破産法否認権の整理

【条文】


破産法
第百六十二条 次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。
ロ 当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたものである場合 破産手続開始の申立てがあったこと。
二 破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前三十日以内にされたもの。ただし、債権者がその行為の当時他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 前項第一号の規定の適用については、次に掲げる場合には、債権者は、同号に掲げる行為の当時、同号イ又はロに掲げる場合の区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実(同号イに掲げる場合にあっては、支払不能であったこと及び支払の停止があったこと)を知っていたものと推定する。
一 債権者が前条第二項各号に掲げる者のいずれかである場合
二 前項第一号に掲げる行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合
3 第一項各号の規定の適用については、支払の停止(破産手続開始の申立て前一年以内のものに限る。)があった後は、支払不能であったものと推定する。

【判決】


(平成24年10月19日)


東京都の職員であるAは,平成21年1月18日,弁護士法人B法律事務所に対し,債務整理を委任し,同法律事務所の弁護士ら(以下「本件弁護士ら」という。)は,その頃,Aの代理人として,Aに対して金銭を貸し付けていた被上告人を含む債権者一般に対し,債務整理開始通知(以下「本件通知」という。)を送付した。 本件通知には,債権者一般に宛てて,「当職らは,この度,後記債務者から依頼を受け,同人の債務整理の任に当たることになりました。」,「今後,債務者家族,保証人への連絡取立行為は中止います。」などと記載され,Aが債務者として表示されていた。もっとも,本件通知には,Aの債務に関する具体的な内容債務整理の方針は記載されておらず,本件弁護士らがAの自己破産の申立てにつき受任した旨も記載されていなかった。 (2) Aは,平成21年2月15日から同年7月15日までの間,被上告人に対し,合計17万円の債務を弁済した。(3) Aは,平成21年8月5日,破産手続開始の定を受けた。 3 原審は,本件通知を送付した行為は破産法162条1項1号イ又は3項にいう「支払の停止」には当たらないと判断して,上告人の請求を棄却した。 4 しかしながら,原審の上記3の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」とは,債務者が,支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないと考えて,その旨を示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解される(最高裁昭和59年(オ)第467号同60年2月14日第一小法廷判・裁判集民事144号109頁参照)。
これを本件についてみると,本件通知には,債務者であるAが,自らの債務の支払の猶予又は減免等についての事務である債務整理を,法律事務の専門家である弁護士らに委任した旨の記載がされており,また,Aの代理人である当該弁護士らが,債権者一般に宛てて債務者等への連絡及び取立て行為の中止を求めるなどAの債務につき統一的かつ公平な弁済を図ろうとしている旨をうかがわせる記載がされていたというのである。そして,Aが単なる給与所得者であり広く事業を営む者ではないという本件の事情を考慮すると,上記各記載のある本件通知には,Aが自己破産を予定している旨が示されていなくても,Aが支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが,少なくとも黙示的に外部に表示されているとみるのが相当である。
そうすると,Aの代理人である本件弁護士らが債権者一般に対して本件通知を送付した行為は,破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たるというべきである。

(昭和60年2月14日)


(1) Dは、建築請負業、不動産業に従事するものであるところ、昭和五五年頃から資金繰りが苦しくなり、昭和五六年夏頃には同人所有の別荘地やゴルフ場の会員権を売却するなどして営業資金を捻出していた、(2) Dは、昭和五六年四月一〇日上告人Aから、ほか一名と用意した金員であると聞かされ、弁済期を同年八月末として一五〇〇万円を借り受け、その際、本件土地建物について本件仮登記の原因たる契約を締結し、上告人Aの求めに応じて、領収証、印鑑証明書、住民票写、委任状、金銭貸借関係書類を交付した、(3) Dは、同年八月頃上告人Aに融資の打診をしたが断わられ、いよいよ資金繰りに窮し、同年九月末頃かねて知り合いの弁護士Eに対して、債務整理の方法等について相談したい旨電話した、(4) 上告人Aは、その二、三日後E弁護士に対し電話で、Dが相談に行つているそうだがどうする方針か、破産の申立になるのかと問い合わせ、E弁護士から、まだ相談を受けている段階であり、具体的な方針などは決まつていない旨の回答を得た、(5) Dは、同年一〇月八日E弁護士と面談のうえ債務の整理について相談した結果、同月一五日満期の約束手形の決済が困難なので、破産の申立をするとの方針を決めた、(6) 上告人Aは、同月一二日D方を訪ね、登記手続に必要な新しい日付の印鑑証明書を受け取つたうえ、同月一四日司法書士Fに本件各仮登記手続を依頼し、同司法書士は翌一五日本件各仮登記手続を終了した、(7) 一方、Dは、同月一四日の夜自宅に「爾後弁護士Eが管理する」旨の貼紙をして家を出た、(8) E弁護士は、同月一五日Dの代理人として破産の申立をするとともに破産宣告前の保全処分の決定を得たが、その登記は本件各仮登記に後れるものであつた、(9)Dは同月二九日午前一〇時大阪地方裁判所において破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に選任された、との事実を認定したうえ、Dは、同月八日E弁護士と債務整理につき相談して破産申立の方針を決めたから、遅くとも同日の時点で、資力欠乏のため債務の支払をすることができない状態にあることを明示的に表示し、支払の停止をしたものと認めるのが相当であるとして、被上告人の上告人らに対する破産法七四条一項による本件各仮登記の否認登記手続請求を認容した。
しかしながら、破産法七四条一項の「支払ノ停止」とは、債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解すべきところ、債務者が債務整理の方法等について債務者から相談を受けた弁護士との間で破産申立の方針を決めただけでは、他に特段の事情のない限り、いまだ内部的に支払停止の方針を決めたにとどまり、債務の支払をすることができない旨を外部に表示する行為をしたとすることはできないものというべきである。


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