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ごめん、ゴン太約束守れそうにないよ。

少年が成長するまで、見守ってくれた猫のお話
5分で読める小説


僕と猫のゴン太の出会いは、幼い頃、

母と近所の公園に行った時の事だった。

保育園の帰りに立ち寄った近所の公園で、

ベンチに座っている母の前に、

すーと、一匹の仔猫が現れ、ちょこんと手足を揃え、

舌でペロンと口の周りをなめながら

母の顔を見上げて座った。

その仔猫がゴン太だった。

その仔猫を見て、ブランコで遊んでいた僕は

ベンチへ走って行き、母の横に座った。

すると、仔猫は、少し首をかしげたと思ったら

僕の膝の上に乗り、体をスリスリしてきた。

あまりの可愛さに僕は、

母に「可愛いね。飼っていい」と、訪ねた。

母は「もしかしたら、お母さんニャンコが近くに

いるかもしれないから・・・」と、言った。

僕は少し、寂しい顔をしていると

そこに竹箒を持った、公園の管理人さんらしき人が来て

この仔猫に話しかけた。

「君の待っていた人は、この人たちか」と言った。

母と僕は、何のことか、さっぱり分からず顔を見合わせた。

その人は「この仔猫、2~3日前から、見かけるんだけど、

いつも一匹で、誰かを待つように、

少し離れた所から、このベンチを眺めていたんだ。

でも、用心深くて、人が近づくとすぐに隠れてしまって。

この子が、こんなに人に懐いているのは

あなた方が初めてだよ」と、言った。

僕は「おじさん、この子のお母さん近くにいるの」

と、聞いた。

おじさんは「いないみたいだよ。

いつも一匹で寂しそうにしているから」と、言った。

俺は、母に「じゃあ、飼っていいでしょ」と、言った。

普段、僕は、何かをねだる子ではなかったので、

母も、僕が本当にこの仔猫を飼いたいのを理解してくれたようで

「じゃあ、飼おうか」と、言ってくれた。

おじさんも「そうしてくれると助かるよ」と言った。

僕は、たすき掛けにした通園バックを半分開け、仔猫を中に入れた。

子猫は、顔と前足を、通園バックからチョコンと出し、

大きなクリクリした可愛い目で外を眺めながら、

我が家に向かった。


家に帰り、お父さんが帰ってくると

お父さんも、子供の頃、猫を飼っていたので

「可愛いニャンコだな」と言って、

飼うのを許してくれた。

名前はゴン太にした。

特に名前に、こだわりは無かった。

多分、保育園で聞いたゴンキツネの話が

あまりにも悲しくて、うちのゴン太は

僕が幸せにするんだという気持ちで

名付けた気がする。

保育園を卒業し、小学校に通い

数年後、我が家に悲しい事が起きた。

優しい母が、病気で入院してしまったのだ。

僕が見舞いに病院に行くと

母は「寂しい思いをさせてごめんね」

と、言って優しく抱きしめてくれた。

僕は「大丈夫だよ。

ゴン太と一緒にいるから」と、言った。

でも、強がって言っているだけだった。

家に帰ると、ゴン太に

「本当は寂しんだよ」と話しかけ、ギュッと抱きしめた。

ゴン太は、僕のほほを伝う涙をなめて

ニャーンと優しく鳴いた。


母が退院するという日、僕は急いで学校から帰った。

家に帰るまで、僕の人生で

一番うれしい日が来たと思った。

でも、家に帰ると、その夢は打ち砕かれた。

母が亡くなったのだ。

僕の頭の中が真っ白になった。

何もできなかった。

現実を受け止めることが出きず

自分の母なのに、

葬儀にも行くことが出来なかった。

僕は、部屋の隅でゴン太を抱きしめ

部屋の中に籠った。

ゴン太は何も言わず、僕のそばにいてくれた。

