リニューアル版 19才の時の話 38話

前回の続きです。2000年11月上旬の日曜日、季節はもう秋も深まった頃。僕は、相鉄線のとある駅で吉尾を待っています。そう、これから「フェリス女学院大学」の学園祭に行くためです。
「待たせたな!」と、全身茶色のスーツを着た吉尾が改札口に現れました。
「お前、ウンコ色のスーツ着てきたんか!」
もはや、一週間前の野〇ソ事件のせいで、僕にとっては吉尾がそういうイメージでしか見えなくなってました。
「うるさいな!行くぞ!」
フェリス女学院は小高い丘の上にある大学で、僕らも学園祭に向かう一行の中に混じって丘の上の方に歩いて向かっていきます。
女子大の学園祭・・・なんて煌びやかな響きなんでしょう。徳島の田舎から出てきた僕らは、想像もつかないようなその秘密の花園に、足を踏み入れようとしているのです。
校門の前に着くと、綺麗なお姉さんが学祭のパンフレットを配っていました。お姉さんは笑顔で僕らにパンフレットを渡してくれました。
なんだかんだ言っても僕らは19才、そして早稲田の学生でもあります。当然、この学園祭を楽しむ権利を有しているのです。
それにしても、周りには若くて綺麗な女子大生ばかり。まさに「極楽浄土」というのはこのような地のことを指すのでしょう(フェリスはミッション系だからキリスト教ですが)。
吉尾と僕は、ベンチでパンフレットを熟読しました。
「おい!浅川!これや!これに行こうや!この『恋の片道切符』ってやつ!」
と吉尾は「恋の片道切符」というイベントを指さします。
イベント内容をよく読んでみると、こうでした。「ポラロイド写真を撮ってもらい、電話番号とアピールポイントを書いて掲示板に貼っておく。すると、掲示板を見て自分が好みだと思った人から電話が掛かってくるかも?」といったイベントでした。要は、フェリスの女子大生と仲良くなれるかもしれない、という企画です。
今だったら問題になりそうですが、当時は携帯文化も始まったばかりで、個人情報という概念も希薄で、インターネットもそこまで浸透してなかったのでこういう企画もあったのです。
イベント会場に行くと、「下心に満ちた」男達が大挙して列に並んでいます。自分のポラロイド写真を撮ってもらうための行列ができているのです。
参加費500円を払い、吉尾と僕も、その行列に並ぶことにしました。
ちょうど僕らの前に並んでいたのが、なんと「売れないお笑い芸人」の男でした。この男は、タキシードを着て、薔薇の花を咥え、ポラロイドカメラの前でボケまくっていました。
僕と吉尾はその男を見ながら「あいつお笑い芸人か!しょうもないな!あんな奴テレビで見たこともないぞ!」「あーいう奴が一番寒いんや!」とか言ってあざ笑っていました。
僕も吉尾もポラロイド写真を撮り終え、横にある机で電話番号とメッセージを書きました。
吉尾は「早稲田大学法学部」と、めちゃくちゃデカく書いて、学歴アピールをしてました。隣のお笑い芸人は、「お笑いライブに出ています!」とか色々書いて、掲示板に貼って去って行きました。
吉尾は、「あんな奴に負けたくない」とか言いながら、そのお笑い芸人のポラロイド写真の横に自分のを貼り、アピールポイントの所に「こいつより俺の方が面白い!」と矢印をつけて書き足してました。
「恋の片道切符」の掲示板の前には、フェリスの女子大生が沢山いて、色々物色しています。ああ、もしかしたら、僕のことを気に入った女子大生から電話が掛かってくるのかもしれない。いやまあ、僕はほとんど期待もしてなかっですが、吉尾は、ずっとソワソワしてました。
結局、電話が掛かってくることはなかったです。
学園祭も終わり、夕方、帰りの電車の中、僕らはまた話し込んでます。
吉尾はこうつぶやきました。
「結局、電話も掛かってこんし、自分から女の子に声かける勇気もないし、俺、ほんまに彼女できるんかのう?」
「知らんわ!顔が悪いからちゃうか?」
「お前!それだけは言わん約束だったろうが!」
本当に世知辛い。僕らは、東京に押し潰されてしまうのかもしれない。
19才の秋は、こうしてひっそりと終わろうとしていたのでした。


続く

ルサンチマン浅川と申します。