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021. 人間を進化させるためのデザイン


今更ながらすごい発見をしてしまった。

インド人向けレクチャー(無事に終了)のために英語のスクリプトを読みあげる練習をしていたら、YouTubeの英語が前より聞き取れるようになっていることを発見。

で、いまはネイティブが書いたスクリプトを、フィリピン人向けのプレゼンのために練習をしているのだが、さらに耳が進化していることを発見。

前者は自分で翻訳した英語だったから「難しい単語」を極力避けて楽チンをしてたのだが、後者はネイティブ翻訳だから「難しい単語」でも練習するしかない。

するとなんということでしょう!
CNNがちょっと聴こえてくるゾ。

つまり
「発音できない単語は聞き取れない」
というのは真実なんだなーと気づいた。
たった数日でこの進化には驚いた。

これをやり続けたら一年後には「英語字幕なしで映画を見られる」ようになってると思う。(たぶん)

❶日本語のスクリプト→❷DeepL(翻訳ソフト)を駆使して翻訳→❸ネイティブチェック(できれば)→❹英語を読み上げる練習→❺知らない単語はGoogle翻訳で発音も調べて練習→❻TEDなどの「ハッキリした英語」を聞いてみる→❼英語字幕をつけて聞いてみる→❽日本語字幕つけて答え合わせ→最初から繰り返し

❶❷❸を飛ばして、❹「英語のニュース記事を読みあげる練習」でもいいかもしれない。いまどき文字を長押しすれば翻訳が出てくるから、楽ちんだよね。あれ?ひょっとして今時の高校生とかこうして英語を勉強してるのか?なんて時代なんだ、羨ましい!

いまさら英語習得の努力する気はさらさらないが、「字幕なしの快適さ」はクラブハウスによって証明しちゃったわけだから。英語が聞き取れたらそんな楽ちんなことはないよなーと。いっちょ一年間試してみっか〜と。

こうして考えるとやはり「必要」は最高(成功)の母であるわけですな。

しかし「必要」とチャンスはそうタイミングよく、しかも何回もやってくるわけでもない。
結果「おいらチャンスに恵まれない」という体育座りの厨二病が輩出されるのだ。が、その横でサムライ達は「必要に迫られる状況」を「意図的に」つくってるのだなぁと、遅まきながら気づくんだよね。

よって歳を取ればとるほどに、やるべきことはただひとつだと思う。
「自分が”素人化する方向”へ舵を切ること」

これずーっと言い続けてることだけど。「足の小指」で物事を進められる状況になったと感じたら、速やかにそこを去るべきなんだよね。

必要に迫られる状況を意図的につくることは「人間を進化させるためのデザイン」だなぁと思う次第。

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