田舎臭い二人組がギターをかき鳴らして中国の流行歌を歌っていた。

第二部

翌日4月4日、気をとり直して前から下調べをしておいた「时差空间」を目指す。ここではJason Kahn(アメリカの実験音楽家)のインスタレーションが来週から始まる他、その手の本、CDなども手に入るらしい。今度は道に迷うこともなく順調に美術街通りを抜け目的地に着く。

77エリアは、周りを高い塀に囲まれた美術教育・研究エリアで、その中に目指す「」がある。中庭は北京では珍しいほど人がいない。人がいないって気持ちいいな。人がいないって…。嫌な予感は的中するもので、目的の建物の扉は固く閉ざされたまま応えは帰ってこなかった。隣接する喫茶店を覗く。そういえば朝食も食べていなかったからちょうどいいコーヒーでも飲ませてもらおう。しばらく(かなり長い間)待っていると奥から店員が出てきた。「今日は定休日ですよ。あ、カフェはやってます」「道理で人っこ一人いないもんだ」「それは休みですもの、人はいませんよ」「そうですよね」「そうですよ」(以上拙い中国語でのやり取り)。キャロットケーキ(だと思う)とコーヒーはさすが北京のお洒落カフェ、美味しかった。店を出るとJason Kahnみたいな外国人(実際の顔は知らない)がふらふら歩いていた。

第三部

これは困った。このままでは坊主だ。ということで、思い切ってOffshoreさんにツイートで訊いて見ると、なんと回答が返ってきた。

どうやら他にこの手の音楽を扱っている場所が北京市内に数箇所あるらしい。一つは「fRuity Space」、ここはイベントスペースで催しがある日以外は開いていないことが多いらしい。二つ目は「Time Out」、地元で有名な中古レコード屋で、ここに行けば面白いものがあるかも、とのこと。

そうと決まれば、携帯の地図APPを駆使して進むべき道はひとつ。美術街を少し南に進んだところで見つけた清真料理屋で汁なし麻辣面(蘭州イスラムうどんの汁なし版。ピーマンの牛肉の炒めものが乗っていて文句なしに旨い。大抵中国の回教徒の料理屋ははずれがない。イスラム教の教義上、清潔さを重んじていることも安心できる要素の一つ)を腹に入れ、漸く見つけた店はこれもドアが閉まっている。まあ昼間だししょうがないなと思っていたら、横から黒いTシャツを着たいかにもあの手の音楽が好きそうな(或いは奏ってそうな)男が鍵を持ってドアを開けたではないか。すかさず中を見せてもらってもいいか訊いてみる。「我想看看一下、可以馬?」「好」

店員であろう男に今度は英語で話しかけてみた。どうやらここは間違いなく探していたイベントスペースだけど、残念ながら今日は営業していないとのこと。「それで君は何者?」「この手の音楽好きで日本の情報提供者から教えてもらってこの店にたどり着いたんですよ」「それはそれは」「Yan JunのCDなんかは置いていないですか?」「Yan Jun? 彼ならこの店よく来るよ。二週間後にもJason Kahnとこの店でライブする予定。生憎最近改装したばかりで今は置いていないけど、近々CDなんかも置こうと思っているんだよ」「なんとなんと。この手の音楽イベントの情報って中国でどうやったら得ることが出来るんですかね?」「それなら微信(中国のLine)交換しようよ。これが一番早い」「なるほど」ということで、一つ音楽情報を得るチャンネルが増えた。

第四部

さて、次は二軒目「Time Out」。教えてもらったサイトのHPの地図を見ると、ここから二駅南に下ったところにある。長沙までの帰りのフライトまであと5時間、まだ時間はぎりぎりある。夕方の満員電車をやり過ごし、東単駅で降り地図を頼りに探し回ること40分、店がない。何故だ。地図の指す所の真上に立っているはずなのに。しょうがないから近くの人に身振り手振りで聞いてみた。「あ、それ住所見たところ二つ隣の駅だね。ここじゃないよ」「謝謝」。住所をコピペし検索し直すと、なんとそこはさっき40分前まで自分がいた駅から数分のところではないか(勿論、教えてくれたOffshoreさんに一切責任はない。適当にサイト作った店が悪い。が中国ではこんなこと一々気にしていたら精神がいくつあっても保たない)。

そういえばこの感じ(彷徨っているうちに自分が何のためにこんな国のこんな道を一心不乱に歩いているか分からなくなってきて解離する気分)、ドイツで同じような物好きなCD屋を探して、一緒に歩いていた妻に嫌な顔をされながらイスラム街を彷徨っていたことを思い出すな、なんて考えながら戻った駅からはなんてことなくすぐ見つかった。扉を開けると懐かしいレコードとCDの香り(ディスクユニオンの匂い)。

ここは結論からいうと探していたあの手の音楽が手に入る店ではなかった。地元のちょっとアンテナ立った外国かぶれの物好きな音楽趣味人を主な顧客とした普通のレコード屋(クラウトロックの品揃えはよい)。なさそうなことは覚悟の上で、一応店長に訊いて見る(あとからこの方が中国の音楽家me:moさんであることを Offshoreさんから教えてもらった)。「ああ、Yan Junね。でもここには置いていないんだよ。ごめんね」「いえいえ」やはり実験音楽は売れないのだろう。国鉄の駅の目の前にあるチェーン中古レコード屋でJohn Zornが揃っている日本が異常であるということ、そして見方を変えれば自分自身こそ「ちょっとアンテナ立った外国かぶれの物好きな音楽趣味人」でしかないことに、今更ながら驚愕を感じながら帰路についた。

彷徨くなら彷徨くにせよある程度の下調べはした方がいい、下調べをしたサイトは隈なく読んだ方がいい(あとからXPは閉店したとはっきり書いてあったことに気づいた)、旅先で偶然出会う料理屋はその「偶然性」がスパイスとなって実体より美味しく感じる、初めての街で彷徨い迷うことほどの快楽はない、という当たり前のことを何度となく再確認させられた旅だった。

誤謬というのは、結局は逆説的な欲望であるのかもしれない。とすれば、誤謬こそ僕自身であり、あなた自身であるということになる。友よ、中国はあまりに遠い。(「中国行きのスロウボート」村上春樹)

未だ見ぬYan JunとJason Kahnに会いにまた北京行こう。


【参考サイト】

「20Hz Magazine 1st issue」http://20hz.multipletap.com/content/201603/china

【SPACES FILE】北京で実験的な音楽が聴ける場所『XP』への行き方http://www.offshore-mcc.net/2014/11/how-to-get-therexp.html

Upcoming Events Exhibition – “Drifting” by Jason Kahn - Meridian Online

http://www.meridian-online.com/event/exhibition-drifting-by-jason-kahn/

Fruityshop (水果店)

http://m.timeoutbeijing.com/venue/Shops__Services-Books,Movies__Music/35993/Fruityshop.html



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