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リンネ

とんでもないという顔で、うなずくから、右も左もわからなくなる。「正解なのね」と言うと「間違いない、不正解」とのことでやはりちがうのだった。なんでだろう。表向きには心とこころのやりとり、夢と正夢、空と虹、蟻ときりぎりすのやりとりを繰りだしているその最中に、そのモナカに、甘ったるいあんこを絞りだすときがくるまで、冷蔵庫でねむらせてあげる。少しばかりかしいだ道路標識にもたれかかって、真夏みたいに気だるい顔をこちらに向ける、失礼極まりないその態度をなぜか許してしまう。こころの隙間が大きいから。ぶつかるものだって少なくて、ふらふら揺れてはなにか、寄りかかるものを探してる、私と同じだから。朝ごはん、食べそこねることなく痩せていく、どんどん痩せてしまい、姉妹は終いに獅子舞を覚えてしまったりして、こんなはずじゃなかったのにと思うけど、みんなが舞っているふたりをぱしゃぱしゃ撮って、SNSにあげたりしてるならまあいいや。その写真をみた時から、いろんなことがまあいいやと思えるようになって、垂直に伸びていくはずだった私の腕が行き先をなくしてさまよっている。あの標識みたいな角度で成長はとまり、ひとつも問題ありませんよという調子でへらへら笑ってて、気持ち悪い。支柱をください、支柱を、シチューは大好物だけど、どちらかというと白っぽいほうが望ましいとか。なぜなの、トマトばかりを食べたい日はまだ来ていない世紀末の昼さがり、どういうわけかシルクハットから鳩がでてくることならよく知っている。概念としての手品ではなく、白い手袋の上で、びっくりしてみひらかれた鳩の瞳、あわてたような羽ばたき、数枚の羽が舞い落ち、温かそうなお腹に手を伸ばすと、するりとすり抜ける私の指まで、肉感的に思いだす。きっと夢でみたんです。裏口の木戸を叩いて、返事がないからとそっと把手を回したら開いてしまうの、いつだってそこから世界が始まるんだよ。高い草ばかりぼうぼうに生えて、私には雑草という生命力がどうもおそろしくて耐えられない。たすけてください。まだ魔女も怪物も目にする前から雑草、雑草、雑草の圧がのしかかる、目を開けたいけど開けてはだめだ、魔法を目にする前にめざめてしまう、興ざめなこの世界に私はひとつのフェーズを突破すべく走りだす。あおい世界、一面の菜の花、そんな詩的な感覚はここでは通用しないから、両腕を振り回して百戦錬磨の百鬼丸、いつしか辺りは荒れ果てた終末の地と化している。ひどいことをした。恐怖に立ち向かう勇気など、くるりと振り向いて帰ればそれまでのことなのに。罪をもたないものを傷つけ、行きすぎた自己防衛で自らを被害者にみたて、すべてを滅茶苦茶にしてしまうなんて。そんな獰悪が、この私のなかにあったなんて。おそろしいことだ、まるで桃太郎じみてる。でも目の前には家がひとつ、ぽつねんと建ち、この扉を開いたら、すべての答えがわかるだろうか。ここに棲む魔物が、私のそれまで成したあらゆる罪も善も、まるごと証明してくれたなら、私も晴れて空へとのぼって行ける。霧立ちのぼる秋のゆふぐれ、我立ちのぼる世のくれぎはに。ぎいぃ、と軋む扉がねむたげに開いて思わず息をのんだら、のみこめなくてむせた。たった今寝床を這いだした感じの、ほやほやしているパジャマ姿で、上から下まで私を眺め、やっぱりとんでもないという顔がうなずく。「間違いない、不正解」


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