小さな白い箱に入ったお母さんが

家に帰ってきた。

僕は、膝の上に乗せたゴン太を優しくなでた

まるで、母が僕を撫でてくれた時のように。

すると、心が落ち着いた。

そして、学校で友達が言っていた、

ある話を思い出した。

「もしも人が死んで、まだ、

この世に心配な事があると

その人は天国に行けないんだ。

だから、心配事がないように

この世に思い残すことが無いように、

残された人は、明るく

過ごさなくちゃいけないんだよ」

僕は、袖で涙を拭き

「ゴン太、僕は、もう泣かないよ

泣いたらお母さん、

天国に行けなくなっちゃうもんね。

泣きそうになった、ゴン太、僕を叱ってね」

と言って、僕は、勇気を出して、

笑顔で小さな白い箱にはいってしまった

母に所へ行った。

ドアを開けると

ゴン太は、僕の足元をすり抜けるように、

母の置かれたテーブルの上に前足を載せ

小さく「クーン」と鳴いた。

もしかしたら、微かに母の

匂いがしたのかもしれない。

寂しかったのは、僕だけでなく

ゴン太も寂しかったに違いない。

そして、ゴン太は、「お母さん、お帰り」と

いうようにニャーンと鳴いた。

僕も「お母さん、お帰り。

僕は、寂しくないよ。ゴン太がいるから」

と、言って、手を合わせた。


それから、お父さんと僕と、ゴン太の

二人と一匹の生活が始まった。

お母さんがいた時は

朝、お母さんがゴン太に餌を

あげてくれていたが

今はゴン太が

「ご飯ちょうだい」と僕を起こしにくる。

お陰で学校に遅刻することもなかった。

学校が終わって、遊びに行き

帰り道に友達の家から

味噌汁やカレーの匂いがして

たまらなく寂しくなり、

泣くのを我慢して帰った時も

ゴン太を抱きしめると心が落ち着いた。

宿題をするときも

ゴン太は宿題が終わるまで、

じっと机の上に座って僕を見ていて、

宿題が終わらないで遊ぼうとすると

なぜか「ニャア」と鳴いて怒った。

夕食も、めんどくさくて、

お菓子だけで済まそうとすると

ゴン太は、僕が夕食を食べるまで

自分のご飯は決して食べず

僕が夕食を食べ始めると、

安心してように食べた。

高校生になり、ちょっと夜遊びをして

夜遅く、家に帰ると

ゴン太は、僕の帰りを玄関で待っているので

僕は、夜遊びをしなくなった。

まるで、僕の母のようなゴン太だった。


僕には好きなことがあった。

家の家の前を走る赤い電車を

ゴン太と一緒に眺める事だった。

電車が通過する際に、運転手さんに手を振ると

「ファン」と、警笛を鳴らしてくれる運転手さんもいた。

「ゴン太、僕は、あの電車の

運転手になりたいんだ

もし運転手になったら、この窓から

僕の運転する姿、見てよね」と、言った。

秋の日の夕方、いつものように

窓から電車を眺めるために窓を開けると

微かにいい匂いがした。

それは、母が庭に植えた金木犀の甘い、香りだった。

僕は、ゴン太の横顔を見た。

ゴン太の丸い大きな目には夕日が映り、綺麗だった。

そして、ゴン太も金木犀の香りを

楽しんでいるようで

鼻がぴくぴく可愛らしく動いていた。

「ゴン太、これ、お母さんの

好きだった香りだね

きっと、お母さんも天国から、

この香り楽しんでいるかな。

いけない、いけない、

悲しい顔しちゃだめだね。

お母さん悲しませちゃいけないね。

ゴン太のお陰で、僕は、笑顔でいられるよ

悲しい、いやなことがあっても

ゴン太が膝の上にきてくれて

撫でていると、世の中のいやなことは

どうでもよくなっちゃうよ。

本当にありがとうね」と、僕が言うと

ゴン太も僕の顔を見上げて

「ニャ!」と返事をしてくれた。


高校卒業後、僕は、家の前を走る

赤い電車の会社に就職することが出来

数年後、念願の運転手になることが出来た。

ゴン太はもう、20歳を越える

ご長寿ニャンコになっていた。

もう脚力も落ちて窓辺に行くことも

ほとんどなくなっていた。

僕が初めて電車を運転する日

きっと窓辺には、ゴン太はいないだろうなと

思っていた。

カーブを曲がりながら、

正面に我が家が見えた時

窓辺に、ゴン太がいるのがはっきり見えた。

僕は、「ファン」と、警笛を鳴らした。


それから、僕が電車を運転する日は

窓辺に、必ず、ゴン太がいて、

僕の運転を見守ってくれた。

夜も、ゴン太の目が電車のヘッドライトに

反射して、輝いて見えた。

このことをお父さんに話すと

父は、ゴン太は、不思議と僕の運転する

電車が家の前を通過する時刻が分かるようで

その時刻が近づくと

一生懸命窓辺まで登って

黙って、僕の運転する電車を

見守っていると言った。


そして、僕も年頃になり、

好きな人が出来た。

ゴン太もその人を気に入ってくれたみたいで

その人の膝の上のでゴロゴロと

喉を鳴らして甘えた。

高校の時、女友達を連れて来た時は

その女の子を「シャー」と威嚇したが

今回は、そんな事がなかった。

その後、分かったのだが

その子は、僕と、他の子と

二股をかけていたのだった。

ゴン太は、それを見事に見抜いて

いたようだった。

今度の彼女は、ゴン太の

お目にかなったようで、

彼女の膝の上で、ゴン太は

安心してお昼寝した。

やがて、僕たちは結婚した。

彼女が、我が家に引っ越してきたその日

ゴン太との別れが突然やってきた。

夜、ゴン太が夕食を食べずに

少し元気がないなと思っていたら

ゴン太の息が荒くなって来た。

20年も僕を見守ってくれたのだから

いつかはこの日が来る事を覚悟はしていたが

僕は気が動転して「ゴン太死なないで」

と、叫んで、ゴン太を抱きしめた。

すると、心の中で、ゴン太の声がした。

正直、いままで、ゴン太が僕に

話しかけてきた言葉は、僕が、ゴン太に

こう言ってほしいという気持ちで

想像したものが多かったが、今回は違った。

僕が何も考えていないのに

心の中で、ゴン太の声がした

「もう、僕がいなくても大丈夫だよね。

ゴン太は幸せだったよ

そろそろ、お母さんの元に行くね。

僕を、お母さんの好きだった、

金木犀の木の下に埋めてくれるかな。

それから、もう一つ約束だよ。

僕がいなくなっても泣かないでね。

今度、生まれてきた時も、

また、この家に必ず来るから

前と同じように」

最後の力を振り絞って、ゴン太は

顔をあげ、僕と奥さんを見ると

「ニャーン」と優しく鳴いて

息を引き取った。

ゴン太の顔は、優しく笑っているように

見えた。

僕は「ゴン太、泣かないよ、でも、

勝手に目から涙が溢れてきちゃうんだよ」

ゴン太の顔は、僕と奥さんの涙で

濡れていた。

奥さんは「ゴンちゃん、金木犀の木の下に

埋めてあげようね」と言った。

奥さんにも、ゴン太の最後の言葉が

聞こえていたようだった。

その夜、僕は少しづつ冷たくなる

ゴン太を一晩中、抱きしめた。


ゴン太が亡くなって初めての

秋がやってきた。

庭の金木犀の花が咲き

いい香りが部屋にまでしてきた。

この香りは、僕に母と

ゴン太を思い出させた。

少しつらくなった僕は、妻を誘い、

散歩に出かけた。

すると、いつの間にか

ゴン太と出会った公園に来ていた。

僕は、妻に

芝生の中にある一つのベンチを指さし

「あのベンチが、ゴン太と初めて会った場所なんだ。

っていこうか」と、言った。

ベンチに座ると

ゴン太と出会った日の事を思い出し

その時の話を妻に話した。

妻は、私の話すの横顔を見ながら

クスッと笑った。

「あなたは、ゴン太君の事を話す時は

本当に楽しそうに話すのよね」

僕は妻の顔を見て

「そうか?でも、そろそろ、

ゴン太の物、処分しようかと思ってる。

ゴン太の物を見ると、

ゴン太との約束、守れなくなりそうだから」

すると、妻は、空を見上げるようにして

「約束守れなくてもいいんじゃなかな

あなたは今まで、色々な事を我慢しすぎよ

お母さんの事も、ゴン太君のことも

泣きたいときは思いっきり泣いても

いいんじゃないかな。

ゴン太君もきっと許してくれるわよ」と、言った。

僕は「いいかな、ゴン太、ごめん

約束守れそうにないよ」と言うと

涙が目から溢れ出し

妻の肩にもたれかけ、

何はばかることなく泣いた。

妻は、僕の頭は優しく撫でてくれた。



思いっきり泣いて落ち着くと

足元に、何かが居る気配がした。

足元を見ると子猫が二匹

チョコンと座っていた

僕と妻は顔を見合わせた。

すると仔猫達は、首を少し曲げて

僕らを見たかと思うとビョンと

膝の上に飛び乗り、甘えてきた。

僕と妻は驚いて顔を見合うと

そこに竹箒を持った、公園の管理人さん

らしき人が来て、仔猫達に

「君達の待っていた人は、

この人たちか」と言った。

その人は「この子猫達、

2~3日前から見かけるんだけど

いつも二匹で、誰かを待つように、

少し離れた所から、

このベンチを眺めていたんだ

でも、用心深くて、人が近づくと

すぐに隠れてしまって。

この子達が、こんなに人に懐いているのは

あなた方が初めてだよ」と、言った。

僕は「おじさん、この子のお母さん

近くにいるのかな」と、聞いた。

「いいや、いないみたいだよ

いつも二匹だけしか見ないよ」

「じゃあ、我が家に連れて行っても

いいかな」と、僕が言うと

おじさん「そうしてくれると助かるよ」

と言って立ち去った。

僕と妻は、ゴン太と初めて会った時と

全く同じシュチエーションにびっくりし

顔を見合わせて声を合わせて言った。

「ゴン太の生まれ変わりだね」

「でも、二匹だね」と、僕が言うと

我が家に、二匹と二人が増えても

いいじゃない」と妻が言った。

僕は「え!二匹と二人増える?」と言うと

妻は「重大発表します。

私のおなかの中に双子ちゃんがいます」

と言った。

僕は、思わず、立ち上がり

「うおー」と喜こんだ。

妻は「今日は、泣いたり、

笑ったり忙しい日だね」

と、言った。


それから、僕は、新しい家族のために

一生懸命働いた。

いつものように、我が家の家の前を

電車を運転して通ると

二匹の猫と、おなかの大きくなった妻が

見送ってくれた。

妻に聞くと、二匹の子猫は

僕の運転する電車が近づくと

小さな体で、お尻をぷりぷり振って

何回も転げ落ちながら

一生懸命窓辺まで登り

僕の運転する電車を見送るという事だった。

間違いなく、ゴン太の生まれ代わりだ。

ゴン太、思ったより生まれ代わり早かったね。

それから、我が家には可愛い双子の女の子が

新しい家族に加わった。

二匹の子猫も、可愛い子分達を

暖かく迎えてくれた。

それから、僕らは、仲良く、

明るく暮らしている。

妻は、この子たちがお嫁に行くまで、

ニャンコたちに見守ってほしいねと

言った。

ゴン太、母さん、

今度は、泣かない約束守れそうだよ。

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